城での生活⑤
王城のある一室でハニルと数名の騎士が集まっている。
王女であるハニルは椅子に座り、騎士達は床に膝を突けて相対していた。
「…………なるほど。マオさんとの実力差の原因は意識の差ということですね?」
「はい。そうなります」
集まって話している内容はマオの強さの秘密についてらしい。
そしてキリカは騎士達から話の内容を聞いて結論づける。
意識の差が実力差となって現れたのだと。
「どんなイメージで鍛えるのか聞いてはいるのですよね」
「はい。説明されました。ただ………」
「ただ?」
「個人差もあるし、同じイメージをするよりは違うイメージをしたほうが効果があるかもしれないと言っておりました」
「………。まぁ、そうですよね」
個人差で違いが出ると言われてハニルは納得する。
全員が同じような結果が出るとは限らないし、マオのイメージはマオにとって効果が一番高いイメージなのだろう。
合わない者がいてもおかしくはない。
「ところで質問したいことがあるのですが」
「…………はい」
「何で騎士やメイド、執事たち全員が片目を隠すようになったのですか?海賊のコスプレですか?城下では海賊をイメージした催しも開催しているみたいですが?」
「違うんです………」
ハニルの質問に声を震わせながら否定する騎士たち。
周囲の気配を常に探れるように、更に探れるようになるために目隠しをしているだけだ。
たしかに海賊のコスプレのように見えたりするかもしれないが目的は違う。
「これは周囲の気配を探れるようにするための特訓なんです………。まずは片目を瞑って視界が半減された状態で生活してみることになっただけで………」
「そうですか。これからもそう生活するつもりですよね?」
「はい………」
叱咤されるのかと思い少し緊張する騎士達。
否定されても説得して続けるつもりだ。
強くなれと言ってきたのは王族だし、自分たちも護れるために強くなりたいのだ。
「なら、これからは全員でなく日毎に目を隠す人を変えて下さい。全員が片目だけでも隠していたら護りが疎そかになるので。それと目隠しをしている者としていない者で行動するように」
「………わかりました」
叱咤されるのかと思ったが、そんなことはなく理解を示してくれたことに安堵する騎士達。
そして同時に指示された内容に納得する。
たしかに強くなることに意識を向けすぎて警護が疎そかになっていた。
「すいません……」
顔を赤くして謝罪する騎士達。
同じことがおきないように城にいる者全員に注意をするべきだろうと反省していた。
「よっ……」
マオは食堂に来ると、騎士の一人に目を塞がれて完全に死角になっている方向から軽く物を投げる。
その次の瞬間、物を投げられた騎士は反射的に受け止める。
「「「「「おぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」
遅れながら、それに気づいた騎士たちは歓声を上げていた。
完全に死角だった。
声が聞こえていたとは言え、それでも気配はなく出ていた声ももしかしたら偶然タイミングが被っただけのようにも聞こえてしまう。
それでも反応し受け止めたのだ。
以前では出来なかったそれに成長を実感して声を上げてしまう。
「え。あっ……」
完全に無意識だったのか物を投げられた騎士も歓声と手に掴んだ物を見て、ようやく理解する。
そして以前では決して出来なかったことに成長を実感する。
「本当に成長している………」
半信半疑だったのだろう。
まだ少年といっていい年齢の相手だ。
どれだけ強くても教え導くのは難しいだろうと思っていた。
だから強さを見て学ぼうということにもなったのだ。
「今まで死角に反応できなかったのが出来るようになったし、もう街に戻って良い?彼だけじゃなくても他の者達も出来るようになっているだろうし。今は出来なくても同じことをやっていれば、いつかは出来るようになるだろうし」
心底、飽きたという様子で告げるマオ。
騎士達の中でも一番下っ端ぽい者でも反応できるようになったのだ。
他の者も最低でも同じくらいは成長しているだろうからと街に戻って良いか確認する。
良い加減に王城に住むのは疲れた。
普段より良いものを食べているのだろうが、それでも城に住んでいる以上気疲れをする。
最初は平気だったが、少しづつ疲れが溜まってきて街へと戻りたくなった。
「申し訳ありませんが、それは王族がたに確認していただけるとありがたいです」
マオが王城に住んでいるのは騎士達を強くするため。
そして実際に強くなったのだから、もう十分だろうと確認するが否定されてしまう。
あわよくば気分の良いままに同意を取らせようとしたから残念だ。
「それは残念」
目の前にいる騎士達から同意を得られれば急に帰っても責任は騎士達の者に出来るから残念に思う。
だが、それでもマオは良い加減に街へと戻りたかった。
「…………マオ殿ってそんなに街に戻りたいのですか?」
「当然」
マオが住んでいる街より王都のほうが色々と充実しているのに、そんなに街に戻りたいのかと騎士は確認する。
自分たちが護っている王都より良いのかと。
だが、それに対してマオは即答し、騎士は何も言うことができなくなった。
「そんなに城に住むよりは街に帰りたいのでしょうか?」
「一般市民なので王城に住むということ自体がプレッシャーで精神的披露が積み重なります」
「一般市民?」
「一般市民ですよ?貴方たちが弱すぎるか、俺が強すぎるかだけで」
「貴方が強すぎるだけですよ?」
「なら強すぎるだけの一般市民です」
そこにハニルがやってくる。
お姫様が来るようなところじゃないのに来ているのは偶にマオが来るからだろう。
マオがいなくなったら来なくなるだろう。
正直に言って騎士達はそれを望んでしまう。
そういう意味ではマオの言っていることも騎士達は理解できてしまう。
お姫様とか王族と普段から一緒にいるのはプレッシャーがキツイ。
常に近くにいるのは光栄だが、隣に立ってほしくないとも思ってしまう。
「えぇ………」
そして二人の会話を聞いて秀一は困惑の声を上げてしまう。
その反応も理解できるからこそ騎士達も頷いてしまう。
王族相手にマオはよく平然と会話出来るものだと考える。
普通は不敬もので牢屋に打ち込まれてもおかしくはない。
「まぁ、マオは強いしな………」
「それが理由だろうな………」
「強ければ多少は失礼な物言いをしても許されるものか………」
「そうか?むしろ、あんなんだから強いんじゃないか?なんか普通とはどうしてもズレてしまっているというか……」
「あぁ、キチガイだからか……」
「聞こえているからな?」
性格も強さの原因の一つなら納得する騎士と秀一。
秀一は元の世界で性格が狂っていたりする者やズレている者が普通の者より強い者が多い物語があったし、騎士達は実際に見て納得している。
それに分野こそ違うが、他にも優れているが性格が難があるものは他にいる。
それを知っているからこそ王族も騎士達も許してしまう。
ちなみにマオは自分たちに害を与えなければ何を言われても別に良い。
別に悪意もあるわけではないし、悪意があっても同じだ。
なにせ簡単に死んでしまいそうな者たちで、言われなきゃ自分と同じものを全く見ようとしない者たちだ。
本当に同じ生き物なのか疑問に思えてしまう。
「話は戻すけど、それで街に帰って良いのか?騎士達もそれなりに強くなったと思うし」
「………そうですね。構いませんが条件はあります」
「条件?」
条件付きで街に帰っても良いと言われ、何を言われるのかと身構える。
王族だからといって上の立場だと思って命令されることにマオは少しだけ不快な気持ちになる。
「一ヶ月に一回ほどで良いので偶には王都に来てください。騎士達の実力を確認してほしいのです。当然、滞在費や旅費はこちらが負担します」
「………どうしても来れない時は?」
「その次の月はこちらから出迎えて来てもらいます」
「………わかった」
そのぐらいなら構わないだろうとマオはうなずく。
滞在費や旅費も払ってもらえるのだ。
そして同時にこれ以上は断れないと考えてしまった。
おそらくだが王族から迎えが来る時は派手になる気がする。
そして見世物にされるだろう。
それだけはマオは嫌だから毎月でも行くべきだろうと考えてしまった。
「それではよろしくお願いしますね?」
「はい………」
だけど同時にその方が実力の成長を理解できるから良いかもしれないと考える。
毎日近くにいたら、成長したとしても気づきにくい。
離れていたほうが成長を実感できる。
「わかりました。それじゃあ一ヶ月後に」
「はい。一ヶ月後にお願いしますね?」
その言葉に頷きマオは食堂から自分たちの使っている部屋へと戻っていった。
「キリカ。帰る準備は出来ているか?」
「えっ。急にどうしたのよ?帰る許可でも貰ったの?」
「そういうこと。準備が出来ているのなら早速帰ろうと思うけど大丈夫か?」
「今すぐにでも帰る準備は出来るけど……」
帰る準備ができているあたり、キリカも本当はもう帰りたかったんだろうなと想像できる。
やはり王城に住むというのは慣れない限り精神的な疲労が溜まるのだろう。
「じゃあ帰るか」
「本当に良いの?」
「お姫様が条件付きとは言え構わないと言ったんだ。大丈夫だろ。それに少しだけ、いつの間に帰ったんだと驚かせたくなった」
「あぁ、そう」
マオの言葉に変な悪戯心が湧いたんだなと呆れてしまうキリカ。
だけど同時に好きにしたら良いと考える。
城にいる者たちもマオがどれほどの実力者なのか既に知れ渡っているはずだ。
それなら止めようとしても止められるものではないと理解してくれるはずだと考える。
責任は全てマオのものになるだろうし、マオのしたことならと責任も軽くなるはずだ。
「それで、どうやって行くのよ?馬車はこの時間に走ってないわよね?」
「?自力で走ればよいだろ」
「は?」
ここから街まで戻るのにどれほどの距離があるのか理解しているのかキリカは疑問に思う。
そしてマオならたしかに自力で戻ることも可能だろうなと思い浮かべてしまう。
「あぁ、うん。それよりも帰る準備は終わったか?」
何を察したのか納得する表情を浮かべるマオ。
そして、おもむろに準備が終わったのか確認する。
「え………。そうだけど」
「なら行くか」
そして頷いたのを確認してマオはキリカを抱える。
「マオ!?」
「舌を噛むかもしれないから気をつけろよ?」
マオの言葉と行動にこれから起こることを予想して荷物を落とさないように、そして落とされないようにマオへと思い切りしがみついた。
「お父様、お母様。マオさんのおかげで騎士達の実力は確実に上がっています」
「そうか」
ハニルの報告に王たちは嬉しそうな表情を浮かべる。
自分たちを護ってくれる者が強くなれば強くなるほど自分たちの生存率が上がるからだ。
そして王都に住む民たちも安全に暮らすことが出来る。
「それと、もう一つ」
「何だ?」
「マオさんたちを街に戻す許可をしました。彼も良い加減に街に戻りたかったみたいですし。それに偶に見てもらったほうが騎士達の成長や変化を見極めることが出来ると思いましたので。いつも近くにいたら変化もわかりにくいでしょうし……」
「なるほどな………」
身近だからこそ変化や成長を実感しにくい。
それは自分たち王族にも心当たりはある。
「それでいつ「申し訳ありません!失礼します!」……何だ?」
確実に来るように釘を刺しておこうと王は考え、いつ離れるのか確認しようとするが、その前に騎士が慌てた様子で入ってくる。
血相を変えている姿に話を聞こうと考える。
もし、これで下らないことだったらクビか厳罰にしようと決めていた。
「マオ殿たちが書き置きを残して城から去りました!これが残っていた書き置きです!」
「「「は?」」」
そう言って見せられたのはハニルから許可を貰ったので街へと帰るという内容が簡素に書かれた紙。
まだ許可を出して時間も経っていないのに行動が早すぎる。
城にいたのはマオだけでなくキリカもいたのだ。
もしかしたら既に準備をしていたのかもしれない。
「………城に住むのはプレッシャーが辛いと言っていたけど、そんなに疲労が溜まるのでしょうか?貴方はどう思いますか?」
そして思い出すのはマオの言葉。
城に住むのは精神的な疲労が溜まると言っていたが騎士達はどうなのだろうと確認する。
これでキツいと言われたら見直す必要があるのかもしれない。
「そうですね……。最初はキツイですが、貴方方を護れる立場にいることを誇りにしていますのですぐに慣れます」
「最初はキツイのね。どのくらいで慣れましたか?」
「………申し訳ありません。訓練の毎日で気づいたら慣れていたので、詳しくは覚えていません」
「そうですか………」
どちらにしても最初は城で暮らすのはキツイらしい。
それなら同じく住んでいる者たちに改善案を出すことにする。
「それにしてもキリカさんは止めてくれなかったのかしら?」
そこまで考えるとハニルはキリカのことを思い出す。
例え、準備だけはしていたとしてもマオを止めることはしなかったのだろうかと。
だが相手はマオだ。
止めようしても無理だったのかもしれないと予想していた。




