城での生活③
「はっ!」
訓練所では騎士たちの声が響き渡っている。
それぞれが得意の武器を手に持ち基本的な技を繰り返す。
「しっ!」
基本の技を繰り返しているだけなのに普段よりも疲れてしまう。
騎士たちは己たちが普段どれだけ何も考えずに訓練をしていたのか自覚をしてしまう。
「ふっ!」
そして基本の技を繰り返す合間に騎士たちはマオを見る。
「っ!!」
そこでは一撃必殺を思わせる威力でありながら基本の技を繰り出してた。
基本の技だからか途切れることなく繰り返されるそれに騎士たちは何度も見惚れて手を止めてしまう。
そして数分して意識を取り戻し基本技を練習する。
それを何度も繰り返していた。
それもしょうがないだろうと騎士たちは心のなかで言い訳をする。
ただの基本の技が必殺の域まで鍛えられているのだ。
技を繰り出すときの足の位置、視線の先、踏み込むタイミングに体の向き。
使う武器は違っても参考になるし、同じ武器を使っているものは特に勉強になる。
それにただの基本の技が必殺になるのはかっこいい。
「…………きれい」
そして騎士は男性だけない。
女性もいる。
マオの基本技の繰り返しを見て踊っているように見えてしまい、ついそう呟いてしまう。
「………綺麗って」
「何よ。実際、舞っているみたいじゃない」
マオの訓練を見て綺麗という女性騎士に微妙な顔をする男性騎士。
基本技の訓練をしているのに踊っているみたいだと言われるのは馬鹿にしているように感じてしまう。
「舞っているって」
「何よ。ならちゃんと見なさいよ。ほとんど動きが止まらず流れるように動いているのよ?」
その言葉を聞いてマオを見るとたしかに踊っているように見える。
そして武を舞の中に隠して伝えるという話を思い出す。
「なるほど」
それを考えると綺麗という感想も間違ってはいないと考え直す。
そして踊りとして見ると、動きは流麗でとても武の訓練をしているとは思えない。
綺麗というのも納得できてしまう。
「少なくとも、あの領域に至らないと彼と戦う資格はないのかな」
基本の技の繰り返しが舞のように見えてしまう。
それだけ技を練り上げているのだと考えると否定できない。
もし同じ技を繰り出しても一方的に力負けしてしまうのが予想できる。
「たしかに」
まず基本からしてレベルが違う。
純粋な身体能力が実力の差だと思っていたのに実際は技量でもかなりの差があった。
だが基本の技から意識の差があるとわかったら納得だ。
「それでも。一生戦う資格が得られないとしても鍛えないという選択はない」
どれだけ自分たちが鍛えてもマオにも同じくらいの時間がある。
生涯をかけても追いつけないかもしれない。
それでも鍛える理由を思い出せば諦めるという選択肢はない。
自分たち騎士が鍛えるのは誰か護るため。
そして敵はマオだけではない。
マオに勝てないからと言って諦めて、それ以外の敵が護るべき相手に危害を与えるのを許すべきではないのだ。
「わかっているわよ。それでもマオが敵でないことを幸運に思うべきよね」
「………そうだな」
マオを味方だと思っている騎士は多くいる。
だが同時にマオを潜在的な敵として見ている者もいた。
なにせ圧倒的な戦闘能力を持っているのだ。
気まぐれて敵対されたら勝てる未来が思いつかない。
だから敵対することがないように何かをするべきだ。
人質でも呪いでも何でも良い。
人質なら恋人らしいキリカがいるし、呪いなら城にいる間ならいくらでも掛ける時間がある。
「相談してみるか……」
これだけの力の持ち主だ。
国の為に働いてくれたら、どれだけの利益が出るのか予想できない。
「……腹減った」
そんなことを考えていると突然マオは訓練を止め、そんなことを呟く。
それがよく聞き取れてしまい、他の訓練をしていた者たちも手を止めてしまう。
「俺は訓練を止めて飯を食べに行くから。皆も好きにしたら良いぞ」
そう言って訓練所から出ていくマオ。
それを見届けると騎士たちも腹が減っていることを自覚して訓練の手を止め、自分たちも朝食を食べに移動した。
「かなり汗だくになっていますね。それほどマオさんの訓練はきつかったですか?」
「ハニル様!?」
そして騎士たちが食堂へと着くと王女様がいた。
「なんでここに……?」
訓練に参加した騎士たちは食堂にハニルがいることに呆然としてしまう。
ここは騎士やメイド、執事などが食事に使う場所で普通は王女様が来る場所ではないからだ。
王女様を含む、王族はそれぞれ専用の食事をする場所があるのだ。
何のようなのかと考えてしまう。
「あぁ、楽にして大丈夫です。質問したいことを聞けたらすぐに去りますから」
ハニルはそう言うが騎士たちは王女がいると気づいて敬礼した状態から緩めない。
敬愛すべき相手が目の前にいるのだ。
たるんだ姿なんて見せられるわけではない。
「…………まぁ、良いです。それで質問ですがマオさんの訓練はどうだったのでしょうか?」
興味津々に質問してくるハニル。
それを聞いて騎士たちは納得する。
あれだけの強さを持つマオの訓練だ。
気になるのも当然だろう。
「とりあえず強くなるためには基本を疎そかにしてはいけないということがわかりました」
「え……?」
ハニルは当然のことを言われて困惑してしまう。
基本が重要なのは当たり前。
まだ初日だが特別な何かをしているんじゃないかと気になったのに当たり前のことを言われてしまう。
「ですから基本が大事なのだと再認識させられました。起きてからついさっきまで基本の技だけをずっと繰り返していましたし」
「そうなの?」
「はい」
目の前の騎士が自分に嘘を吐くはずがないと知っているからハニルは疑わない。
だがマオが地道な努力をしていることに安心と驚きがある。
どれだけ強くても地道な努力が必要だという自分たちと変わらない安心。
そして、あれだけ強さを持っているのに努力をし続けていることにだ。
普通は誰をも圧倒する力を持っていると自覚したら慢心をして訓練も必要ないと止めるはずだ。
それなのに訓練をし続けていることに感心をしてしまう。
「なるほど。彼の強さの理由は地道な努力が理由と思っても良いのでしょうか?」
「少なくとも理由の一つではあると思います」
自らの意見が肯定されるハニル。
努力をし続けた結果があの強さなら他の者達もマオと同じ強さに到れるんじゃないかと考える。
「なら貴方達もマオと同じくらいの強さに到れると考えて良いのでしょうか?」
「………おそらく無理です。強さの理由の一つがわかっただけですし、絶対に他にも理由があるはずだと思いますので」
「………そうですか」
否定の言葉にハニルは少しだけ残念に思うが納得する。
強さの理由の一つではあっても、それが全てのわけではないのだ。
それにまだまだマオの強さの秘密を探れる時間はある。
焦らずに丸裸にしていけば良い。
「答えてもらってありがとうございます。これからも強くなるためマオさんの観察と報告をお願いしますね。貴方達や私たちが強くなれば、その分だけ多くの者を護れるのですから」
ハニルの言葉に騎士たちは頭を下げて肯定した。
「……美味いなぁ」
マオは部屋に戻り運ばれてきた食事を食べる。
昨日のように王族の前ではなく、要望通りに部屋の中で食べれることに満足していた。
おかけで味わって食べることが出来る。
「ホントにね……」
それはキリカも同じだ。
マオが王族相手に失礼な事をしないか、それに怒り罰せられないか不安だったし。
王族が目の前にいてプレッシャーで味がわからなかった。
「そういえばマオ?」
「何?」
「昼はどうするの?」
キリカはマオへとこれからどうするのか確認する。
いつもの街だったらギルドに行って依頼を受けていたりしているが、今は王都に住んでいる。
何をするのか疑問だ。
「ギルドで適当なダンジョンの依頼を受けに行こうかなって考えている。お前は?」
「それなら私もついて行って良い?特にやることもないし」
「………まぁ、構わない」
それならと食べ終わったら早速ギルドに行こうと決める。
どんなダンジョンにマオが挑むのかキリカは今から楽しみだ。
「それにしてもなぁ」
マオはキリカが食べ終わりギルドに向かうために立ち上がったのを確認して部屋を出るとため息を吐く。
「どうしたのよ?」
「面倒だなぁって」
「?」
マオの言葉に首を傾げるキリカ。
何を言っているのか理解が出来ない。
そしてマオは冷めた目で隠れて自分たちを見ている者たちを眺める。
ダンジョンに入っても隠れて自分たちを観察するつもりかと考えると呆れてしまう。
観察している間に後ろからモンスターに襲われて殺されないか不安だ。
だが、もしそうなっても責任はそいつらの物だ。
たとえ後味が悪くなったとしても余裕がないと助ける気にはならない。
優先順位はあくまでもキリカと自分だとマオは考えている。
「ところでどんなダンジョンに挑むのよ?」
キリカが尋ねているのはダンジョンのおおまかな傾向だろう。
モンスターが多く戦闘がメインのダンジョンや罠や採取で得られるものが多い探索がメインとなるダンジョンもある。
それによって装備や必要なものも変わる。
「戦闘系」
だからマオは即答する。
そしてキリカも戦いに行くと聞いて自分のすべき準備を考えていた。
「戦闘系のダンジョンだな?」
「あぁ」
そして遠くから監視をしていた者たちもマオの言葉を聞いて準備を始める。
身軽のままダンジョンに挑んでも危険だ。
そこで隠れも問題ないように最低限の装備と準備をしなくてはいけない。
「とりあえずモンスターを避ける道具の手配を準備してくれ。観察中に襲われたら危険だ」
「わかっている」
マオの戦いを見逃すことがないように準備を始める騎士たち。
準備を何人かに任せて引き続き後を追うつもりだ。
それも戦闘系といってもダンジョンは色々とあるし当然だろう。
何処のダンジョンに挑むのかも調べなくてはいけない。
「どのダンジョンに挑むのかわかったら伝えてくれ。後から適当な人員も送る」
「わかった」
仲間の言葉に頷く騎士たち。
半分は準備の為に去り、半分はマオを追う。
「それじゃあ行くぞ」
「はい!」
マオにバレないように慎重に移動する騎士たち。
普段の行動から強さの理由を探りたいのだ。
バレてしまって普段の行動が見られなくなるのは避けたい。
「………それにしても思った以上にマオの行動は普通ですね」
その言葉に頷く。
朝早くから鍛えて経験を積むためにダンジョンに挑む。
誰もがやっていることだ。
「だけど同時におそらくは誰よりも質が高い」
そして返された言葉に普通と口にした騎士も頷いた。
「同じ訓練でも意識の差で効果に差があると知っていましたが、まさかあんなことを考えているなんて」
マオを追っている騎士たちも朝の訓練に参加したから何を考えて訓練をしているのか知っている。
だから自分たちの強さの差に少しだけ納得している。
最初から木を斬ることを目標に剣を振るうのと、岩を斬ることを目標を剣を振るうのでは鋭さも威力も違う。
目標の大きさの差も力の差になっているのだろう。
「ある程度を調べたら普段から何を考えているのか聞いたほうが良いかもしれないな。流石にどれだけ調べても考えている内容まではわからないしな」
たしかにと頷く。
意識の差で力の差が出てきたのだ。
何を意識しているのか具体的な例を聞いておきたい。
もし断られたとしても答えてくれるまで何度でも訪ねようと心に決める。
頭も下げるし、下げた頭を地面に擦り付けても良い。
王族のため、そして力のない民のため教えてくれるのなら、どんなことでも耐えてみせようと覚悟を決めていた。




