挑戦①
「ふぅ………」
全ての準備が整い目の前にはマオがいる。
マオと戦う相手に推薦され、それを受け入れたキリカは息を吐いて緊張を解していた。
「それでいつから始めるんだ?」
マオは余裕のある様子で身体を解している。
その様子にキリカたちは、マオにとって自分たちはどれだけの工夫を重ねても負けるはずの無い存在だと示されているような気分になる。
そして同時にそのままでいろと思っていた。
そのほうが油断で圧勝できる。
秀一の能力を強大さから油断をしていなくても勝てる自身はあるがマオの驚く顔が見たかった。
「そうですね。ですけど、その前に挑む前の準備を整えさせてもらいますね。シュウイチ!!」
「あぁ!!」
ハニルの言葉を合図に秀一はキリカに掌を向けて強化する。
更に秀一の周りに何人も集まって魔力を秀一に吸収させ、その分もキリカの強化に使ってもらう。
「………他者への強化?でもシュウイチの意識を奪ったら途切れそうだな」
「させるとでも?」
「安心しろ。シュウイチ自身を狙うつもりは無い」
マオの言葉に秀一を狙わせないとキリカは強化された身体能力で剣を振り下ろす。
だがマオはそれを身体を傾けるだけで避け、剣を持っている腕を上から抑えるように掴む。
「それと合図は無かったけど、もう準備は良いのか?」
「………まだよ。私が合図を出すから、それに従ってもらえませんか?」
ハニルの言葉に頷いて距離を取るマオ。
そのことにハニルは安堵し、そしてあれだけの人数をつかって強化してもまだマオには余裕があるのだと理解できたこと思える。
そして二桁に届く者たちの魔力を使っても足りないことに少しだけ恐怖を覚えた。
「もう少しだけ待ってください」
それは秀一たちも同じで更に強化をしようと秀一の周りの者が増える。
その様子にマオは苦笑をしてしまった。
どれだけ俺に勝ちたいのだと少しだけ意識されていることが嬉しく、同時に少しだけ目の敵にされていることが悲しく思ってしまう。
そしてキリカへと視線を向ける。
最初に剣を振り下ろしてきたときよりも紅く輝いている。
目に悪そうだと場違いに思った。
「思ったんだけど」
「?」
「その輝きは目に悪くて目潰しにも使えそうだよな」
「はじめ!!」
余裕を全く消さないマオにハニルは開始の合図を切った。
「ふっ!」
最初と同じようにキリカはマオへと剣を振り下ろし身体を傾けられただけで避けられる。
キリカは更に強化されて攻撃をしたのに簡単に避けられたことが悔しく、そして同時に嬉しく思ってしまう。
「…………んん?」
マオはキリカを見ながら首を傾げる。
強化されているのは理解るがどこか違和感を感じてしまう。
「どうしたのよ?」
「いや別に?」
マオが違和感を持ったことに察したのかキリカは距離を取って疑問をぶつけてくる。
だがマオは何に違和感を持ったのかまだ理解が出来ていないため口にすることを選ばなかった。
「そう」
話してくれないことを残念に思いながらキリカは攻撃を再開する。
マオ自身、何に疑問を持っているのかわかっていないみたいなのだ。
理解が出来たときに聞けば良いと思っていた。
それに今まで以上の手応えを感じる。
この機会を逃したくなかった。
「まぁ、いっか………」
とりあえず目の前のキリカを相手にしようとマオも意識を切り替える。
戦っているうちに違和感も理解るだろうと考えていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう思っているとキリカの剣が振り下ろしており、マオはそれを籠手で受け止める。
今までの中で最も速いが受け止めることも出来る。
そして力も今まで最も競り合えているが問題は無い。
「よっ」
だが、いつまでも競り合っていても腕が疲れるだけだとマオは考え腕の力を抜く。
それだけでキリカのバランスは崩れた。
「ふっ!」
だがキリカはその状態から直ぐに体制を整えて剣を振り抜く。
強化された自分の状態を完全に使いこなしている。
普通は普段の自分の能力との差に振り回されかねないのに使いこなしている姿にそれだけ訓練したのかとマオは考える。
もしかしたら違和感はこれなのかと思う。
「思った以上に強化された自分の肉体を使いこなしているみたいだけど感覚のズレは無いのかよ」
「無いわよ。そういう強化みたいだからね」
「へぇ」
肉体だけでなく精神状態にも作用するなんて珍しい強化だなとマオは思う。
そして、だからこそ不安を抱く。
その強化に精神はついていけるのかと。
普段との差に短時間ならともかく長時間も使っていれば悪影響を与えてしまうんじゃないかと予想する。
「まぁ、実際にやってみれば理解るか」
もし、そうなって戦えなくなってもマオからすれば都合が良い。
危険な場所に自分から行くことはなくなるのだから。
だからマオは悪影響を与えてしまうのなら、わざと時間を長引かせて戦おうと考える。
「長期戦をやるぞ」
「舐めるな!!」
マオの言葉をキリカは挑発だと受け取り更に攻撃を激しくする。
そんな選択をする余裕がマオにあることが苛立ちを覚えさせた。
「はぁぁぁぁぁ!!」
そんな余裕は消してやるとキリカは剣を振り回す。
斬り上げ、斬り下ろし、突き、切り払う。
「甘い」
そしてマオは身体を横に何度かずらし、後ろに一歩引いてキリカの攻撃を避けていく。
「そういえばお前。魔法を使わなくて良いのか?さっきから直接的な攻撃しかしていないけど」
そう言ってマオはキリカの攻撃を避けながら前に進み、耳元で話しかける。
懐まで、あまりにもあっさりと侵入されたことにキリカは反射的に剣を振り回して距離を取らせようとする。
それに対してマオは素直に距離を取って避ける。
そして続けざまに魔法で追撃をされる。
「おぉ!?」
先程までは魔法を使ってこなかったから急に魔法で攻撃されたことにマオは焦り驚く。
まさか疑問をぶつけた直後に使ってくるとは思わなかった。
「これで良い?」
そして続けざまに様々な種類の魔法で攻撃される。
威力も速度も普段の倍はある。
「…………もしかして身体能力だけでなく魔法も能力が上がるのか?」
だとしたら更に評価が上がる。
最高の切り札になりそうだとマオは考える。
「そうよ。覚悟なさい」
そう言ってキリカは百近い魔法を発動し一気にマオへと攻撃する。
強化のために秀一へと魔力を渡していた者たちは、マオが反応できていたのもこの準備のためかと考える。
二人の動きが目で追えなかったとはいえ、二桁の者たちがキリカを強化していたのだ。
普通は反応できるはずが無いと安堵する。
「決まったか?」
百近い魔法がマオへと襲い大量の煙が舞い上がる。
それを見て一人がマオに勝ったのだと確信を抱く。
あれだけの魔法の数に速度。
逃げられるはずがないと思っていた。
「……………」
煙が舞い上がり数分。
未だに煙は腫れることがなくキリカは煙が晴れ、マオが見えるまで警戒していた。
「なんというか色々と無駄だな………」
煙の中から呆れたような声が聞こえてくる。
それがマオのものだとキリカは直ぐにわかり、これでも決まらないかとマオの意味のわからない強さにため息を吐く。
それでも少しはダメージを与えられたはずだと期待していた。
「煙が舞い上がったからって何もしないのはダメだろ。風の魔法を使って晴らしたりしないと隠れて回復されたり、気づかぬ間に消えて奇襲をされるぞ」
そんなことを言いながらマオの姿が出てくる。
「は?」
見えてきたマオの姿は無傷だった。
百近い魔法で攻撃されたのに傷一つ負っていない。
ありえないとキリカたちは信じられない目で見る。
「やっぱ数よりは質だな」
そう言ってマオは肩を回す。
その行動が先程の攻撃が全く効果的でないことを理解できてしまう。
遠距離からの魔法攻撃は無駄。
なら至近距離からの攻撃しかないとキリカは気合を入れた。
「なぁ?もう少し使う魔法を考えたら?」
「っ!」
マオの言葉に怒りで思考が染まる。
その間にマオは魔法を地面に思い切り叩きつけた。
「は?」
マオの突然の行動にキリカたちは思考が止まる。
特に挑発されたと感じたキリカはマオの意味がわからない行動に困惑していた。
「ほら。お前は砂煙が舞っても俺が見えるのか?」
「なっ!?」
そして次の瞬間、マオはキリカの首に後ろから肩を回す。
とっさにキリカは腕を振りほどき剣を振り回すが既にマオは後ろに一歩引いて避けてしまっている。
「おそい。もっと鋭く攻撃しなきゃ俺に当てることすら無理だな」
半笑いそんなことを言ってくるマオ。
普段の数倍以上の動きをしているのに、それでも足りないという言葉が信じられない。
「はぁぁぁぁぁ!!」
それを否定するためにキリカの攻撃は更に激しくなる。
剣での攻撃だけでなく魔法も組み合わせる。
マオが剣を避けた先に予め魔法を魔法を撃ち追撃をする。
それすらも避けられる。
マオが動いてる途中に次の移動する先を見極めて移動する先を泥にする魔法を撃つ。
途中で動きを変えられてしまい避けられてしまう。
剣での攻撃と同時に別の方向から魔法を撃つ。
両方の攻撃を当たり前のように避けられてしまう。
「やっぱり遅いな………」
マオから見ても普段と比べても格段に速い。
それでも、どこにどうやって攻撃してくるのか見え見えでわかりやすい。
「ふっ!」
今もそうだ。
実際に攻撃するまでに向けられる視線、振りかぶられた剣の刃先、足の向き。
色々な情報がマオにどんな攻撃をするのかと伝えてくる。
だからマオはどれだけキリカの攻撃が速くなっても避けることが出来る。
キリカがマオに攻撃を当てれるようになるには最低でも目では追うことのできない速度まで上げる必要があった。
「それに鈍い」
動作の無駄が多いというべきか、それとも行動の一つ一つが遅いというべきか。
判断をして行動に移すまでの時間がマオにとって余裕を与えてしまっている。
更に攻撃の鋭さも無い。
それもまた危険を認識させることはせずマオに余裕を持たせてしまっていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
だから、どれだけ速くてもマオには簡単に避けることができるし、それに足を引っ掛ける余裕もある。
「あぁ!?」
「くそっ!?」
そしてテブリスたちはそんなキリカを見て笑わないし自分だったら勝てたとは思わない。
なにせ彼らからはマオの動きもキリカの動きも全く目に追えていないからだ。
自分がキリカの代わりに突撃しても何も変わらないことを自覚していた。
「どうしたらマオに勝てる!?」
多くの者で秀一に魔力を譲渡し、そしてキリカに強化をしているのにマオに勝てない。
あまりにも理不尽に感じてしまう。
「皆さん、攻撃する準備は出来ていますか?」
「ハニル様!?」
ハニルの言葉に挑戦者たちは何を望んでいるのか察し拒絶の声を上げる。
無理なのだ。
自分たちでは目に追えない速度で動く二人。
援護しようとしても、むしろ邪魔になる可能性が高い。
「無理です。私達でも彼らの動きは目に追えません!むしろ邪魔になり、フレンドリーファイアをしてしまう可能性があります!」
「………そうですね。ごめんなさい」
もはやハニルやテブリスたちが出来るのはキリカが勝つことを祈るだけだった。




