召喚勇者①
「ここは………」
「勇者よ。よく来てくれた!」
黒い髪の少年が目を覚ますと、そこは見慣れない空間だった。
直前まで覚えているのは学校からの帰り道、急に目の前が光ったこと。
まるで小説に出てくるような異世界召喚を味わった気分だ。
「勇者………?」
「そうだ。君には、この世界にいたる所にあるダンジョンを破壊してもらいたい。もちろん全てとは言わないし、破壊しないで欲しいダンジョンもある。頼めないか?」
「無理だ!?」
ダンジョンの破壊を頼まれて少年は即座に否定する。
当然だろう。
ダンジョンと聞けばトラップやモンスターがつきものだ。
ただの学生が踏破出来るはずもない。
「なんだ?もしかして戦いのない世界から来たのか?」
「………まぁ」
戦いのない世界かと聞かれたら微妙だが、少なくとも自分の周りではないから頷く少年。
それを見て少しだけ残念そうにする。
「なら鍛えるから安心すると良い。それに異世界から召喚されたんだ。その時点で元の世界にいた頃より強くなっている」
「………よかった」
それを聞いて安心する少年。
召喚されて少しでも強くなったのなら安心できる。
「それで俺は帰れるんですか?」
小説でよくある疑問。
最終的には帰れなかったりする物語もあるから確認をするべきだろう。
もしかしたら帰れないかもしれない。
頼まれたことが解決したら帰れるというのは嘘だと考えるべきだ。
「当然だ。ダンジョンの数が減ったら帰してやる」
その言葉に少年は嘘だとわかった。
もしかしたら異世界の少年だから利用しても心は傷まないと考えているかもしれない。
この国に骨の髄まで利用される前に脱出する方法を考える必要があるかもしれないと覚悟をしていた。
「さて。………この子は私の娘だ。自己紹介をしなさい」
「はい。はじめまして私の名前はハニラです。よろそくお願いしますね」
そして少しだけ歩くと少女のもとまで案内される。
綺麗なスカートの裾を少しだけつまみ上げて頭を下げて挨拶をする少女。
自分と同じくらいのそれに顔を赤くなる少年。
「ところでお名前はなんと言うのでしょうか?」
「ははは。そうだな、教えてくれないか?」
「えっと、秀一といいます…………。あっ………」
「どうしたんだ?」
「いえ………。元の世界で頼まれごとをしていたんですけど、それを破ったことを思い出して」
「それは………」
「申し訳ありません」
秀一の言葉に申し訳ないように謝罪する二人。
だが秀一は自分の名前を正直に口に出してしまったことを後悔していて頭の中に入ってこない。
自分の名前を知られると呪いやら何やらと色々なことに使われるというのは聞いたことがある。
もしかしたら逃げれないのかもしれない。
だが、それにしても綺麗な服に綺麗な容姿。
もしかしたら物語でよくある王女なのかと秀一は予想する。
そうすると最初にあった男性は王様で、異世界で初見で王様に会うのは珍しんじゃないかと考える。
大体は異世界に召喚されて初見で会うのは召喚者だ。
そして召喚者は大体お姫様だったりする。
「ところでお二人は何者なんですか?」
「あぁ、説明していなかったな。私はこの国の王だ」
「この国の王女です」
予想通りの答えに秀一は白けた目を向けていた。
「はぁ………」
秀一は城の中を案内され用意された部屋で休憩する。
これから、どうなるのか不安を抱いていた。
異世界に召喚されたことで強くなっていると言われて最初は安心したが、どれだけ強くなったのか予想ができない。
そのために訓練もするのだが普通に怖くて嫌だった。
「何で俺なんだ……」
小説では何ももっていない奴が選ばれれば、何もかももっている奴が選ばれる。
それなら選ばれたのは自分でなくても良いじゃないかと秀一は思う。
「すみません。中にはいって良いでしょうか?」
「あっ、ハイ」
中に入ってきたのは、いかにも騎士という男性といかにも魔法使いの格好をした女性。
堂々とした姿に思考が固まる。
「始めまして。明日から、貴方に訓練をさせてもらう者です。せめて顔合わせだけはしたいと思い参上いたしました」
「………これはどうもご丁寧に」
どうせだから挨拶ついでに、この世界のことについて教えてもらうと秀一は考えた。
「なるほど……」
聞くことが出来たのはダンジョンについてだけだった。
もっと正確に言えばダンジョンについての情報が多く、それを聞き頭に叩き込むだけで時間を使ってしまう。
「最近ではダンジョンを破壊しても直ぐに新しいダンジョンが増えるのですからどうしても人手が足りなくなるのです。ですから、どうかご理解お願いします」
ダンジョンを破壊するために手を貸してくれと頭を下げる目の前の者たち。
召喚されたばかりで何も知らない相手に頭を下げてきたことに秀一は本当に困っているのかもしれないと考えていた。
「それでは明日から訓練ですので今のうちにゆっくり休んでいたほうが良いでしょう」
その言葉に秀一も頷く。
そして騎士たちもそれを見て退室していった。
「…………訓練か」
訓練と聞いて頭に思い浮かべるのは走り込む姿。
最初は体力の限界を見極めるためにそれをするのだろうと予想する。
だが同時に楽しみだった。
なにせ空想でしか無い魔法を使えるのだ。
それだけでも異世界に召喚された価値はあるんじゃないかと秀一は思ってしまう。
「魔法か………。俺はどんな魔法が使えるんだろうな………」
どんな魔法が使えるのかと秀一は心を震わす。
魔法の訓練が出来るのなら、辛い訓練も我慢できるかもしれない。
不安と期待で秀一は眠ることに時間が掛かりそうだった。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
そして朝、目が覚めると綺麗な少女が目の前にいた。
こんな綺麗な少女が目を覚めると同時に視界に入ったことに秀一はまだ寝ているのだと判断して寝直す。
何よりも見覚えのない姿が秀一にその判断をさせた。
「起きてください。秀一様。訓練のことを忘れたのですか?」
訓練と聞かれても全く心当たりがない。
自分は運動部に所属していないし、そもそも普通は訓練じゃなく練習という。
ネット小説の読み過ぎかとベッドに潜り込もうとする。
「もう………」
ハニラはベッドに潜りこむ秀一を見て、しょうがないかと苦笑する。
秀一はこの世界に来てまだ一日しか経っていない。
だから訓練をサボった訳では無いと考え、寝惚けているのだろうと判断していた。
「起きてください」
だが訓練をすると約束した。
それに世界にはダンジョンから溢れてくるモンスターもいる。
この世界に呼んだのは自分たちとはいえ少しでも鍛えて強くならなきゃ生きていけない。
だから無理矢理にでもハニルは秀一を起こそうとする。
「約束をしたんですから起きてください」
ベッドの中に潜る秀一を起こそうと身体を揺さぶるハニル。
だが秀一は起こそうとするハニルを迷惑だと振り払おうとする。
「きゃっ!!」
その結果、ハニルは秀一を押し倒すような体制になる。
そしてハッキリと秀一の顔を見たせいでハニルの顔は赤くなる。
昨日は気づかなかったが、よく見ると整った顔でありボサボサの髪を整えたらモテるんじゃないかと思う。
というよりもハニルの好みの顔だった。
「…………この顔なら文句は無いわね」
ハニルは王族の娘として、どんな手を使っても勇者を引き留めないといけない。
当然、有能な者であれば身体を使う必要もある。
だが有能であっても醜い者相手に身体を積極的に許したくなかった。
その点、秀一は身だしなみさえしっかりすれば何も文句は無い。
それどころか好みの顔だ。
どんな手を使っても手に入れてやろうとハニルは考えていた。
「…………すいません。寝惚けてました」
「大丈夫です。この世界に来てまだ一日目ですし理解はしています。だから早く慣れてくださいね」
秀一は目を覚まして約束の時間を忘れ寝惚けていたことを謝罪する。
ハニルの顔が赤くなっていることにも口では許しているが本当は怒っているのだろうと認識していた。
「私も一緒に行きますので訓練のことを忘れていたと謝罪しましょう?まだ来たばかりですから道に迷ったら大変ですし」
秀一は気をつかってくれていることに有り難く感じると同時に自分が情けなく思ってしまう。
少しでも早くハニルの手を借りずとも一人で城の中を歩けるようになりたかった。
「おはようございます」
「おはよう」
そして早速案内されながら城の中を歩いていると、すれ違うたびにメイドや侍女たちがハニルへと挨拶をする。
その光景に秀一は、ハニルは慕われているのだろうと考える。
「つきましたよ」
そして扉の前で止まり、その扉を開く。
そこには秀一を鍛えると言ってくれた者たちがいた。
「すいませんでした!!」
秀一は彼らを認識すると、中に入り直ぐに謝罪する。
鍛えてくれると言ってくれたのに遅刻をしてしまったからだ。
「……………ふぅ」
ため息を吐く騎士たち。
そのことに、もしかしたら鍛えてくれるという話はなかったことになるかもしれないと秀一は思ってしまう。
「今回だけは許してやる。次に遅刻したら鍛えるという話はなしにするからな?」
騎士の言葉に秀一は頷く。
とりあえず今回は許してくれるみたいで助かった。
明日からは気をつけないといけない。
「ちょっと良いでしょうか?」
「ハニル様?」
「彼に関しては、もう少し容赦を与えてくれませんか?あなた達も遠い国や街で急に過ごすとなったら時間の感覚が狂うでしょう?シュウイチは国どころか別の世界から来たのだし……。せめて一週間は様子を見てあげれませんか……」
「…………」
ハニルの言葉に秀一は気にかけてくれるのは有り難いが、そこまでしなくてもと思う。
そして騎士たちも、たしかにと言わんばかりに納得しなくても良い。
「そうですね。まずは一週間様子を見ましょう」
騎士たちは自分たちも慣れない土地で宿泊すると最初のうちは起きれなかった。
そのことを思い出すとハニルの提案も受け入れてしまう。
「君もまずはこの世界での生活に慣れてください」
それに異世界から来たのだ。
色々と生活も急に変わることになって戸惑うだろう。
そのことも含めて考えると自分たちよりも遥かに大変だと騎士たちは思う。
「とりあえず今日は訓練は午前だけに終わらせて城下街を観光しますか?」
それに今気づいたが、この世界に勇者として召喚されたとはいえ護ろうと思えるだけの何かがシュウイチには無い。
それを得てほしくて騎士は街に観光に行って欲しいと考える。
そして彼らを死なせたくないと思ってほしい。
力があることを自覚すればシュウイチも護ってくれるだろうと考えていた。
「………そうね。でも午前中だけって何をするの?」
「単純な身体能力検査ですね。それから、どんな訓練をするべきか考えたいので」
「わかりました。それじゃあシュウイチ、終わったら一緒に城下街に行きましょう?私のオススメの場所を案内するわ」
ハニルの言葉に騎士たちはおやっ、となる。
相手が異世界から召喚された勇者とはいえ自分から積極的に動くとは思ってもいなかった。
シュウイチの容姿はパッと見てお姫様の好みには思えないが、もしかしたら整えたらお姫様の好みだったのかもしれない。
シュウイチは勇者だし、もしかしたら一緒になるかもしれないなと考える。
そして同時にお姫様を傷つけたら、たとえ勇者だとしても絶対に許さないと殺意をシュウイチに向けてしまっていた。




