約束と弟子③
「……………」
マオは目覚めると腕の中にキリカがいた。
そのことに昨夜のことを思い出す。
「ずっと俺だけのものにしたいな………」
マオはそう言って腕の中にいるキリカの髪を撫でる。
そして起き上がり、換気をするためにドアを開けシャワーへと入っていった。
それから少ししてキリカはベッドの中へと潜り込む。
実は起きていてマオの言葉を聞いていたせいだ。
顔を赤くして見られたくないと隠している。
「………絶対マオは私が起きていたのを気づいていたでしょ」
マオなのだ。
狸寝入りをしていたことはバレていてもおかしくない。
そのことを考えると、わかっていて口にしたのだと考えられてキリカは身悶えしてしまう。
「毛布に包まって遊んでないでシャワーを浴びたらどうだ?」
そうしている間にマオはシャワーを浴び終わって戻ってくる。
そしてキリカには微妙な目を向けていた。
なぜならマオから見れば毛布を幾重に重ねて包まっているようにしか見えない。
それだと自由に動けないだろうとため息を吐く。
「………いつの間に」
「俺が戻ってきたときには気づかずに右に行ったり左に行ったりして丸まっていたけど?何が楽しいんだ、それ?」
マオの言葉に顔を赤くするキリカ。
身悶えていたのをずっと見られていて恥ずかしい。
包まっていた毛布から抜け出してダッシュでシャワーへと向かった。
「…………ヤバ」
キリカはシャワーを浴びて身体も意識もスッキリさせると着替えの服を持ってきてないことを思い出す。
そして同時に生まれたままの姿でシャワーまでダッシュしたことを思い出し自分の身体を抱きしめて座り込んでしまう。
覚悟しているのならともかく、無防備な姿で見られるのは、やはり恥ずかしい。
「キリカ」
「何!?」
声を掛けられたことにキリカは大声で返してしまう。
もしかしたら入ってくるかもしれないと不安と期待が混ざってしまっている。
もし入ってきたら、どうすれば良いのかと頭の中がそれでいっぱいになってしまう。
「とりあえず乾かした服は置いておくから」
「え?いつの間に?」
「起きて直ぐに洗濯機に入れた。まだ少し濡れているかもしれないけど火の魔法で燃やさないように調節して乾かせば良いんじゃないか?」
「そうね。助かったわ」
昨日も来ていた服を後は乾かすだけと聞いて御礼を言うキリカ。
何も着ないでいるよりは遥かにマシだった。
「………………まって」
そして早速乾かそうとして見えたのは自分の下着だった。
一番上に置かれたそれに下着を見られたことを理解してキリカは声にならない悲鳴を上げる。
確かに服を着る以上は必要だが、異性に準備をされたことが恥ずかしい。
とりあえずキリカは服を乾かし文句を言おうとマオを探す。
服さえ着れば部屋に戻って下着を着ることが出来る。
それなのにわざわざ準備をされて恥ずかしい。
「マオ?何で下着まで準備をしたの?」
「下着を履かないといろいろと違和感がひどいぞ?」
「何?下着を履かないで動き回ったことでもあるの?」
「…………擦れて痛かった」
アホかとキリカは思う。
むしろ何で、そんな状況になったのか聞きたい。
「俺は男だからバレないし興味も持たれないが、女の場合は色々と問題だからな………。特にスカートだと誘っているとか痴女だとか言われかねないし………」
心配してくれることはキリカも有り難く思っている。
だが今の問題はそこではない。
下着に触って持ってきたことが問題なのだ。
そのことに対して文句を口にする。
「何度か自分から俺に見せてきたくせに?正直、それで慣れたというか……。今更だとしか思えない」
「…………」
心当たりがありすぎて何を言うべきなのか、わからなくなるキリカ。
意識させるためとはいえ色々やらかしてしまったことを後悔する。
「それに下着ぐらい俺たちの関係からしたら今更すぎるだろ………」
「…………それでも下着まで準備されるのは恥ずかしいわよ」
キリカの反論にマオはそんなものかと理解しようとする。
だが納得するのには時間がかかりそうだった。
「それでキリカ。俺はこれからギルドに向かうから家から出る時は鍵を締めてくれないか?」
朝食を食べている最中、マオは鍵を締めてくれるようにキリカに頼む。
そのことに何か急ぎがあるのかとキリカは考えるが、弟子にしてくれと頼んできた女の子のことを思い出す。
「私も一緒に行くわ」
「別に良いけどやることは何も無いぞ?」
マオはキリカも来るのは構わないがキリカが何もすることはないと注意する。
それでも来るのかと確認をしていた。
「当たり前でしょ?」
そしてキリカもそれでも行くと考えを改めないため、一緒に来ることをマオは許可をした。
「もしかして私はマオさんだけではなくキリカさんの弟子にもなれるんですか!?」
「違う。いや、キリカが良いのなら弟子になるかもしれないけど……」
「嫌よ」
「じゃあ何で………。おっほ」
マオたちはギルドで約束していたシュナと合流する。
そしてシュナはマオの他にキリカもいることに、もしかしたらキリカも弟子にしてくれるのかと考え期待を口に出したが否定される。
だが何でいるのか他の理由に思い至り嬉しそうな表情を浮かべた。
「もしかしなくても嫉妬!間近で見られるなんて、なんて眼福!!」
シュナはキリカたちに聞こえないように小さな声で興奮する。
間近で嫉妬する表情が見えて眼福だと考えてさえいる。
ただ自分が浮気相手だと予想されていることに、あまりにも恐れ多く感じている。
「念の為に言っておきますが、私は二人の邪魔をする気は一切ないので!単純に強くなりたくて、私の知っている者の中で一番強いマオさんに弟子入りしました!…………あとは二人のイチャつきとか見たいし。それに強くなれば、なれるほど隠形も上達して色々なカップルも覗くことが出来るし。フヘヘ………」
「へぇ……!」
シュナの言葉にキリカは実力を高めるために来たのだと理解する。
それに王都に呼んだり勧誘しようとするのではなく、自分から街に来たことで感心していた。
後半の言葉は小声だったのもあって聞こえていない。
そしてマオは冷めた目でキリカを見る。
それは後半の声が聞こえていたせいだ。
強くなりたいというのは本音だろうが、その理由に覗くためというのが色々と問題だ。
とりあえずは、とマオは最初に言うことは決まる。
「心のなかで話せ変態。耳が良いやつだと普通に聞こえるからな?」
「マオ?」
「ひうっ!?」
マオの文句にキリカは疑問を抱き、シュナは肩を跳ね上げる。
聞こえていたせいで、もしかしたら弟子入りは無しになってしまうかもしれないと予想してしまう。
「あの!?」
「弟子にするのは変わらないから安心しろ」
本当に何でもするから弟子にしてくれと頼むつもりが、その前に受け入れられてしまう。
どういうことなのかシュナ自信も疑問だ。
「それで、どうする?今から、一度実際に戦って実力を見ることにするか?それともまた後にするか?」
「是非、今から………」
マオの疑問にシュナは震え声で今すぐに戦うことを提案する。
シュナは声が聞かれていたことも会って逃げられないようにプレッシャーを掛けられていると勘違いしている。
今すぐに戦うことにしなければ許されない気がしていた。
「わかった。そういうことだから………」
「私は行かないほうが良いの?」
「まぁ、そうだな………」
マオの言葉にキリカは不満を抱き、そしてシュナは絶望の表情を浮かべる。
絶対に他人には見せられないような攻撃をしてくるのが予想できる。
助けを求めたくても、バラされてしまえばむしろ協力してきそうで何も言うことが出来なかった。
「じゃあ行くぞ」
シュナはマオの肩に担がれてしまう。
逃げることもできない。
そしてシュナは肩に担がれたまま街の外まで出ていくことになった。
そしてマオがシュナを肩に担いだまま森の中に入ってようやく止まる。
肩から降ろされて森の中に入ったことに気づいたシュナは、ここでなら遺体を放棄してもバレないと考えて顔を青ざめる。
降りるまではマオにどんな目に合わされるのか考えていて周りの風景なんて目に入らなかった。
「本気で来ないとバラすから全力で来い」
そして言われた言葉にシュナはマオに全力で襲いかかった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シュナは持っていた槍を思い切り突き出す。
普通なら刺された者は槍の穂先が貫通するだろう。
だがマオは一切動こない。
それどころか無防備に受け止める。
「幻覚か」
その理由は槍を突き出してきたシュナが幻覚だからだ。
本物は幻覚で作り出した本人よりタイミングを遅れて槍を突き出していた。
だがマオはそれを認識しているからかタイミングを遅らせた本物の槍を掴んで防ぐ。
「っ!!」
シュナは防がれたことに驚かず、強引に掴まれた槍を引き抜いて激しく連続で突き出す。
どの突きも最初と同じように幻覚魔法を重ねて本物の攻撃とタイミングをずらしている。
「…………普通にキリカやカイルよりも強いんじゃないか?」
マオはその行動に思わず感心をしてしまう。
キリカやカイル、そしてテブリスたちもこれは防げないだろうと考えていた。
「ふっ!はっ!やぁぁぁぁぁ!!」
突き、払い、叩く。
それらの攻撃をマオは全て避けていく。
単純な攻撃自体はキリカやテブリスたちの方が上だ。
だが幻覚魔法を使っているために、かなり厄介な代物になっている。
「面白いな」
弟子にして欲しいと目の前の女は来たのだ。
ここから自分好みに鍛えたら、どれだけ強くなれるのか予想するだけでも楽しくなる。
キリカやテブリスたちより強いとマオは予想しているが実際に戦ったわけではない。
確実にキリカたちより強くしようと考えていた。
「今のままでも十分強いけど、もう少し基礎的な能力を上げた方が良いな」
マオはそう言って掴むのでもなく避けるのでもなく真正面から受け止める。
当然だが受け止めた腕には魔法を纏っており傷を負わないようにしている。
「どれだけ確実に攻撃を与えてきても傷がつかないんじゃ怖くはないな」
「っ!!」
マオの言葉にシュナは槍の刃先に魔法をまとわせて攻撃をする。
これなら多少でも威力が上がるはずだと思っていた。
「弱い。もっと威力を強くしないと傷を負わせることは出来ないぞ」
だがマオはシュナの攻撃を全て手のひらで受け止める。
炎を纏わせても燃えず、氷を纏わせても凍らず、風を纏わせ鋭さを増しても全く傷つかない。
「一番最初にやるべきことは、やっぱり基礎能力の強化だな………」
マオはもはやシュナが何を攻撃しても怖くなかった。
避けるのも簡単だが、防ぐことも何も問題は無い。
後はシュナがこれ以上に何もなかったら終わりだ。
「ふっ!」
シュナはマオの目の前に自分の幻覚を置き、そして後ろから刺して来るがそれも傷を負わせることができない。
マオは何となく暗殺者のような戦い方だなと思った。
覗きのこともあるし、そのために幻覚などの技術が磨かれたのだと思うとため息を吐きそうになる。
「面倒くさいな……」
己の身の隠し方もかなり優れていて見つけ出すのがちょっとだけ面倒だ。
敵わない相手から逃げるのに、かなり優れている能力だ。
もしもの時はかなり重用するだろう。
「まぁ、こんなもんだろう」
だがマオは簡単にシュナの後ろに回り込んで首根っこを掴む。
大体の実力は理解したし終わらせるつもりだった。
「シュナ。お前の実力は大体わかった。だから剥ぐ」
「え?」
そしてマオはシュナの服を剥ぎ取る。
シュナは何をされたのか最初は理解できず、そして肌に風が当たったことを感じて身体を抱えて悲鳴をあげようとした。
「きゃ「これからお前に呪いをかけるから」ひっ」
だがその前にシュナは地面に叩きつけられる。
そして放たれた言葉にゾクリとする。
マオという強者に抱かれることで庇護に入れる打算もあるし、命の危険が隣にあるからこそ自分より優れた強者相手には惹かれてしまう。
それにもともと弟子になるためなら身体を許しても良いと思っていたのだ。
何も問題は無いと考え直す。
「さてと……。お前は覗きがどうのこうの言っていたから性的な意味で見るのも記録するのも出来ないようにしてやる」
「………………」
実力を見るためだが戦うことになって集中していたせいでシュナは口に出してしまったことを思い出す。
それに対して怒っていたこともだ。
「しませんよ!私は他者の恋愛事情を関わることはなく眺めているのが好きなだけで性的なことや商売にしようと考えてはいません!」
「お前が見ているというだけで普通にデートの邪魔になるだろうが」
「………」
マオの言葉にシュナは否定するが、続けられた正論に何も言えなくなる。
「性的なことに関する覗きや記録ができなくなるだけだ。最低限、それさえ守っていれば良い」
それ以上の条件は複雑だし面倒だから最低限の呪いにマオはする。
それに覗かれていても普段から視線を察知するのに良い訓練だと考えていた。




