怒りと修羅場②
「ここは………」
ビースが目覚めたのはテブリスたちが使っている家。
すぐ近くにはテブリスたちがいた。
「久しぶりだな」
テブリスの言葉に頷くビース。
そして拳を地面に叩きつける。
「くそっ………!俺のほうが先に好きだったのに………」
もう片方の腕で目を抑え悔しさを口にする。
よく見ると涙を流しているように見え、慰めようにも言葉が出てこない。
そしてやはりキリカのことが好きだったのだと理解する。
「…………多分だがマオとキリカは普段住んでいる街に戻ると思うから、何か伝えたいことがあるのなら今のうちに伝えたほうが良いぞ。街に戻ったら、また今度と逃げてしまうだろうし」
テブリスの言葉に全員が頷く。
特にキリカたちと学友だった勇者たちは深く頷いている。
好きなくせに告白をしていないからこそ気持ちを溜め込んでしまい、ぶつけてしまったのだ。
もしちゃんと告白をしていたら、こんなことにはならなかったらはずだと考える。
今からでも気持ちに決着をつけるために告白してこいと焚きつけようとする。
「それは………」
「今は本屋にいるだろうし、一緒に行くか?」
またマオに暴力を振るわれたら告白どころじゃない。
敵わなくても少しでも時間を稼げれば良い。
それにマオへとリベンジがしたかった。
「………そうだな。一度、告白をしてハッキリと終わらせた方が良いかもしれないな」
テブリスの提案に頷くビース。
どうして、そこまでしてくれるのか理由はわからないがありがたく思っていた。
「ところでアズはいないのか?運んでくれたお礼を言いたいんだが?」
そしてビースがありがたく思っているとアズがいないことに気づく。
自分が気絶した後、運んだのはあの場にいたアズだと思っているからお礼を言いたいと考えているがいない。
どこにいるのだろうと確認する。
「………実は運んだのは俺たちだ。アズはお前が気絶した後、放ってキリカたちの後を追っていった」
「え?」
あの場にはマオとキリカとアズの三人しかいなかったはずだ。
どこにテブリスたちがいたのか疑問だ。
「………実は出歯亀でマオたちを観察しようとしていて」
目を逸しながら答えてくれるテブリス。
それを聞いて、それで助かったのだからビースは何も言うことは出来なかった。
「これと、これと………」
マオは本屋について売ってある本を眺めていると嬉しそうに本をカゴの中に入れていく。
住んでいる街ではいくら探しても売り切れになっていたりしていて買えなかったりする。
その中でも特に欲しかった本が並んであって目を輝かせていた。
「流石、王都!」
しかも値段まで街の本屋よりも安い。
今度からは街の本屋よりも王都で買ったほうが良いのかもしれないと考えてしまう。
だが実際は王都に来る手間を考えたら街で買ったほうが遥に楽だが。
それに王都だと色々と忙しくなってしまいそうだ。
「………かなりの読書家なんですね」
十冊、二十冊とカゴの中に入れていくマオにアズは呆然としてしまう。
ここまで一気にたくさんの本を買う者を見るのは初めてだった。
「そうね。マオの家にも沢山の本があるからいつ行っても飽きないわよ」
「………」
アズはキリカが羨ましいと思う。
どうしてもキリカからマオを奪って付き合うのなら、テブリスたちのパーティから抜けて自分もマオたちのいる街に住めば良いがそれを選ぶ選択肢は無い。
マオと付き合うための苦労より、テブリスたちとダンジョンを挑戦した方がやりがいがある。
所詮はその程度の気持ちしかなかった。
「それに………」
マオの暴力性が恐ろしかった。
あれが自分に向けられたらと思うと従うしか考えられない。
「どうしたのよ?」
「なんでもないですよ」
そして、もし奪えたとしてもキリカが怖かった。
マオの暴力に全く動揺せず、それどころか同調してビースを殴る。
昔からは考えられないが、あれが本性だとしたらマオと最もふさわしかった。
「…………結構買ったな」
そう考えているとマオが両手に袋を持って来る。
結構な金額を使ってしまったが、ずっと欲しかった本ばかりだったから後悔は無い。
そんなマオを見てなんとなく思い出す。
「そういえばマオから見て私達よりキリカの方が強いと思っているんですよね?」
「当然だろ?タイマンで戦えば負ける要素がない」
それを聞いて苛立ちを覚えたことを思い出す。
そしてその評価を覆したいとアズは考える。
「ねぇ、あなた達は今日帰るつもりですか?それなら私がお金を出すので数日、王都に残って欲しいのですが?」
「「?」」
どういうことだと二人は首を傾げる。
何か頼みたいことがあるのかと予想する。
「マオが私達より強いのはわかりました。だけどキリカにまで負けているのは信じたくありません」
「……」
その言葉にマオは微妙な表情をする。
そんなことを言われても事実でしかない。
「別に私は良いわよ?その代わり、ちゃんと滞在費はあなたが払ってね?」
そして、その言葉に喧嘩を買うキリカ。
それを見て、わかりきった結果を見るのもつまらないとマオは考えていた。
「キリカ!!」
そうしているとビースたちが本屋へとやってくる。
気絶してから意識を取り戻し、そして自分たちを探し当てたのが早すぎる。
思った以上に浅い気絶だったのかもしれないとマオは考える。
「何?」
「俺はお前が好きだ!だから「あっそ。私はあなたのことは好きでもないわ。それに恋人もいるし」………おう」
ビースは断られるのはわかってはいた。
わかってはいたが、あっさりと振られたことにショックを受けてしまう。
しかも告白の途中で断られたし、本気の告白を簡単に受け流された。
眼中にないと態度で示されたのがきつかった。
「あとテブリスたちもいるんだ?丁度良いわね」
そしてキリカはテブリスたちもいることに気づく、
先程アズと話していたこともあって都合が良い。
「丁度良い?何か俺たちに要件があるのか?」
「そうよ。私とあなた達で一対一で戦ってもらうわ。マオが言うには単独の能力ではあなた達より私のほうが強いらしいし。アズはそれに対して認められないから実際に戦うことになったけど。あなた達はどうする?」
「は?」
その言葉にテブリスたちも苛立ちを覚える。
単独の能力とはいえキリカに劣っていると言われるのは認められない。
自分たちのほうが優れていると認めさせたかった。
「おい………」
「何?」
「お前にとってはオレたちよりもキリカのほうが優れているように見えるんだな?」
「そうだけど?」
念の為にマオに確認するが頷かれてしまう。
そんな評価は塗り替えてやりたかった。
「………待ってくれ」
そして、その会話を聞いてビースも会話に入ってくる。
テブリスたちがキリカに挑むと聞こえた。
それなら自分も挑ませてほしいと考える。
相手は当然、マオだ。
「俺もマオに挑ませてくれ」
その言葉に何を言っているんだとマオ以外は思う。
先程、マオにボコボコにされたくせにもう一度戦うのかと。
そして同時に尊敬の念を覚えていた。
あれだけのことをされて心が折れるどころか、もう一度戦うのだ。
もし自分たちだったら戦うことを諦めるか、それか戦うことを決めても日にちを改めていたはずだ。
「は?」
「頼む」
キリカの挑まれた勝負だったのに気づいたら自分も巻き込まれていてマオは忌々しくビースを見る。
自分よりも弱いテブリスたち。
それよりも更に弱いとしか思えないビースと戦うことに価値を見いだせない。
「なんで?」
だからマオは拒否をする。
ビースと戦うよりは本を読んでいるか、キリカの戦いを応援していたほうがはるかにマシだと考えている。
「頼む」
それでもビースはマオに頼むのを止めない。
決して頭を上げない姿に本気なのだとマオは理解して諦める。
おそらくはマオに挑むことで新しい一歩を踏み出そうとしているのだろう。
マオも利用されている気がするが、何か一歩踏み出すために利用するのなら我慢は出来る。
「………わかった。今すぐにやる?それとも準備をしてから挑む?」
「今から挑ませてもらう」
気合い充分な視線。
マオはそれを見て価値が無いと思ったことを反省する。
面白くなりそうだった。
「さてと………」
それじゃあとマオは先日使ったコロシアムへと向かって歩いていく。
あそこなら暴れても問題ないと考えたせいでもある。
「どこへ行くんだ?」
だがそれはビースに今から挑むと言われて受け入れたのに、どこかへと移動しようとしているようにしか見えなかった。
慌てて確認をする。
「先日使ったコロシアムだけど……?」
どうかしたかと言うようなマオの態度にそれでようやく理解が出来た。
たしかに、そこでなら暴れても問題はない。
だけどそうならそうと先に動く前に言ってほしかった。
「はぁ……。そうならそうと先に言いなさいよ。急にどこかに行こうとしているようにしか見えないから動揺したじゃない」
「悪い」
マオは謝罪をするがキリカは疑わしい目で見る。
前も似たようなことがあった気がして信じられなかった。
「それにしてもテブリスたちと戦っていたの?」
「互いの実力をある程度認識するためにな……。途中からコロシアムにいた全員と戦う羽目になったけどな」
「それってテブリスのパーティと?それとも他にコロシアムにいた全員?」
「両方」
どうせマオのことだから、また無双をしたんだろうとキリカは想像する。
テブリスたちがパーティを組んで挑んでもマオが負けることが想像できない。
「だからこそキリカの方が強いと実感できる」
キリカはハッキリとそう言われて照れる。
相手は王都でも最強クラスの者だとキリカは知っている。
それよりも強いと言われて嬉しかった。
「まぁ、戦闘能力に限った話だし。何度も戦っていれば欠点や長所も把握されるから最終的には負けるだろうけどな」
「………そう」
一人でタイマンを続けていったら、たしかにそうなるかもしれない。
だが実際に戦うとしたら、何人に勝てるのか興味がある。
「それなら何人まで勝てると思う?」
「………さぁ」
そして質問をするが首をかしげられてしまった。
どうやらマオにもわからないらしい。
「ただ……。リュミとテブリスは後に回すとどちらかに負けるな」
「それって絶対に最終的に負けるじゃない」
「そう言っているだろう?」
一人ならまだともかく二人もいる。
どちらを優先しても負けが確定している。
「そもそも何人もいるんだ。体力的にも負けて当然だろ」
「………」
正論を言われてキリカはむくれてしまう。
マオならその条件で戦っても勝てるだろうと思う。
「マオなら、その程度の条件でも勝てるでしょ?」
「当然」
事実、マオはコロシアムでテブリスたちを含めた冒険者達を一度に相手して勝った。
あれだけの数の差があったのだから単体で戦っても大したことは無いだろうとマオは考えている。
「……………」
どうすれば、この男相手に並ぶことが出来るのか。
キリカは心底疑問だった。
「くそっ」
マオが自分たちを相手に全く相手として見ていられないことにテブリスたちは悔しく思う。
実際に戦って実力の差を理解させられても、やはりムカついてしまうのだ。
「もう一度戦わせてほしい………」
キリカと戦うことになっているが、それが終わったらもう一度自分たちと戦ってほしいとテブリスたちは思う。
当然だが、その間の王都に滞在する費用は自分たちが払うつもりだ。
「マオ………」
だからキリカと楽しそうに話しているマオに声をかける。
たとえ邪魔だとしても、それでも挑みたかった。
「あ?」
だがマオに睨まれてテブリスたちは膝を地面につけてしまう。
その姿に予想通りだといわんばかりにマオはため息を吐く。
「俺はお前らと戦うつもりは無い」
まるで自分たちにはマオと戦う資格がないと言われた気がして、ただただテブリスたちは悔しかった。




