怒りと修羅場①
「マオ、オススメの本屋に案内してあげるわ。王都だけあって街よりも多くの本が売られているわよ」
「私と一緒に喫茶店に行きませんか?美味しいケーキを一緒に食べましょう?」
キリカとアズがそれぞれマオの両腕を引っ張って一緒にデートをしないかと誘っている。
その姿にテブリスたちはアズも積極的になったなと思う。
ついさっきまでは恥ずかしがっていたから、かなりの変わりようだ。
それもキリカという明確な恋敵が出てきたからだろう。
「アズ、離してくれない?キリカがせっかくオススメの本屋に案内してくれるから行きたいんだが」
だがマオは恋人のキリカが誘ってくれるからとアズを拒否する。
あまりにも当たり前のようにキリカを選ぶ姿にショックを受けてしまう。
そして、その姿にテブリスたちは感心を覚えてしまう。
アズを選ばないことに少しだけ不満を持ったが、それ以上にハッキリと断ってキリカを優先させることが好感を抱かせる。
「ならアズも一緒に連れて行ったらどうだ?」
だがテブリスたちはアズにマオを奪えるように協力するつもり満々だ。
その方が自分たちパーティの利益になるのだ。
少しでも二人の邪魔をするようにし、そしてマオとアズを接近させようと考えていた。
「…………わかった」
「マオ?」
せっかくのデートなのにマオが他の女も受け入れたことにキリカはマオを睨む。
だが面倒くさそうな顔に少しだけ理解しようとする。
なにか他に理由があるのだと。
「それじゃあ行こう。キリカも案内してくれ」
「えぇ……」
あとで二人きりになったとき。
最悪は街に戻ったら話を聞こうと決めた。
「それにしてもマオは読書家なのですか?」
「そうね。結構、家には本が沢山あるわよ。私も暇なときはよくマオの家に行って本を読んでいますし」
「マオ、例えばどんな本があるんですか?」
「色々よ。娯楽用の本もあれば、色々と勉強になる本も置いてあるわ」
「「……………」」
アズはマオに色々と質問しようとするが、マオが答える前にキリカが答えてしまう。
そのことに苛立ちを覚え思い切りマオの腕を抱きしめる。
自分の胸の中に腕を挟み女の武器を使っていく。
その行動にキリカは更に不快になり、自分も同じ行動をする。
同じ行動をされたことにアズも不快に思い互いににらみ合う。
そのせいで歩みが止まってしまう。
その上、マオを挟んで睨んでいるせいで空気が重い。
「なぁ、いつまでも立ち止まっていると邪魔になるし」
「「あ?」」
立ち止まってしまったし歩くのを再開しようとマオは声をかけようとするが睨まれてしまい黙る。
こうなると話を聞いてくれないし、八つ当たりをされてしまうので黙るしか無い。
落ち着くまでずっと腕の自由が無いのだとため息を吐いてしまう。
腕には柔らかい感触はある。
だが下手に動かすとセクハラになってしまう。
自分の恋人だけなら、まだマシかも知れないがそうでない女性もいるから引き離すのも難しい。
「なんでマオは一緒にこの女も本屋に行くことを受け入れたのよ?」
「私のことが気になっているからじゃないでしょうか?」
「いや。断っても後からついてきそうだと思ったし。それにこいつのパーティも協力しそうだし」
マオが否定せずに受け入れたことにキリカは不満をこぼし、その理由にアズが挑発混じりに予想を口にする。
そしてにらみ合うがマオに否定される。
その理由にキリカは納得し、アズは目をそらす。
その行動が事実であると察するとキリカはマオがキリカを受け入れたことに対する不満は減った。
「そう……。それならしょうがないわね」
後からついてきて見られるのなら単純にデートは楽しめない。
それなら最初から隣にいたほうが良いというマオの考えも理解することが出来た。
だから同時にアズのことが気に入らなくなる。
結局デートを邪魔されたことは変わらないからだった。
「キリカ…………誰だあれは」
王都にいる勇者の一人は久しぶりに見たキリカに声をかけようとするが、腕を組んでいる相手を見て止まる。
男からすれば予想外だった。
教会で鍛えられていた頃は何度パーティを組んでも裏切られ、組むことが出来てもあまり親しくならない様子でいた。
それなのに今は楽しそうに腕を組んでいる。
男からすれば面白くない。
「ビース?」
そんな表情でキリカたちを見ていたからパーティの仲間に心配される。
だが返事が帰ってこないことにパーティの仲間たちも面白くなさそうに視線を向けている方向を見る。
そこには二人の女性に腕を組まれている男がいた。
「修羅場か?」
それとも二股か。
三人の関係を知らないビースの仲間たちは見ていて不快になる。
男なら余程の事情が無い限り愛する女性は一人だけに決めるべきだし、既に決めているのならハッキリと断るべきだと考えている。
「見ていて不快だな。文句を言いに行くか?」
「止めておくべきだろ。俺たちはあくまでも第三者だ。関係のない俺たちが言っても話を聞いてくれないだろうし」
「それでも俺は行く」
親しいわけでも無いから距離を取ろうとする仲間たちと違ってビースは注意しに行こうとマオたちに向かって進む。
静止の声を聞こえていないようで最低限失礼なことを言ってしまったら止めるために仲間たちも後をついていった。
「おい」
「ん?」
「久しぶりね」
「どうかしましたか?」
マオは初対面だが、キリカとテブリスは知り合いなのか親しそうに挨拶をする。
二人の勇者と親しそうにしている光景に目の前の男も勇者なのかと理解する。
「もしかして勇者?」
「そうよ。それで何のよう?」
マオの問に肯定し、ビースに何のようかと疑問をぶつけるキリカ。
邪魔がいるとはいえ折角のデートに入り込んでほしくなかった。
「お前は恋人が複数いる相手と付き合っているのか?」
「は?」
「………あー。俺の恋人はキリカだけだぞ」
キリカはビースの言葉に困惑し、マオは少し間を開けて言いたいことを理解し恋人はキリカしかいないと否定する。
今の状態だと信じてもらえる要素は無いが、それが事実だとハッキリと口にする。
「黙れよ」
だが邪魔だと拳をぶつけてくる眼の前の男。
それにマオはつい、いつものように反応してビースの頭を地面に叩きつける。
「………まぁいっか」
地面に思い切り叩きつけてしまったことに悪いことをしてしまった気分になるが一瞬で、その気持を拭い去る。
よくよく考えたら、よくやっていたことだ。
奇襲を仕掛けてきた相手に反撃していたことだから悪いとは思えない。
むしろ悪いのは急に攻撃をしてきた相手だと判断する。
「おい。なんで急に攻撃してきた」
だからマオはビースの髪を掴んで持ち上げ、尋問をしようとする。
顔を真正面から見るが白目を向いていて意識を失っている。
「起きろ」
「ぼっ!?」
だからマオはビースの顔を殴って意識を取り戻される。
意識を取り戻すまで待とうとする気にはならない。
「おい。なんで攻撃してきたんだ?」
意識があるのを確認して、もう一度質問をする。
だが、うめき声を上げるだけで全く答えようとしない。
だからマオはまずビースの指を掴んで一本だけ折った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
「それだけ大きな声を出せるなら答えることも出来るだろうに……。なんで答えないんだ?」
悲鳴を上がったことにマオは、それだけの声が出せるのに何で答えないのかと不満げだ。
その様子が周りに恐怖を覚えさせる。
「痛みが継続して襲っているから声を出すのも辛いんでしょ」
そんなマオにキリカが何で話さないのかと理由を推測する。
それを聞いたビースは救いの存在だと目を輝かせ、周囲の者たちも一安心する。
これで悲惨な暴力行為は止まると。
「まぁ、だからといって急に攻撃してきた理由を聞かないなんてことは有り得ないんだけどね」
続けられたキリカの言葉になんて言ったのか理解が出来ず困惑してしまう。
「ねぇ。何で急にマオを攻撃したのよ?あんたと会うのは今が初めてよね?」
それでもマオの暴力から助けられたおかげもあって素直に答える。
そして頷かれたことにキリカは綺麗な笑みを浮かべた。
ビースも綺麗な笑みを浮かべられたことが嬉しくなる。
「ふざけんな」
キリカもマオが髪を掴んで持ち上げていたビースの顔を思い切り殴る。
そのせいで髪をむしり取られハゲになってしまう。
キリカの行動に一部を除いた全員が冷や汗を流す。
「普通、初めて会った相手に殴りかかる?しかも私の恋人相手に。マオがいくら強いといっても腹が立つ」
街では急に襲いかかってもキリカもここまで文句を言わない。
だが今は違う。
殴りかかってきた相手がビースだからだ。
先にキリカ相手に質問をしてきたことと、その内容と表情もあってキリカはマオに対して不快感があった。
もしかしたら自分のことが好きなのかもしれないと予想をしてしまったし、そうだとしても絶対に受け入れたくないから普段より攻撃的になる。
「二人共、暴力的すぎませんか?」
これ以上は見ていられないと止めに入るアズ。
あまりにも暴力的な光景に思考が止まっていたが、これ以上の暴力を止めるためにビースと二人の間に割り込む。
いくら先に暴力を振るったのはビースで正当防衛になるかもしれないが、過剰防衛になる可能性の方が高い。
それに二人が喧嘩を売ってきたとはいえ人相手に暴力的な光景は見たくなかった。
「「攻撃をしてきたから当然だろ(でしょ)?」」
「それでもです」
二人の攻撃性の高さにアズは死んだ目になる。
あまりにも暴力性が高い。
そして同時に違和感を持った。
「あれ?」
特に違和感を持ったのはキリカだ。
昔、一緒に教会で鍛えられていたからこそ疑問に思う。
キリカはここまで暴力的だったかと。
怒ることはあっても暴力に走ることはなかった。
それなのに今は思い切り暴力に走っている。
これはマオと一緒にいることから受けた影響なのか。
それとも生理的に無理だから、つい暴力に走ってしまったのか。
アズは疑問に思う。
「本当に気色悪い。私が裏切られた時も笑っていたくせに、そんな目で私を見るな」
「ち………う」
気色悪そうな目で見てキリカは隠れるようにマオの腕を掴む。
それが見せつけるようでビースはキリカに手をのばす。
「どうせ私達に声をかけたのも私が男と一緒にいるからでしょ。もし私がマオと別れることになっても、あなたと付き合うことは絶対にないわ。あ………」
別れると言われたことにマオはつい抱きついてきたキリカを強く抱きしめる。
その行動に人前なのに抱きしめられたことが恥ずかしくなりキリカは顔を赤くなる。
そして、それを見せつけられた形になったビースは絶望の表情を浮かべる。
他の者達はマオの行動に顔を赤くしていた。
「まぁ、私がマオと別れることなんてあり得ないんだけど」
顔を赤くしながらも寄り添うキリカ。
その姿に見ている者たちは胸焼けをしそうになったり、微笑ましげに見ている者たちがいる。
突然のマオの暴力行為に引いていた者たちも、その行動を起こした理由を察して少しだけ納得する。
どうせ殴られた男が恋人同士のデートの邪魔をしたのだろう。
女の方も殴っていたし、途中からそして関係性を知らない者たちはそう判断する。
「それじゃあデートの途中だから」
それだけを言ってキリカはマオと腕を組んで去っていく。
アズもビースのことは心配したが、それよりもマオとキリカのことが気になる。
慌てて二人の後を追っていった。
「あぁー。本当にうざい」
「彼のこと嫌いだったんですね」
「当然でしょう。裏切られたりパーティが解散するたびに笑ってきたんですから」
「そ「好きな女の子をいじめる男の子か?」れは………」
微妙な表情を浮かべるアズが何か言おうとする前にマオが口を挟んでしまう。
本人もつい口に出してしまったという様子で、それが更に本音が出てしまっている。
「そうだとしても、当時の私は傷ついたし許す気は無いわ」
余程ひどいことを言われたのかと想像する二人。
特にアズは同じ学友なのに気づかなかったことに少しだけ後悔をする。
「………もしかして実力があるのに王都から出ていったのは周りの声のせい?」
「否定はしないわ」
キリカの肯定にアズは気まずくなる。
呪われているようなアズに自分も笑ったことはないが同情していて見下していないかと言われれば否定できない。
「その御蔭か、単独の能力で見ればキリカたちのほうが優れているから悪いことばかりではないと思うけど」
「は?」
「それは……」
マオの慰めにアズはプライドを刺激され、キリカは微妙な表情になる。
だが同時にその御蔭でマオと出会えたのなら、たしかに悪くなかった。




