洗脳と病み⑥
「そりゃそうだろ」
「「「「「え?」」」」」
三人目の洗脳を解除してもらい、自分の意志に反して動くからについて相談するとマオは当然だと返す。
シスターも呆れている。
驚いているのは双子の勇者と洗脳された被害者だけだ。
「洗脳が解かれたと察知されない様に暗示を掛けたと言っただろう?だから洗脳された普段通りの行動をとるようになっている。自意識を取り戻したから違和感をもったり、それ以外の行動はできなくなっているのを認識しているだけで」
「「「「「え」」」」」
自意識がある分、洗脳されていた時より酷くないかと思う。
そしてシスターに怒ってもらおうと考えたが、呆れをマオではなく自分達に向けていたことを思い出す。
「マオも言っていたでしょう?バレないように普段通りの行動をするように暗示を掛けますって。そうなるって想像していなかったんですか?」
そしてシスターの言葉に絶句する。
シスターもどうなるかわかっていて暗示を指示したのだ。
そのことに教え子の双子の勇者は裏切られたことに絶望し、洗脳されていた被害者たちもある意味洗脳されていた時よりも酷い状況にされていたことに絶望した。
「これで洗脳されていた奴らで助けられるのは終わりだな」
「は?」
そして続けられたマオの言葉にも困惑する。
まだ一人残っているのに終わりとはどういうことか理解できなかった。
「前も言っていたけど本当に最後の一人は洗脳させられていることにも自覚していて、その上で一緒にいるんだよな?」
信じられない気持ちでマオに確認するカイル。
だがキリカは何となく好きな相手の隣にいれるのなら、と考えると理解できる。
例え四肢が切断され満足に動くことが出来なくなってもマオの隣にいたいという気持ちと同じなんじゃないかと考える。
「正気でもあるから、もしかしたら一番実力が高いかもしれないな」
カイルの言葉に頷いたマオは更にテイクのパーティで一番強いのは彼女だと考えている。
本当に正気なら有り得るから否定することは出来なかった。
そして邪魔をしてくる可能性を考えて面倒だと思っていた。
「はぁ~~~~~」
「どうし………え?」
そして最後の一人はため息を吐き、それに気になって声を掛けたテイクにボディブローをする。
今この場所にいるのは自分とテイクだけ。
そのことに洗脳がバレて解かれているのだと直感した。
「なに……を………」
「洗脳がバレて解かれたと思うから逃げるわよ?」
「……え………」
目の前の女の言葉にテイクは顔を青くする。
洗脳がバレていることも、そして解かれたことも想定外だった。
まさか洗脳がバレるなんて思ってもいなかった。
何故なら、これまでも色んな街を尋ねたことがあるが今までバレたことが無かったからだ。
「それともう一つ言っておくことがあるわ。私は洗脳が解かれても絶対に貴方の前から逃げないわ。だから安心して」
そう言って最後の一人、ディクティブはテイクを安心させるように抱き着く。
だがテイクはボディブローをされたせいかディクティブに怯えてしまう。
「そんなに怯えなくて大丈夫。私の指示に従っていれば逃げれるから」
怯えているのはディクティブにだが、そのことに気付いた様子はない。
そして、どうして洗脳されていたのに裏切るつもりが無いのか理解が出来ず意味不明な者を見る視線を向ける。
「それじゃあ行くわよ」
ディクティブは腹を手で抑えたままのテイクを抱えて宿の外へと飛び出す。
そのまま街の外へと向かって直進した。
別の街で髪型を変えるだけでも案外バレないはずだ。
そうすれば逃げることが出来る。
だから急いで街の外に出なければいけない。
この街で見つかったら逃げることも出来なくなる。
二人で過ごすことが出来るようにディクティブは全力で走る。
傍から見れば男を担いで入っている姿が目立つことも考えていなかった。
「逃げたな」
そしてマオたちが洗脳されていた者たちと一緒にテイクたちが泊っていた部屋へと着く。
そこにはテイクともう一人がいなかった。
「え………。逃げた………?」
そしてマオの言葉に絶望する洗脳された者たち。
変装されて、また洗脳させられる可能性があるし、どっかの誰かも自分達と同じようにされるかもしれない。
そう考えると逃げられたことに怒りを抱いてしまう。
「すいません!この部屋にいた二人の男女を知りませんか!?」
「あぁ。部屋の窓から男を抱えて飛び出したよ。その前に鈍い音がしたし、男は顔が青くなっていたから女の子が男を殴ったんだと思うんだが。痴話喧嘩か?」
ディクティブがテイクを鈍い音が響くほど強く殴ったと聞いて困惑する。
やはりディクティブはテイクが憎いんじゃないかと考える。
だが、それだとマオの言っていることは間違っていたことになる。
そのことにキリカ達は混乱し、洗脳されていた者たちはそれなら安心だと安堵する。
だが自分達も一発は殴りたい。
だからディクティブを追いたい。
「もう一つ聞かせて下さい!どの方向に走りましたか?」
「あっちの方だけど……」
指を指されたのは街の外へ出る門がある方向。
ディクティブたちは街の外へと出たんだと察して、自分達も街の外に出ようと考えていた。
「さてと………」
ディクティブは街の外まで出て、そのまま街から離れるとテイクを降ろす。
そして、そのまま剣を片手にテイクを見下ろす。
その行動にテイクはまさか切り殺すつもりかと恐怖の視線を向ける。
「ここまで来れば切り落としても誰にも言われないわよね……」
ディクティブはテイクの恐怖の視線に興奮しながら、テイクの想像通りに両腕両足を切り落とした。
「これで貴方はどうやっても逃げられない。大丈夫、私が死ぬまでずっと可愛がって上げるから………」
街の中だと血の匂いや痕でバレるかもしれない。
だが街の外なら血の痕が残っていても誰も深くまで気にしないだろうと思っている。
「ふふっ」
だから色々と隠れて行動するのに街の外は都合が良い。
そのお陰で両腕両足を切り落とすことも出来た。
これが街の中だったら、どんな理由だろうと止められていた。
「何を言っているんだ…………」
そしてテイクは困惑で声を上げる。
痛みもある。
両腕両足を切られたのだ。
これからどうやって生きて行けば良いのか、本当は殺すつもりなんじゃないかと考えてしまう。
だが、それよりも一生可愛がると言ってきて意味が分からないことを言ってきたことに対する困惑の方が強い。
「だって貴方は今、両腕両足を失くしたんですよ?私の協力が無いと生きていけないでしょう?大丈夫、私は絶対に貴方を見捨てないから安心して」
安心させようと微笑んでいるが、テイクは怯える。
洗脳をされて嫌われて憎まれるのは理解できる。
だが洗脳が解かれても関係なしに大切にするというディクティブが理解できないせいだ。
テイクは自分がここまで思われるのは何か理由があるはずだと思い出そうとするが全くわからない。
ディクティブの気持ちを否定したくてしょうがない。
その向けてくる視線が、どうしようもなく恐ろしく感じる。
「私にこんな感情を教えてくれたんです。これを逃せば、もう二度と手に入らないかもしれない!!だから絶対に逃さない!!!」
「うあっ………」
そんなことは無い。
ただ単に出会いが無かっただけだとテイクは考える。
だが目の前のディクティブの迫力に口を出すことも出来なかった。
「だから貴方は私に全てを任せれば良いの。だから安心して私に身を任せて?」
テイクはディクティブの言葉に洗脳を解くことを決める。
殺されるかもしれないが、ずっとディクティブの隣にいるよりはマシ。
そう思って洗脳を解除する。
目を合わせて数秒間そのままでいれば解くことが出来た。
「これで………」
「逃がさないし、ずっと大切にすると言ったでしょ?」
だがそれでもディクティブはテイクを離れない。
それどころか強く抱きしめてくる。
「あぁ。本当に弱くて可愛い。ずっと愛してあげるからね?私を洗脳してまで隣にいて欲しかったんでしょ?私は嬉しかったわ」
ディクティブの言葉にテイクは絶望する。
自分にとって何よりも危険な存在を気付かずに洗脳しようとしていたのだ。
しかも実際は失敗していて洗脳された振りをされていた。
どのような目に遭ってしまうのか想像できずテイクは未来に恐怖した。
「うっわ」
マオはそれを見てドン引く。
洗脳していた者が洗脳されていた者に恐怖している。
しかも洗脳されていた者が洗脳していた者を監禁でもしそうな雰囲気になっていて放置していても大丈夫じゃないかと思ってしまった。
「何をしているんだ?」
「あっ………」
「ちっ」
思わず声を掛けたマオに二人は勢いよく視線を向ける。
いつからいたのか全く気付かなかった。
「なぁ。二度と洗脳をしないのなら俺はお前たちを見逃しても良いと思っているけど………。どうする?」
「頼む!もう二度と洗脳なんてしないから、こいつから助けてくれ!」
「この人と一緒なら別に良いですよ?」
正反対のことを言う二人にマオはディクティブの方に協力しようと決める。
洗脳をしたのだ。
どれだけ恐ろしくても、その分の罰は受けるべきだとマオは考えていた。
「取り敢えず、どうやって洗脳をしていたんだ?それが物理的にでも不可能になれば安心なんだが?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その言葉を聞いてディクティブはテイクの両目を抉る。
物理的に洗脳能力を使えなくすれば追ってくることは無いと直感したせいだ。
「この人は目を合わせることで洗脳をしてくるので、これで洗脳能力は無くなったはずよ。それに目が見えなきゃ相手が何処にいるのか分からなくて洗脳することも無理になると思うわ」
ディクティブはそう言うが、マオは無理だと思う。
目が見えなくても声のする位置や匂い、気配などで誰が何処にいるのか理解することが出来る。
それだけだと洗脳を二度としないという言葉を信じられない。
「それだけじゃ信頼できない。せめて、これだけでも受けてもらう」
だからマオは二人に対して呪いを掛ける。
テイクに関してはもう一度だけでも洗脳をしたらディクティブと一緒に死ぬ呪い。
そしてディクティブにはテイクを誰かに会わせたらテイクと共に死ぬ呪いだ。
本当はここで殺した方が楽だが、敢えて生かすことにする。
「おまえ…………」
「ありがとうございます!!」
呪いの内容を聞いてテイクは絶望し、ディクティブは感謝する。
どちらが破っても互いに死んでしまうからだ。
そこまで警戒するのならいっそ殺せと思うし、死ぬときは一緒だと嬉しくなる。
対照的な二人にマオは少しだけ面白いと思っていた。
「マオ!あいつらは!?」
そして後からキリカ達が遅れてやってくる。
既にディクティブは姿が見えない。
中々に逃げ足が速いとマオは感心していた。
「両腕両足を切り落としたあとに目を抉って、どっかに連れて行ったぞ」
マオの言葉と実際に残っている両腕両足、そしてこの場に流れている血の量で本当だと信憑性はある。
だとしたらマオはディクティブに関して間違っていたことになる。
「それで引き留めもせずに見送ったのか?」
マオはその言葉に同意する。
そのことに被害者たちは不満を持った。
自分たちも被害を受けたのに、それをやり返す機会を失った。
せめて引き留めてくれれば良かったのにと思う。
本当は生きているんじゃないかと疑ってしまう。
「どっちの方向に行ったか分かるか?」
「向こうだ」
だが今は怒りをぶつるよりもテイクたちを見つける方が重要だ。
どの方向に行ったか確認し、指を指されたのは別の街がある方向。
そこにいるかもしれないと被害者たちは急いで向かう。
残ったのはマオと双子の勇者たちだけだ。
「あれだけ危険視していたのに見逃したの?」
「いや。嘘を言って安心させただけ。眼を実際に抉って洗脳能力を失ったみたいだけど、だからといって見逃すのは危険だし」
「眼を……?あぁ、そういうこと」
見逃すつもりは無いのだと聞いてキリカ達は安堵する。
そして急に眼のことを話されて困惑したが洗脳と聞いて納得した。
「それにしても本当に両手両足を切り落としたの?」
好きな相手だと聞いていたからキリカは信じられない気持ちになる。
それは他の残っている二人も同じで頷いている。
「好きだからじゃないか?」
好きだから相手の眼を身体を奪う。
キリカは何となく理解が出来ていた。
そして―――。
「テイク?それにディクティブ?」
被害者たちが街に着く直前に二人は発見される。
二人とも倒れており、被害者の一人が身体を確認する。
「死んでいる………」
そして息をしていないのを確認して、そのことを声に出す。
それが聞こえた被害者たちはマオが殺したのだと直感し、復讐する相手がいなくなったことに力が抜けて座り込んでしまった。




