洗脳と病み⑤
「ありがとうございます」
テイクはマオに対して助けてもらった感謝を口にする。
あのままでは切り抜けるのも厳しかった。
「別に良い。それよりもボロボロになっているし一度街に戻った方が良いんじゃないか?」
「そうですね………。依頼のこともありますが諦めます。すいませんが、ダンジョンの外に出るまで一緒にいてもらって良いですか」
マオはその言葉にテイクたちを眺める。
その姿はまさしくボロボロでダンジョンから脱出するのも厳しそうだ。
「………わかった」
マオも死んで欲しいわけではないから、その頼みを引き受ける。
特にテイク以外の者たちは被害者なのだ。
自分の意志が戻っていないのに死ぬのはかわいそうだと思ってしまった。
そして、それを喜ぶテイク。
どうすればマオを自分の物にできるが考えながら後を付いて行く。
今はマオの他に勇者もいるから無理だ。
だが今回の機会をモノにして絶対にマオとの友好を深めようと考えていた。
「ほんっとうにありがとうございます。お礼も「それじゃあ。次からは自分の実力に会ったダンジョンに挑めよ?」……待っ」
ダンジョンから脱出させてくれたお礼にテイクは食事を奢ろうとするが、その前にマオは次からは気を付けろと言ってテイクの前から去る。
その行動が早すぎて止める間も無かった。
「そう言うことだから………」
「じゃあな……」
それは他に一緒に来ていた勇者たちも同じで急いでマオの後を追う。
テイクたちは急すぎて後を付いて行くことも出来なかった。
「はぁ………」
そして三人が見えなくなってため息を吐く。
ようやく機会が得れたと思ったら直ぐにいなくなってしまう。
もしかしたら警戒されているんじゃないかと考えてしまい否定する。
怪しい行動は何もしていなかったはず。
洗脳のことに関してもバレるはずが無いと思っていた。
「もしかして人嫌いだったりするのか?それなら正直納得なんだが………」
「有り得そう………」
マオの行動に有り得ると納得するテイクたち。
そうでないと、あそこまで急いで目の前から消える理由が思いつかなった。
それにもし洗脳がバレていたとしても、あんな風に警戒しているという様子で目の前から消えるはずが無い。
考え過ぎだとテイクは判断する。
「取り敢えず飯を食べようぜ……。安心したら腹が減った」
仲間のその言葉にテイクは頷く。
他の皆も異論はないようだ。
もう今日は休んで何もしたくなかった。
そして夜。
マオたちに洗脳を解かれた者は、同じように洗脳された仲間のうち一人を強引に教会へと運ぶ。
最悪は全員が寝たのを確認して仲間の女性を部屋から攫って連れて行こうとしたが、その必要は無く夜更かしをしている仲間がいた。
だからこちらに気付いて声を上げる前に口を布で塞ぐ。
夜だからこそ自分の行動が誰にも見つからず成功することが出来た。
これが昼だったりしたら成功するどころか捕まっていたかもしれない。
今の自分は女性の口を布で塞ぎ、逃げられない様に縛って運んでいる。
見つかったら即通報ものだった。
ちなみに女性を選んだのは男性より軽いし、女性を助ける際に同性がいた方が話がスムーズに勧めそうだったからだ。
最初の女性には悪いが緊急事態だと思って我慢してほしい。
「すいません!連れてきました!」
そして教会へとたどり着く。
話を聞いていたのか教会で働いている者たちは驚くことなく奥へと二人を案内する。
そのことに感謝しながら男は更に奥へと進んでいった。
そして縛られた女性は困惑する。
口を塞がれ運ばれた先が誰も来ないような薄暗いところではなく教会であることにだ。
もしかして気付かなかっただけで呪われてしまったんじゃないかと想像する。
だが、そうであるのなら何故口を塞ぐのか分からない。
何か理由があるのか疑ってしまうし、本当はここは教会に見せかけた危ない場所じゃないかと疑ってしまう。
「来ましたね………」
そして奥には依頼を頼んできたシスターとダンジョンで助けてくれた三人がいた。
「それじゃあ解きますので、そこに座らせてください」
シスターは入ってきた男を見て待ってましたとばかりに指示を出す。
そして勇者たちも洗脳を解く準備をするために移動する。
その様子に男はこんな夜遅くまで待ってくれたことに嬉しくなった。
おかげで自分だけでなく他の仲間も直ぐに洗脳を解ける。
自分だけが正常な空間にいるというのは短い時間であってもキツイ。
誰も彼もがテイクの意志を当たり前のように優先して従っている。
「……………………?」
そして連れて来られた女は更に困惑する。
解きますと聞こえたから、何か呪われていたのは想像できる。
だが、やっぱり口を塞ぎ縛るのはおかしい。
普通に口で言えと思ってしまう。
焦っていたとしても他に方法があるはずだ。
「それではキリカとカイル。洗脳を解いてください」
呪いだと思ったら洗脳だと言われて女性は思考が止まる。
有り得ないと思っていた。
何故なら今日はほとんどの時間をパーティの皆と過ごしていた。
この街で知り合った誰かに従った記憶は一切ない。
「え?」
だから正気に戻って混乱する。
頭がおかしくなりそうだった。
どうして自分がテイクに従っているのか訳が分からない。
今になって思い出せばテイクの意志を最優先で従っていた。
それが何よりも悍ましい。
まだ身体を求められたことは無いが、いつか求められていたら断ることは出来なかったかもしれないと考えてしまう。
それだけは絶対に嫌だった。
「正気に戻りましたか?」
「ひっ」
カイルの言葉に助けてくれた相手だとしても反射的に怯えてしまう。
そして怯えられた本人はしょうがないかと納得していた。
「あっ………。ごめんなさい」
「いえ……、気にしないで下さい」
だが女性は助けてくれた相手に失礼な行動をとってしまったと顔を青くする。
その様子にカイルたちは洗脳をしたテイクに怒りを覚える。
洗脳されていたことに気付いたトラウマか、他人に怯えているからだ。
「悪いけど、これからもお前はテイクたちの傍にいてもらうからな?逃げてしまったら他に助けられる者はいなくなるし。それに逃げた時点で洗脳が解かれたとバレて、また洗脳しに来るかもしれないからな。洗脳された振りを続けた方が良い」
マオの言葉にキリカ達は怒りの視線を向ける。
テイクに向けていた怒りもマオにぶつけてしまっている。
そして、その言葉を向けられた女性はまだ隣にいないといけないのかと絶望を覚えた。
「そもそもお前を助けたのは、そいつの判断だからな?それに自分と同じ被害者を助けるか、それとも逃げるかはお前が決めろよ?」
「それは………」
自分と同じ被害者がいるのに逃げるのはズルくないかと考えてしまう。
それに逃げたら、今度こそ逃げられない様に洗脳されてしまうかもしれない。
それを考えたら逃げることは考えられなかった。
「マオ……!」
「俺はありえることを予想して口にしただけだろ?それに言わない方が俺にとっては最悪だ。言わなかったせいで最悪な展開を迎えさせたらどうするんだ」
「だからって今言う!?もう少し時間を空けて落ち着かせてからにしないと正常な判断も出来ないじゃない!私から見たら脅しているようにしか見えないわよ!良心があるからこそ逃げられないじゃない!
」
「俺もそう思う。少し時間を空けてから聞いた方が良い」
「…………わかった」
キリカとカイルの言葉にマオも頷く。
だが、結局最後は自分の指示に従ってもらおうと考えている。
どちらを選んでも結局は洗脳されるか逃げるかだ。
なら逃げ続けて怯えて暮らすよりも、今解消した方がこれからの人生を安心して過ごせるだろうと考える。
それに他にテイクのパーティには女性がいるのだ。
彼女たちの洗脳をスムーズに解くのにも彼女たちと同性の力がいる。
だから説得に成功して協力してもらいたかった。
「…………協力させてください」
そして時間を空けて落ち着いたら女性はマオに他の洗脳された仲間も助けて欲しいと頭を下げる。
マオの言う通り、洗脳が解かれたとバレたら再び洗脳される可能性がある。
それに自分だけ助かるのは後悔しそうだった。
「わかった。それと二人とも軽く暗示を掛けるか?今のままだとテイクに対する怒り、怯えでバレてしまう可能性はあるし。こちらにはシスターや勇者もいるから考えてはおけ」
シスターや勇者たちもいるから信頼できるはずだというマオに心が揺らいでしまいそうになる。
マオだけなら不安になるが他の三人もいるということが安心できてしまう。
今も三人ともにマオの意見を否定しているのが、その理由だ。
「洗脳ってマオ!本気で言っているの!?」
「洗脳じゃなくて暗示なんだけど………」
「相手の意志を縛るという意味では同じだろうが!?」
「普段とは違う動きをして怪しまれるよりは安全かもしれないだろ?」
「たしかにそうかもしれなませんが……。相手の意志はちゃんと確認するように」
シスターは少し違う感じがするが勇者の二人は自分達を心配してくれている。
だから暗示を掛けられても信頼できる気がしていた。
「私は大丈夫です。ですからそこまで心配しないで下さい」
「俺もです。暗示をかけてください」
それにマオもこちらの心配をしているからこそ暗示を提案しているのだと考えることも出来た。
だからこそ色々な可能性について教えてくれている。
「わかった。取り敢えず俺とここにいるシスターと勇者の二人のことは絶対に誰にも言えない様にするから。あとは基本的にテイクを優先。それより上に俺たちだな。後、暗示をかけるのは俺じゃなくてシスターか二人がやって」
「それでお願いします」
マオの提案に洗脳されていた二人は頷く。
既に洗脳されてしまった過去もあるために、やけくそな部分もある。
それに暗示をかけるのはシスターや勇者たちだ。
正直マオは不安だが、神に使える役職のシスターと教会で厳しく鍛えられるとよく聞く勇者。
彼らなら暗示をされても信頼することが出来た。
「二人とも一緒に何処に行ってたんだ?」
そしてテイクたちの元へと帰る。
今までなら本当のことを包み隠さず口にしていただろう。
だが今は違う。
「ちょっと寝覚めが悪くてな………。それはこいつも同じみたいで二人で一緒に街を歩いていた」
「こんな夜中に?本当か?」
テイクの疑問に二人は頷く。
その様子に嘘は言っていないと理解したからかテイクも納得する。
二人が自分に何か隠し事をするわけが無いと考えているから、あっさりしていた。
「そうなんだ。じゃあ二人とも身体が冷えているだろうし、まずは温かくしなよ?何か飲み物を持ってくるから少し待ってて」
「えっ……。別にそこまでしなくても………」
「良いって。俺も好きでしていることだし気にするなって」
テイクの行動に二人は内心戸惑ってしまう。
相手は自分の意志を奪った相手だ。
それなのに自分たちを気遣ってくれることに許してしまいそうになる。
「ありがとう」
「助かるわ」
そしてテイクが本当に自分たちを洗脳したのか自分の記憶を疑ってしまいそうなる。
だが確かにテイクが洗脳してきたことは覚えている。
だからテイクは敵だと心を強く持つ。
気付かない間にまた洗脳されてしまったんじゃないかと疑う。
だが宿に戻ってからテイクと話している時間はそんなに経っていない。
こんな短い時間の間に洗脳されたとは考えたくない。
「はい。どうぞ」
そして差し出されたホットミルクにこれに薬が入っているんじゃないかと疑う。
それを考えると二人はホットミルクに手を伸ばすのを戸惑ってしまう。
だが、そう考えているのに意志とは反して当たり前のようにホットミルクに二人は手を伸ばす。
自分の意志とは違う行動に二人は恐怖を覚える。
そして二人はそれを飲み、自分の部屋でベッドに潜る。
本当に自分たちは洗脳から解けているのか、また洗脳されたんじゃないのか、そして今までとは違い自分の意志がハッキリとあるのに自分の意志で動けないことに怯えていた。




