デートと追跡①
「マオ、明日買い物に行くから荷物持ちをお願い」
「良いよ」
顔を赤くするが見られない様に顔を逸らしてキリカはマオを買い物に誘う。
そしてマオはそれに即答して答え、キリカは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「カイル……」
「はい……」
「あの二人は付き合いっているのかしら?」
「………多分、両片想い」
マオとキリカが会話をしているのは酒場。
そこには当然、他の者もいて二人の会話を聞いている。
その中には恩師であるシスターと弟であるカイルもいた。
「そうなのですか………。何でパーティを組んでいないの?」
好き合っているのならパーティでも組んで接近すれば良いとシスターは疑問に思う。
それは他の者たちも同じで首を縦に振って頷いている。
「さぁ……。正直に言って俺も知りたいです。パーティを組んだら絶対に別の者に好きになるからって、そんなことあるはずがないのに」
シスターは向こうにも色々と理由があるのかなと考える。
どうせなら色々と二人の相談を聞いてパーティを組ませようと考えるシスター。
教え子の恋は出来るなら協力したいと思っていた。
「ところでカイルは好きな子がいないのかしら?」
教え子の一人であるキリカが恋をしているから弟であるカイルはどうなのかと軽い気持ちで質問する。
その結果、カイルは落ち込んだ様子を見せ質問したことを失敗したと悟ってしまう。
「……ごめ「つい最近、別の男が出来たからって別れました……。相手は同じパーティを組んでいた男で他にも恋人がいて。それを知っているのに俺より魅力的だと離れました。パーティも皆、俺よりもそいつの方が支持されていてパーティを追い出され」ごめんなさい!!」
中々に地獄の話を聞かされてシスターは聞いたことを後悔する。
教会に偶に呪われていないか確認しに来ることは聞いていたが、本当に呪われていないのか疑問だ。
「うわぁ……」
「本当に呪われていないのか?聞いていて辛い……」
そして酒場だからこそ会話が多くの者に聞こえていた。
カイルやキリカが仲間を奪われるのは知っていた。
だけど内容を詳しく聞くのは辛い。
それを何度も繰り返していると思い出すと雰囲気も暗くなる。
キリカはまだマシだろう。
パーティの仲間を奪われたと言っても本当に好きな相手は別にいて奪われていない。
だけどカイルは違う。
信頼している仲間だけでなく恋人となった相手も奪われるのだ。
それを想像するだけで辛い。
「………何でそんなに運が無いのかしら?しかも双子揃って……。前世ではどれだけ悪いことをしたの?」
「………俺が知りたいです」
たまらずカイルやキリカに同情の気持ちが湧く。
この二人には普段から良くして上げるべきかもしれない。
「それじゃあ明日の朝に貴方の家に行くから朝食の準備もお願いして良い?」
「自分の家で食べないのか?」
「別に良いじゃない。朝食も昼食も一緒に食べたって……」
昼もキリカの買い物に付き合わせられることにマオからすれば願ってもいないことだから不満は無い。
むしろ嬉しく思っていた。
「不満なら私が料理を貴方の家に作ってあげる?」
「是非」
キリカの手料理を朝から食べられると聞いてマオは即答する。
好きな相手の手料理を食べられるのだから当然の行動だ。
キリカはマオの自分の手料理を食べられるということに期待するマオを見て嬉しくなって笑みを作る。
そしてカイルはそれを見て微妙な笑みを浮かべる。
友人と姉が恋人となるのに文句は無いが、それでも複雑な気持ちを抱いてしまう。
特にマオには姉のどこが良いのか質問したくなってしまう。
「はぁ……。姉さんは多くの人に裏切られても本当に好きな相手は一緒に成れそうで羨ましい……」
何度も恋人に裏切られ奪われたカイルの言葉だとたしかに、と何度も頷いてしまいたくなる。
せめてカイルの姉だけでも好きになった相手と結ばれて欲しいと協力したくなる。
もちろんカイルの恋愛にも手を貸したくなるが裏切られてしまうと考えると躊躇してしまう。
まだキリカの方が安心して協力できる。
同時にキリカやカイルがどんなに大変な目にあっていたとしても関係ないとマオを狙う者もいた。
彼女たちからすればマオは一番強い男性だ。
強いということはそれだけ頼りがいがあると思っている。
他にも強い者はいるが一番強いと聞いたらマオ以外には思いつかない。
それだけマオは周囲に自分の実力を見せて来ていた。
だがキリカはカイルの姉だ。
現に何度も仲間を奪われている。
もしかしたら恋人になっても奪うような隙はあるのかもしれない。
デートをしていても気持ちが向いていてもチャンスはあると余裕を持っていた。
「そうね。期待をしているなら泊まりましょうか?」
ニヤニヤとした笑みを向けるキリカ。
それに対してマオは微妙な表情を向ける。
予想とは違った反応にキリカも周りも首を傾げていた。
「思春期?俺は絶対に手を出す気は無いぞ?お前が勇者を辞めない限り、どんな気持ちを抱いていても最終的にお前以外の誰かを好きになりそうだし」
「は?」
マオの言葉に首を傾げるキリカ。
他も同じだ。
「お前が勇者として行動している間に何度お前たちの奪われたという愚痴を聞いたと思うんだ?俺もお前を裏切ったりするんじゃないかと不安になると思ってもおかしくないだろ?」
「「…………」」
呪われていないと言っているのに信じてくれないマオ。
だけど、こう何度も繰り返していたら不安になるのも分かる。
そもそもマオも話を聞いただけでパーティを組むことをトラウマになっているんじゃないかと考えてしまう。
話を聞いただけでトラウマを持たせてしまう自分の過去にキリカとカイルの二人の瞳は暗くなっていた。
「そうね……」
「そういうこと。それでお前は家に来るのか?」
「………行くわ」
キリカはマオの再度の疑問に頷く。
もしかしなくても勇者をやっているうちは恋人が出来ないんじゃないかと考えてしまった。
そして自分はまだ十代なのだから、余裕があるから大丈夫のはずだと自分に言い聞かせていた。
「カイル」
「何!?」
カイルはマオはキリカと話している途中に自分に声を掛けてきたことに驚いてしまっていた。
隣にはシスターもいて話しかけてこないと思っていた。
「そういうわけだから今日はキリカは帰らないけど安心しろ」
「………わかった」
マオに姉が今日は帰らないと聞かれてカイルは微妙な気持ちになる。
聞いていたことを察していたと思うから、わざわざ言わなくても良かったじゃないかと思う。
「それじゃあ俺は帰るから。キリカはどうする?」
「私も一緒に行くわ!!」
そう言ってキリカはマオの目の前まで来て手を掴んでいく。
どうやらマオの家まで手を繋いでいくらしい。
実の姉が女の顔をして男の手を引く姿を見るのはかなりキツイ。
さっさと酒場から出て行って欲しかった。
「…………ふぅ。実の姉の女の顔なんて見るのも辛いんだけど」
カイルの言葉にもしかしたらパーティのことだけではなくマオとキリカのことでもカイルは苦労しそうだと酒場にいた者たちは想像する。
恩師であるシスターもカイルに愚痴を吐き出したかったら何時でも来てくれと伝える。
「そうですね……。耐えきれなくなったら吐き出させてもらいます。…………ところで今はどこに住んでいるんですか?」
「今はこの土地のアパートで家を借りてるわ。今度この地に教会も建てられるから、それが終わったら教会に住むことになるでしょうけど」
「そうなんですか!?」
「ええ」
カイルとシスターの会話を聞いていた者たちも驚く。
教会は勇者を教育する側面も持っているため通常教会が置いてあるのは国でも特に栄えている街か特に特色のある街ぐらいだ。
だから教会が置かれるということは国にも認められた街であり、観光客も増える。
昔からこの土地に住んでいる住民は街が活発になると喜んでいた。
「それにしてもあなたもキリカも成長したわね。前に最後に別れたのはなり立てとはいえ勇者としての最低限の実力しかなかったのに、今では勇者の中でも上位に入れるんじゃないかしら?」
「……ありがとうございます。それでも先生には勝てる気はしませんが」
「当然でしょう。まだまだ若い者に負ける気は無いわよ」
カイルの言葉に当然と返すシスター。
一線を引いても元勇者として現役にも簡単に負けるつもりはない。
まだまだ衰えているつもりはなかった。
「なのに……」
「あぁ~~」
それなのにと落ち込む恩師にカイルは予想がつく。
マオにボコボコにされたせいだろう。
自信が折れてショックを受けたのが容易に想像がついた。
「マオに負けたことならあまり気にしない方が良いですって!あいつ喧嘩を売ってきた勇者は一人残らずボコって武器を奪っては売るような奴ですし。多分、勝てる奴は本当に少ないと思います。もしかしたら最強とされる勇者でも勝てるとは限りませんし……」
「そうかもしれませんけど……」
それは実際に戦って見てシスターも分かっている。
全く相手にされていなかった。
それだけ実力差があるのだとはいえ底が全く見えない。
「まぁ、そんなことよりキリカがマオと付き合えるか想像しません?もしかしたら他の女の子と付き合う可能性もあるかもしれませんし……」
「貴方は姉と彼が付き合うのは反対なのですか?」
「そんなことは無いですけど、どうもマオは人気みたいですから……。もしかしたら心変わりする可能性もあるんですよね……」
カイルの言葉にそういうことかとシスターも納得する。
たしかにあれだけ強ければ人気なのも理解できてしまう。
「………面白そうだし二人のデートの後をついて行くか」
カイルの突然の提案に酒場にいた者たちは正気かと疑ってしまった。
相手はマオだ。
普通に尾行していることがバレる気しかしない。
「普通にバレるだろ?」
「でも興味が無いか?あのマオがどんなデートをするのとか……」
誰も否定できなかった。
尾行しているのがバレてでもマオがどんなデートをするのか興味がわいて頷いてしまう。
特に女性たちが興味を持ち、必要なら自分達がリードする必要があると考え偵察したかった。
「そうね……。私は参加するわ。もしかしたら邪魔をする必要があるかもしれないし……」
二人の邪魔をする可能性を聞いてカイルと酒場にいた何人かは睨み、そして更に何人かは面白そうだと笑う。
誰も勝てないと思ってしまうマオが修羅場で困っているのを想像すると、たまらなく愉快に感じる。
「私も……」
「そうね……」
「なら私も尾行をしようかしら」
一人が尾行に参加することを宣言すると他の者も手を上げていく。
人手が増えてカイルは満足そうだ。
「…………」
そして、その様子を見て睨んでいた者たちは冷めた目で見ていた。
他人の恋路に介入して引っ掻き回そうとしか見えない。
そんなことをしてしっぺ返しに会うと思わないのか疑問だった。
「これだけの人数がいるし、それぞれ所定の位置で報告し合うのが良いか……?」
あまりにも一か所に人が集まって尾行しているのをバレるのは嫌だった。
だから、それぞれ所定の位置にいてデートの報告することで我慢する。
「それじゃあ皆で何処に配置するか話し合おう!」
「「「「おぉ!!」」」」
「……………」
シスターは目の前の光景に何も言えなかった。
聖職者として恋人同士のデートを邪魔するのは止めるべきかもしれないが目の前にある強大なエネルギーに何も言えなくなる。
デートを邪魔しようとする者、興味本位で覗こうとする者、邪魔しようとしている者を妨害しようとしている者、様々な者がいる。
「はぁ……」
こうなっては止めようとしても別の場所で話し合ったり、個人的に行動するだろうことは予想できる。
それなら、まとめさせて組織的に行動させた方が行動が分かりやすくなり妨害しやすい。
そして陰ながら自分も若い二人のデートの邪魔されないように話し合いに参加して情報を盗んだ方が良いと考える。
「ここは道が狭いから一人でも大丈夫だろ。それよりも、この入り組んでいる道に何人か置きたい」
「そうね………。後は店の中にも何人か置きたいわね……」
街の中全体をカバーするとしたら何人集まっても人手が足りない。
デートの邪魔をしようとする者がいることに焦ったが、それ思い出して安心する。
しかも話し合いをしている者の中にはデートの邪魔を妨害しようと考えている者もいるのだ。
シスターは教え子のために念の為に尾行し、邪魔をする者がいたら陰から妨害しようと考える。
そして同時にマオが教え子に相応しくなかったらデートの邪魔をしようと企んでいた。




