無双④
「これで終わり」
マオはそう言って今回の挑戦の始まりを思い出していた。
「マオ!今回は冒険者の皆で貴方に挑むわよ!挑むのは明日だけど何か用事はある!?」
先日、マオはギルドに入るとキリカに宣戦布告をされた。
キリカの後ろにはカイルや戦意に燃えた目を向ける冒険者たちがいた。
「…………無いな」
マオはそれを見て、そして明日の予定を思い出して答える。
かなりの数が自分を睨んでいることにも笑みを浮かべていた。
「なら明日の朝。用意が出来たら街の外で待っていなさいよ」
「は?」
だが次の言葉が想定外だからか笑みが固まる。
まさか時間まで指定されるとは思わなかったせいだ。
更に準備まで気に掛けられている。
「数の差がある以上、こちらが有利だと思えるけど正々堂々と挑ませてもらうわよ」
キリカが数の差があるのに有利だと断定するのではなく思えると使ったことに、どれだけ有利でもマオに勝てる気がしないと考えているのが理解できてしまう。
それは他の挑戦者たちも同じで頷いている者も多くいた。
「わかった」
奇襲ではなく正面から挑んでくるという言葉もあってマオは明日を楽しみにする。
実力差を理解して挑んでくるということは、それを埋める策があるということだ。
マオはそれを何よりも楽しみにしていた。
例え、それが自分が使わない技であっても経験として得ることが出来る。
もしくは自分に合っていて使える技もあるかもしれない。
だからマオは楽しみに思う。
「それじゃあ明日の準備のために今日は休むか」
「えぇ。楽しみにしてない」
キリカの言葉にマオは頷いてギルドから出て行った。
「それで実際にマオに勝てると思うか?」
「全力で挑むつもりだけどマオに勝てるとは思えないわよね………」
「だよな………」
実際にマオに勝てるかと考えると無理だと考える者が多い。
当然、挑むとなると本気で勝ちにいくつもりだが、それでも個人での圧倒的な実力差に勝てる姿が考えられない者がいた。
「それでもマオに挑戦は叩きつけた。勝つためにマオのこれまでの情報を整理するぞ」
カイルの言葉に全員が一か所に集まった。
その様子にギルドの受付は違う場所でやれよと思う。
ギルドは依頼を受ける場所であり、冒険者のたまり場では無いのだ。
冒険者たちの行動に少しだけ迷惑に思っていた。
「まずマオの一番の武器はあの速度だな」
「そうね。気付いたら私たちの直ぐ傍に立っていたり背後に立っていたりするし」
「あの速度をどうしなきゃいけないんだよな………」
それに気づかず話し合う冒険者たち。
全く気付く様子のない姿に受付たちはため息を吐いた。
「やっぱり数の差でマオを中心に囲むしかないわね」
「そうか?」
確実に攻撃を当てるため、そして逃がさないために囲むという案に疑問を持つ者がいる。
ほとんどの者が頷いていたのに疑問を持たれたせいで、何か見落としてしまったかと視線を向ける。
「マオのことだからワザとこちらの攻撃を受け止めてきそう」
「有り得る………」
そして言われた言葉に有り得そうだと認める。
マオからすれば自分達は圧倒的に格下なのだ。
あえて受け止めてくる姿が想像できる。
「だから攻撃を避けられるのは考えなくて良いと思います」
「それもそうね」
実際はマオは最初はほとんどその場から動くことが無かっただけで普通に避けたりしていた。
それどころか挑戦者同士の攻撃がぶつかり合い意識を失ったりする者もいた。
「それでも反撃されることも考えておきたいな。何時までも黙ってやられるわけじゃないだろうし」
「そうなんだよな。反撃に移されたら反応できる気も意識を保てる気もしない」
「速くて一撃も重いとか反則だろ………」
マオが挑んできた相手の腹を拳で貫通したり、身体を引き裂いたり、全く反応できない速度で動いたりしていたことを思い出す挑戦者たち。
あまりのもスペック差に勝つ姿を思い浮かべるのも難しい。
「せめて耐久力は人並みかそれ以下であって欲しい……」
「本当にな。速くて一撃が重くて、身体も頑丈とか理不尽だろ」
普通は一撃が重いが鈍足だったり、速度はあるが一撃が軽かったりするのにどちらも優れているとか挑戦者たちはズルいと思っている。
「ある意味では頑丈かもしれないけどな……」
「は?」
「あいつ、攻撃を避けたり受け流したりしているだろ?」
「あぁ~~」
それを言われて確かにと挑戦者たちは納得する。
まだまだ少年と言える年齢なのに何でそこまで強いのか疑問を抱く。
「はいはい。それよりも話を戻すわよ」
「あぁ、ごめん」
マオへの愚痴を吐き出していると元の内容へと戻される。
今はマオへの愚痴よりも、どうやったら勝てるのかの方が大事だ。
「いっそ完全に役割を決めないか?」
「どういうことだ?」
「攻撃も回復もできるから両方やるんじゃなくて。攻撃に回るなら攻撃だけに専念して、回復に回るなら回復に専念するとか」
「それは……」
できるからと何でも手を回して中途半端になるよりは何か一つの役割に専念してもらった方が良いという意見に皆がその方が良いかもしれないと考え込む。
「そうだな……。あとは回復要因は一か所に纏めずにばら撒いた方が良いんじゃないか?一か所に纏めたらマオに一瞬で薙ぎ払われそうだし。それに意識を失った回復役を回復できるかもしれない」
それは良いな、と皆が声を上げる。
意識を失った回復役が復帰できるのは有難い。
「あとは少しでもマオが襲ってきた時に回復役を逃がすための護衛役も欲しいな。何よりはあった方が良いと思うし」
「それは必要か?」
「どうだろう。マオに一撃で意識を奪われるだろうから時間稼ぎにもならないと思うが」
「でも一瞬だけとはいえ確かに護衛役に意識を向けるだろうし、その一瞬の間で逃げることが出来れば確かに有用じゃないか?」
「たしかにそうかもしれないが………」
「護衛役がいなければ、その分攻撃に回せるし。護衛役がいれば意識を失っても回復できるように逃げれる可能性があるから継戦能力は上がるだろうし……」
回復役に護衛役をつけるかどうか悩み始める挑戦者たち。
どちらも捨てがたい。
「俺としては護衛役はいても問題はないと思う。俺のパーティではダンジョンに挑む時に一切攻撃しないけどモンスターの攻撃を確実に防いでくれる奴がいるし。他にもいるんじゃないか?」
「あ」
マオに攻撃を当てることばかり考えていたせいで自分たちの中には攻撃や回復よりも防御の方が得意なものたちもいることを思い出す挑戦者たち。
そして相手の攻撃を防ぐのが得意な者たちも自分達も攻撃に参加しようとしていて意識から抜け落ちていた。
「それじゃあ相手の攻撃を防ぐのが得意な者たちは回復役の護衛役に回ってもらうか。皆もそれで良いか?」
どちらかと言うと防御が得意な者たちに確認するが受け入れられた。
それに安心して挑戦者たちは次の話へ進んでいった。
「…………面倒くさいな」
マオはギルドから出た後に挑戦者たちが話し合っていた内容も想像し、現実に戻ってため息を吐く。
結界の中に入れた挑戦者たちを見たせいだ。
あまりにも数が多い上に街の外にいる。
そのせいでモンスターに襲われるだろうし、このままにするのも危険。
それを防ぐために街の中に運ぶ必要があるが一人でやるとなるとあまりにも面倒にマオは感じていた。
「結界の中に入れていればモンスターが襲ってきても安全だしな………。意識が戻るまで待っているか」
結界を張っているから安全だろうとマオは挑戦者たちの意識が戻るまで待つことに決める。
全部自分で運ぶよりは意識が戻った挑戦者たちが自分の足で街に戻った方がかなり楽だからだった。
それに意識が戻った挑戦者たちにも、まだ意識が戻っていない挑戦者たちを運んでもらうことも出来る。
「あとは結界を一まとめにするか。複数に分けていると、その分魔力も使うし」
更にマオは複数作った結界を一まとめにしようとする。
中にいる挑戦者たちを一人で運ぶのは面倒に感じていたが複数の結界を維持するよりは楽だと諦めていた。
「…………暇だ」
そして一人で全員を一つの結界の中に運んだが、まだ誰も一人も意識が戻らない。
運ぶついでにと確認したが全員の息はあった。
一・二時間以上は経っているのに、まだ意識が戻らないことにマオは暇でぼやく。
「………本でも持って来れば良かったかな」
本でもあれば暇つぶしに読むことが出来た。
それでも持って来なかったのはここまで暇になるとは思わなかったこと、そしてもしも本が破れたりして読めなくなったら勿体ないからだった。
「はぁ………」
そして外も暗くなってきてマオはため息を吐く。
少し肌寒く感じてきて、このままだと風邪を引きそうだと感じていた。
早く誰か意識が戻らないかとマオは祈ってさえいた。
「そういえば、あまり日常で使うことは無かったな」
マオは魔法を使って火を起し近くによって身体を温める。
今まで冒険で魔法をサバイバル技術として使うことは無かった。
そんな風に使う前に解決していたし、常に動いていたせいで寒さを感じたことが無かったせいでもある。
「ついでに結界の前にも火を起すか」
少しでも風邪を引かないために結界の前後左右に火を起す。
そんなことをするより直接挑戦者たちを起した方が早いのに意地なのか決してマオは自分から起こそうとしていなかった。
「やべっ」
そしてマオは自分の行動に冷や汗を流す。
遠くからモンスターたちが自分達に向かって直進するのが見えていたせいだ。
確実にマオが起こした火を目印に向かってきているのだと分かってしまう。
「時間遅くに火を起すのは危険かもしれないな………」
少なくともキリカやカイルくらいの実力者でない限り夜遅くに火を起すのは止めようとマオは考える。
自分は良くても他の者たちが死んでしまいそうだ。
「グギャ…………!?」
そんなことを考えながら近づいて来たモンスターの口を掴み、そこから上下に裂いた。
そのまま両手に持った裂いたモンスターだったものをマオは適当に投げ捨てる。
「暇つぶしにはなるかな?」
マオは結界の近くに起こした火は消さずに自分の近くに起こした火は消す。
今から身体を動かすから火があったら余計に暑くなると考えたからかもしれない。
火を起したからモンスターが寄って来ると判断しているのに結界の近くにある火を風邪を引くかもしれないからと、まだ消していなかった。
「うっ………。くさっ!!?」
そして意識を失っていた挑戦者たちはチラホラと眼を覚ましていく。
彼らが目を覚まして感じたのは眩しい日の光と、それをはるかに凌駕する血の匂いだった。
「なんだコレ!?」
そして目に映ったのはおびただしい量の血とモンスターの死骸だった。
血は水たまりで足が沈んでしまいそうな程流れており、モンスターの死骸で視界は埋まっていた。
「翌日になって、ようやく目を覚ましたのか………。遅すぎないか」
マオの呆れた声に、そう思うなら起こせよと挑戦者たちは思う。
翌日という言葉に眩い朝日がその証明をしていて、更に強く何で目覚めさせてくれなかったんだと思う。
そしてマオへと文句を言おうとして何も言えなくなった。
「そうだ。眼が覚めたなら、お前らもまだ目が覚めていない者たちを運ぶのを手伝ってくれないか?」
そう口にしたマオを目にして挑戦者たちの多くは怯えてしまったせいだ。
マオはモンスターの死骸の上に座っていた。
そして多くのモンスターの死骸があるのに血が一滴もついていないこともそうだが、それ以上にマオから流れている空気が恐ろしかった。
まるで少しでもマオの意識に触れてしまったら、その瞬間に殺されてしまうんじゃないかと思ってしまう。
「ひっ」
そのせいで悲鳴を上げられ、マオはそのことに少しだけショックを覚える。
怯えられているせいでマオの言葉も届いておらず誰も動こうとしていない。
「おい」
だからマオは自分の声が聞こえるように力を込めて声を出す。
その声に意識が戻った者たちはマオに視線を向け、意識がまだ戻っていない者たちは身体を震わせて意識を取り戻す。
「目が覚めたのなら最低一人は意識がまだ戻っていない奴と一緒に街に戻れ。数が多すぎて俺一人じゃ街へと運ぶのは面倒だ」
マオの言葉に従って意識がある挑戦者たちは、まだ意識が戻っていない者たちを抱える。
そして示し合わせたように一斉に街へと急いで向かった。
「はぁ………」
それを見てマオはため息を吐く。
意識が戻っておらず、結界の中にまだ残っている者たちの中にはキリカやカイルもいる。
「さっさと意識が戻らないかな………」
意識を戻してくれないとマオは何時までも街へと戻れない。
だから早く意識を戻してくれと祈っている。
街に運んだ者たちが、もう一度ここに戻ってきてまだ意識が戻っていない者たちを運んでくれないかとも思っていた。




