転生勇者の挑戦②
「あぁ、やっと終わった………」
マオはギルドの依頼を終えてため息を吐く。
最初に予想したように、依頼の内容より多くの仕事を任された。
粉末にするだけではなく調合なども頼まれて、ひどく疲れる。
一つのミスが命に関わるから相当なプレッシャーがマオに掛かっていた。
「………今度からは、資格がある者は記載している仕事以外の仕事もしてもらう、と書くように言ったし忘れることは無いだろう」
本当に疲れたとため息を吐いて歩いていくマオ。
書いていたとしても資格を取らせてくれたお礼と折角身に着けた知識を忘れることが無いように、これからも依頼を受けるのだろうとマオは予想していた。
「あなたがマオですか?」
「あ?」
そして帰り道の途中、マオはギルドにいた新入りに声を掛けられる。
早く帰って休みたいのに邪魔をされて不機嫌になった。
「貴方がこの街で最強だと聞きました。リーネ様が最強だと示すために勝負を挑ませてもらいます!」
「…………」
本人ではなく一緒にいる少女が宣戦布告されることに、本人はどう思っているのかとマオは視線を向ける。
そこには恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている男がいた。
マオは彼がリーネだと察する。
もう一人の女性もリーネなら勝てると自信満々な表情をしていて恥ずかしそうにしていることに気付いていない。
少しだけマオは男が可哀想に思った。
「はぁ………。良いけど、何時にする。それに正面から堂々と戦うの?それとも奇襲?」
「っ……。正面からに決まっている!」
奇襲ありにするか確認すると、リーネは恥ずかしそうにしていた顔からマオを睨みつける。
周りから強いと言われて持ち上げられるのも恥ずかしいが、弱いと見なされるのも腹が立つ。
「それで何時にする?」
「ふっ!」
だからマオが正面からと聞いて何時にするのか確認しようとしている途中に殴ろうとする。
リーネは自分は弱くないと示したかった。
当然当たる前に寸止めをするつもりだ。
「何急に殴って来るんだ?」
だが気付いたらマオは目の前にいなく、声が後ろから聞こえてきた。
そして振り返るとマオは神官の少女と女戦士の肩に手をまわしている。
「は?」
「え?」
「なっ!?」
二人もマオが肩に手をまわしていることに気付かなかったのか驚いている。
そして振りほどこうと力を入れるが全く動けなかった。
「振りだとはいえ街中で暴力を振るおうとするなんてな………」
「「っ~~!!」」
「二人を離せ!」
拘束をしているマオにリーネは手加減も考えずに今度は本気で当てる気で殴ろうとする。
大切な仲間が力で抑えられているのを見るのは見ていて不快だった。
「本当に遅いな………」
「きゃっ!!?」
「うわっ!!?」
そしてマオは二人を離し、今度はリーネの後ろに回って肩を組む。
少女たちは動けなかった体が急に解放されて転んでしまう。
「ぐっ!」
そしてリーネもまた二人と同じように動けなくされていた。
どれだけ力を入れてもリーネはマオを振りほどけない。
そしていつ移動したのかも見切ることが出来なかった。
リーネは自分が弱者じゃないとマオに否定することが出来なくされていた。
「それで何時から挑みに来るんだ?」
そしてマオはもう一度、リーネたちに質問をする。
正々堂々と戦うのなら何時から勝負を挑むのだと。
「明日だ。準備が出来たら、ギルドに向かう」
「…………わかった」
マオは自分の動きに反応も出来ず力も抵抗できないのに勝負を挑んで来るリーネに興味を持つ。
もしかしたら接近戦が苦手なのかもしれない。
「それじゃあな」
そうだとしたらマオは明日が楽しみだ。
接近戦が苦手なら距離を取って戦う方が得意だろうと思うからだ。
マオの動きに全く反応できていないし、少しだけ遊ぼうと決める。
この街の冒険者よりはリーネは弱いとマオは判断した。
「くそっ!!」
マオが去った後、女戦士は悔しそうにする。
そして神官の少女はリーネを相手にしないマオに強く睨みつけていた。
少女からすればリーネより強いということは認められるようなものでは無かった。
「ははっ」
そしてリーネは自分より強い相手にどうやったら勝てるのか必死に考えて楽しそうにしていた。
今までマオと会うまでは自分より強い相手はいなかった。
それは前世の記憶を持って生まれたせいであり、そのお陰だった。
だから挑める機会があるのなら挑戦したかった。
「もしかしたら俺と同じか?」
そして同時にもしかしたら自分と同じように前世の記憶を持って転生したのかもしれないと考える。
もし、そうなら知り合う機会を逃したくない。
自分以外に知らない知識について話し合いたかった。
「そうだ。二人も明日は一緒にマオに挑むぞ。正々堂々と正面から挑むけど一対一でとは言っていない」
「なっ!」
「そんな……!」
それはリーネがマオよりも弱いと認める発言。
リーネこそが最強だと信じている者にとっては認めたくない発言だった。
だがリーネからすれば当然の言葉だ。
なにせマオがいつ動いていたのか反応することすら出来なかった。
反応できるようになるまではマオにとっては弱者でしかなく、人数を集めて協力しないと勝てないのだとリーネは判断していた。
「リーネ様はあの男より弱いと認めてしまうんですか……?」
「当然だろ?まず相手との差を認めないと強くなれないし」
不満そうに聞き返す神官の少女の言葉にリーネは当然だと返す。
そして女戦士はリーネの言葉に気分を良くする。
あっさりと自分の方が弱いと認めるのは普通なら嫌いだが、卑屈さは無く挑戦に満ちた目をしているから気にならない。
むしろ好ましく感じていた。
「さてと早速、マオに勝負を挑むことになったけどいつも通りで良いよな。少し変えたからって勝てるようになるとは思えないし。それなら最初からいつも通りに挑んだ方がまだ勝算がある」
「そうだな……。勝てないと諦めるのは簡単だが、どうせなら戦って糧にしたい」
好戦的な笑みを浮かべる女戦士。
マオの動きに反応できなかった時点で格下だと認めるしかなかった。
だが、だからこそ勝負を挑むことに価値がある。
格上相手に挑むからこそ得られる経験もたしかにあるからだ。
「……………」
神官の少女は女戦士の言葉に裏切られたような気持ちになる。
自分と同じようにリーネこそが最強だと思っていたんじゃないのか、何でリーネより強い相手がいることを認めるのか理解できなかった。
「そうですね………。私も全力で力を尽くします」
リーネは勇者なのだ。
そして勇者とは唯一ダンジョンを破壊できる選ばれた存在。
他にも勇者はいるが神官の少女にとっては救ってもらったこともあり、リーネの存在は特別だった。
「あぁ……。頼む?」
暗い瞳を浮かべて力を尽くすという神官の少女にリーネは違和感を持ち、女戦士は警戒をする。
リーネよりも神官の少女のことが理解しているからこそ危険だと思う。
おそらくはどんな手を使ってでも勝ちに行く気だろう。
もしかしたら殺そうとするかもしれない。
「…………いや大丈夫か」
だが少し落ち着いて考えると大丈夫だと考え直す。
何故ならマオは自分達よりはるかに強い。
どんな手を使おうと殺される姿が想像できなかった。
むしろ神官の少女が返り討ちにあって殺される姿が鮮明に思い浮かぶ。
「いやダメだろ!?」
「「!!?」」
それはマズいと女戦士は神官の少女に掴みかかる。
神官の少女とは恋敵だが、だからといって死んで欲しいわけでは無い。
「えっ……。えっ………」
神官の少女は急に肩を掴まれて困惑する。
何を否定されたのか理解できないから猶更だ。
「急にどうしたんですか………」
「リーネよりも強いからって、あの男に危害を加えようとするのは止めな?私にはお前が殺される未来しか想像できない!」
「何を言っているんだ。おま………」
「……………」
神官の少女に向けられた言葉にリーネは何を言っているんだと呆れた顔を向けようとして止まる。
少女の表情が気まずそうに逸らされていたせいだ。
「リーネが最強だと信じていた気持ちは分かる。私もそう思っていた。だけど、この世界はさらに強い奴がいるのが当たり前だ。私はあの男の実力を垣間見て、それを思い出した」
「それじゃあ、あの男より強い存在はいるの?」
「多分いる」
神官の少女は自分の疑問が即答されたことにより、少しだけ落ち着く。
最強だと信じているリーネを圧倒するマオより強い存在何てあり得ないと思っているのに即答されたせいだ。
それで信じたのは自分より年上で一緒に旅をしている尊敬している恋敵だからだった。
もし彼女以外の相手だったら、例え相手がリーネだとしても神官の少女は信じられなかった。
「そもそもモンスターには私達より遥かに強い存在もいて、それを倒すためにパーティを組んでいるだから今更でしょうが。リーネも本当に一人で十分だったらパーティを組む必要は無いし………」
「…………」
否定できなかった。
もし本当にリーネが一人で十分だったらパーティを組む必要は無い。
それでも神官の少女は助けてもらった恩から後ろについて行ったかもしれないが。
「だから三人で協力して、あの男に勝つわよ。絶対に悪意を持って危害を加えようとしないで」
真剣な表情で心配そうな眼で女戦士は注意する。
その目が本気で自分を心配しているのだと理解して神官の少女も頷く。
「良かった………。何度も言うけど貴女は恋敵だけど死んで欲しいとは思わないわ。もっと自分を大事にして………」
安堵のため息を深く吐く女戦士。
心底安心したようなその姿に神官の少女は危害を加えようとするのを辞める。
それで安心するのなら安いモノだった。
「…………」
そしてリーネは冷たい目で神官の少女と女戦士を見る。
自分を理由にして他人を害そうとしていることに不快感を抱いた。
そもそも女戦士が神官の少女を止めたのはマオが圧倒的に強いからだ。
もし圧倒的な強さと反撃で殺したという話が無ければ止めなかったかもしれないと考えると自然と冷たい目を向けてしまう。
本人が望んでいないのに、その相手のためだと言って他者を害そうとするのは嫌悪感が湧く。
その当人となれば猶更だ。
「…………俺としては聞きたいこともあるのに」
リーネはあれだけ強いのなら自分と同じように転生した者なんじゃないかと疑っている。
もし、そうなら前世の話を色々としたかった。
自分しか覚えていない記憶を誰にも話せず抱え続けているのは精神的に辛い。
「聞きたいこと?」
「………」
小声で呟いたつもりなのに聞こえていたことにリーネは肩を振るわせる。
自分にしかない記憶。
下手に話してしまったら頭がおかしい者扱いにされるから聞かれたくない。
「本当に個人的な事だから気にしなくて良いって。そんなことよりも明日のために準備をしよう?」
本当に聞かれたくないのだと必死に話を変えようとする姿に興味を持つが、二人は聞くことを諦める。
本気で怯えているのが理解できたせいだ。
無理矢理に聞き出して二人は嫌われたくなかった。
「………わかった」
出来れば聞きたい。
だけど嫌われたくないという気持ちの方が二人は強い。
そのせいで踏み込むことが二人には出来なかった。
「それじゃあ帰ろうか?」
リーネは二人に泊っている宿へ戻ろうと提案する。
二人もそれに頷いて、踏み込むことが出来ない自分達から目を逸らそうとしていた。
「…………どうやって確認しようかな?」
リーネは帰り道の途中、今度こそ聞こえない様に小さな声で悩む。
マオは強い。
だが強いからと言って自分と同じように前世の記憶があるとは限らないと自信が無くなっていた。
今まで自分より強い相手と会えなかったのは運が良いのか悪いのか分からないが、巡り合わせの結果だろうとリーネは考えるようになった。
そして前世の話をして意味が分からないと言われたら、せっかく見つけた仲間だと思っていたのにショックを受けてしまうだろう。
「…………前世に関係ある言葉を口に出してみるか?反応次第で前世の記憶があることも確信することも出来るだろうし」
マオに自分と同じように前世の記憶があるのか確認したくてしょうがない。
それが気になって明日は万全の状態で戦えるのか我ながら不安になってしまっている。
「何とかして切り替えないとな」
あまりにも勝負にならないと期待外れだと思われてしまうかもしれない。
それだけはリーネにとっても嫌だった。
自分は最強じゃないし、そうでないことも証明されてしまったが、パーティを組んでいる自分を最強だと信じていた女性二人に情けない姿は恥ずかしくて見せたくなかった。




