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二人の視線④

「戻った」


「お帰りなさい………ってアリスト様!?どうされたのですか!?」


 アリストが屋敷に戻ると執事が出迎えてくるが、アリストの姿を見て驚く。

 朝に出かけた姿と違い、服はボロボロで髪や露出した肌や頬にも土が張り付いている。


「マオに勝負を挑んだ結果だ。見た目は酷いが大した怪我はしていないから、そこまで心配しなくて良い。それよりもシャワーに入らせてくれ」


 アリストの言葉に本当かと疑う執事。

 もしマオを庇うための嘘だったら屋敷で働いている者たちにも連絡してマオに復讐するつもりだ。


「それにしても……」


「どうしましたか?」


「あれだけの実力があるのに普段は雑用のような依頼を受けているとはな……。本当に参考にするには良い相手だ」


 アリストから好意的な言葉が出てくる。

 もともと街の雑用のような依頼をよく受けていると聞いて好感度は上がっていたが、まだ婚約者からの好意に嫉妬していた。

 だがマオの実力を直に感じたことで尊敬の念の方が強くなる。


 あれだけ強ければ雑用のような依頼を受けなくても十分に他の依頼で金を稼ぐことが出来る。

 雑用の依頼が溜まっているから受けているが、それは実力が低いからだと考えていた。

 実際にギルドの者からも一番強いと聞いていたが、実際に目にするまでは信じられなかった。


「そうですか。……信頼できる相手なのですね」


「あぁ。人嫌いだろうが信頼できる」


 だがマオの一番の欠点はそこだろうなと考える。

 自分が一番強いと思っているからこそ、他の者は足手纏いになると判断してパーティを組むのを断っている。

 そして、それが事実だからこそ厄介だった。


「それに強い」


 更にアリストはマオの強さに憧れてしまった。

 拳一つで戦うなんて男としては憧れてしまう。


「………そうですか」


 そして執事は心配になる。

 マオの強さを知って好意を持つようになるなんて婚約者のコーナと同じじゃないかと思う。

 婚約者だからか似た者同士だ。




「ふぅ」


 アリストはシャワーを浴びながら自分の身体を確かめる。

 身体のいたる所には青あざが出来ている。

 だがそれ以上の怪我はしていない。

 恐らくはそれ以上の怪我をしないようにマオが手加減をしたのだと察することができる。

 そこまでの差があるということに最早マオは苦笑することしか出来ない。


「あれだけの実力がありながら街のために働いてくれているのか……」


 アリストからすれば、とてもありがたいことだ。

 恐らくはコーナもマオのそういった所に惚れたのだろうと考える。

 最初は婚約者を自分に惚れさせるための参考として近づいたが、個人的にはそれとは関係なく参考にしたいと思っていた。


「それにしても街の雑用の依頼についてはどうにかしないとな」


 あれは溜まり過ぎた。

 雑用だからこそ、やりたくないのかもしれないが溜まってばかりなのも問題だ。

 ああいう依頼は解決しないと街の治安が悪くなっていく。

 領主特権で無理矢理にでも依頼を受けさせようとかと考えてしまう。


「少なくとも週に一回か一ヶ月に一回。街を良くするためだと言ったら受け入れてくれるかな?手伝わない者は街がどうなろうが興味が無い薄情な奴だと噂でも流して……」


 そうすれば嫌がる者たちも家族や恋人から責められて依頼を受けるかもしれないとアリストは予想する。

 だが普段から依頼を受けている者は免除しても良いかもしれない。

 特にマオは依頼を受けていないくても街の住民は文句を言わないし、むしろそのことで文句を言ってきた相手を言い返しそうだとアリストは考える。


「これもマオが街の雑用を引き受けていた影響か……」


 そんな未来が容易く想像出来てアリストは苦笑を浮かべた。

 マオが良かったら家の兵士たちも鍛えて欲しい。

 それだけでなく、いつかできる子供も鍛えて欲しかった。

 そのために付き合いを維持する必要はあるが、苦痛だとは感じなかった。



 そして。


「久しぶり。マオは何て言ってました?」


 コーナも屋敷にいて結果はどうだったのか確認してくる。

 マオとパーティを組めるのかと期待で目を輝かせている。


「本人は絶対に嫌だと言っていたぞ。諦めたらどうだ?」


「そうですか」


 少しだけだがコーナはショックを受ける。

 同時に何でアリストだけは良いのかと睨んでしまう。


「これ以上の足手纏いはいらないと言っていたぞ。迷宮に挑む時、弱くて邪魔だとしか思えないらしい」


 つまりは先にアリストとパーティを組んでいるから無理なのかもしれないとシーラは考える。

 それならアリストはマオとパーティを解散して欲しい。


「ならマオとパーティを解散してくれない?」


「それは無理だな。俺はお前に惚れてもらいたいから参考にするためにパーティを組んでもらっている」


「え」


「あ………」


 本人を目の前にして言うことでないことに気付いてアリストは顔を赤くし、コーナもアリストに言われた言葉を理解して顔を赤くする。

 家で決まった婚約者だから結婚するのはほとんど決まっているのに、それでも好意を持ってもらうために努力していると聞いて嬉しくなってしまった。

 

 同時に自分が恥ずかしくなる。

 親が勝手に決めた結婚だからと相手と向き合っていないことに。

 相手は自分を好きになってもらおうと、そして相手を好きになろうと努力している。

 まだ望まぬ結婚だろうとふてくされているような場合では無い。


「それじゃあ、お互いにマオ様のことについて語り合いましょうか?」


 お互いに知っている相手だからこそ、まずはマオのことについて話そうとコーナは考える。

 パーティを組んでいるからこその話を聞けるし、別の話題で話を逸らしたかった。


「そうだな……」


 そして、それはアリストも同じだ。

 本当なら言うつもりは無かったのに、つい言ってしまった。

 なんでもいいから別の話題で熱中して忘れたかった。


「やっぱりマオ様の一番良いところは、あの強さよね!?」


「マオの一番良いところは、あれだけの強さがあるのに雑用の依頼を受けてくれるところだな!」


「「ん?」」


 コーナはマオの強さを、アリストは誰もがやらないことを率先してやるマオの行動を一番に評価している。

 それが二人の一番の違いを示していた。


「マオ様の一番の魅力はあの強さでしょ?貴方の言う雑用を率先してやることの評価もマオ様が引き立てているじゃない!?」


「そうかもしれないが、やはり一番は誰も受けない依頼を受けてくれることだ!それでどれだけの感謝と笑顔が見れたことか……!多くの者がマオに対して笑顔で話し掛けているんだぞ!」


「「…………」」


 どちらも貴族としては有難いことだ。

 強ければ街をモンスターから護れる。

 依頼を受けてくれるから街の不満は少しでも解消できる。

 どちらも大事で魅力だが、一番は互いに譲る気は無い。


「マオ様の魅力は強さよ」


「いいや。だれかのために行動できるところだ!」


 二人は自分が正しいと言い合い始める。

 それは夜遅くまで続き、執事が止めるまで終わらなかった。




「全くマオは雑用のような誰も受けたがらない依頼を受けるから魅力的なのに……」


「何の話ですか?」


 アリストはギルドで愚痴を零していると女勇者が近づいてくる。

 こちらの話だから関係ないと突き放したいが無視をして更に近づく。


「さっきマオのことを口にしていませんでしたか?」


 どうやら目の前の女はマオの名前を聞いて近づいてきたらしい。

 そのことにアリストは苦笑を浮かべる。

 もしかしたら目の前の女勇者もマオを求めているのかもしれなかった。


「それがどうかしましたか?」


「いえ……。つい気になってしまって……」


 目の前の女勇者の言葉に納得してしまうアリスト。

 マオは有名だから気になってしまうのもしょうがないと理解する。

 特に口を出したのが一時的にとはいえパーティを組んでいる自分だ。

 コーナと同じようにパーティをどうにか組めないかと考えているのだろう。


「一応言っておくがパーティを組むのは私に頼んでも無理だぞ。直接、頼んだ方が価値がある」


「そんなことは知っているわよ。あいつは私とはパーティを組む気は無いと言っていたし……。私も残念だけどパーティを組むつもりは今は無いわ」


 そう言って顔を赤くする女勇者。

 前に言われた組む条件を思い出したせいだ。


「大丈夫か?急に顔が赤くなったが……。熱があるんじゃないのか?」


 急激に顔が赤くなったため心配されてしまう女勇者。

 これ以上、赤くなった顔を見せたくなかったのかギルドから慌てて逃げて行った。




「今日はここに挑むわよ」


「えぇ」


「はい」


 コーナは自分達のパーティに迷宮の前で気合を入れる。

 少しでも経験を積んでマオに近づきたい。

 最低でも同等クラスになればマオとパーティを組めるはずだと考え、コーナのパーティもその考えに同意していた。


「そういえばコーナの婚約者とマオはパーティを組んでいるのよね?私たちもパーティを組めそう?」


「無理みたいよ。弱い奴とは組みたくないって」


 コーナの言葉にしょうがないかと納得するパーティメンバーたち。

 以前に見たマオの実力には全然追いついていない。

 今パーティを組んでも足手纏いにしかならない。

 それは嫌だった。


「取り敢えず少しでもマオ様の実力に追いついてパーティを組めるようになるわよ」


 絶対にマオに追いついて見せると決意しコーナたちは迷宮へと挑んでいった。


「そういえばコーナって婚約者がいるけど違う相手のことを好きになったり、様付けで呼んで大丈夫なの?」


「様付けで呼んでも相手は気にしなかったわ………」


 アリストのことを思い出して答えると同時に好きだと言われたこと、好きになってもらうために努力していることを思い出してコーナは顔を赤くする。


「どうしたの急に?」


「別に………」


 隠すように赤くなった顔を逸らすコーナ。

 その様子にからかい交じりに予想を口にする。


「もしかして婚約者に政略結婚としてだけでなく本当に好きだって告白された?」


「う………」


「え?」


「マジ?!」


 正解だと告げるように更に狼狽えるコーナ。

 そのせいでパーティたちは驚きと嬉しさで喜ぶ。


「良かったじゃない!政略結婚が決まっているから嫌いな相手とでも結ばれないといけないんでしょ?告白されたってことは好きになってもらう様に努力しようとしているんでしょ!?」


「………マオ様とパーティを組むことにしたのも、マオ様を参考にするためだって」


 頷き答えた内容にコーナのパーティはアリストへの好感度が上がる。

 本当は嫉妬しているだろうに、その相手を参考にするためにパーティを組むなんて本当にコーナが好きなんだと理解できる。

 おそらくはマオもそれを知ったからこそアリストとパーティを組んだのだと想像出来た。


「コーナさんは貴族だから望まぬ結婚をするかもしれませんけど、婚約者は良い人そうですから逃がしたらダメですよ!?むしろ結婚が決まっているのに好きになってもらうために努力する人が婚約者何て羨ましいです!」


「う……」


 人は楽がしたい生き物だ。

 結婚が既に決まっているのなら、好きになってもらうために努力する必要は無い。

 それなのに努力しているのは羨ましかった。


「全くよ。むしろ変わって欲しいぐらいだわ」


 コーナは貴族だから望まぬ結婚を強いられると知っていたから、先程までは同情していたが今では羨ましいとしか感じない。

 むしろそんな相手と一緒になることが決まっていることに嫉妬さえ覚えてしまいそうだ。


「マオ様より、婚約者の方が幸せになれそうじゃない?」


 ニヤニヤとからかう様にパーティの一人にコーナは首を傾げる。

 そもそも自分達の中に本気でマオと結婚まで考えている者はいないだろうと思っている。

 自分達パーティがマオに向けている感情は強さに対する憧れだ。

 あの圧倒的な強さが記憶に焼き付いていて皆忘れないでいる。

 出来ればもう一度だけでも、あの圧倒的な強さと言うものを目にしたかった。


「何で首を傾げるのよ?」


「皆は本気でマオ様と結婚したいの?」


 首を傾げながら、そんなことを考えていたためパーティの一人に疑問を持たれる。

 だが逆に聞きたいことがあってコーナは問いかける。

 その結果は、ほとんどが顔を赤くしていた。

 コーナは戸惑うと予想していたから、その反応は予想外だった。


「結婚って………」


 どうやら結婚という単語に顔を赤くしたらしい。

 自分より年上もいるのに、どれだけ初心なんだとコーナは思う。

 やはり聞き方を間違えたのだと確信する。

 ちなみにコーナはマオと結婚とか考えていない。

 婚約者がいるからという理由ではなく、圧倒的な実力差に同じ生き物だとは思えなかったのが理由だった。

 あれと付き合う結婚と本気で考えられるのは互角に戦える者、もしくは勇者ぐらいだと考えていた。

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