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二人の視線②

「ここで草むしりをするから」


 そう言って案内されたのは、この街で最も広い畑を持つ農家だった。

 ここで草むしりをするのなら、かなりの時間を掛けそうだ。


「あっ、マオ!草むしりの依頼を受けたって………。アリスト様?」


 当然ながら、この街の貴族ともそれなりの親交がありアリストのことにも気付く。

 何でマオと一緒にいるのか農家の娘は困惑する。


「今日から一時的にパーティを組むことにしたから。悪いけど、この人分の草むしりの服装って借りれないか?」


「え……?え…………?」


 マオの言葉にアリストを見て、もう一度マオを見る。

 アリストは貴族ながら目の前の娘が困惑しているのも納得してしまう。

 自分より立場の上の者が自分の家で雑用をするなんて後味が悪すぎる。


「………すまないが貴族の興味本位の体験だとでも思ってくれ」


「………ちょっと相談してきますね?」


 娘は貴族に同情の視線を向けて親たちに街の貴族が草むしりに来たことを連絡する。

 マオに任せて楽をしている場合では無かった。



「ようこそ!アリスト様!」


「気にしなくて良い。今日は草むしりに来たのだから、よろしく頼む」


 目を逸らしながらアリストは楽にするように言う。

 その様子に農家の者は同情の視線を向ける。

 そしてマオに貴族相手にパーティを組むのなら、こんな雑用の依頼を受けるなと睨む。


「本当にすまない。私が手伝うとなると気が抜けないのだろう。だが私としては滅多にない経験を積めるのだ。大目に見て欲しい」


「いえ、こちらこそ必要以上に気を張りつけて申し訳ありません。それでは汚れても良いように服を用意しましたので着替えてもらって良いでしょうか?」


「あぁ、助かる」


 汚れても良いようにと準備された服装にアリストは着替える。

 マオは既に草むしりをしていた。



「ねぇ………」


「何?」


「何でアリスト様と一緒にパーティを組むことになって最初の依頼が雑用なの?」


 相手は貴族だから気を遣うべきだろうと農家の娘は文句を言う。

 何よりも自分の家で貴族に雑用させてしまっている現実がきつかった。


「俺の普段の行動に付き合わせた方が良いと思ってな……」


「いや何でよ」


「…………そこはちょっと言えない」


 アリストの婚約者が自分に惚れてしまったというのは少し言いづらかった。

 惚れ直させるために自分の行動を参考にするということも。

 どうにか黙ってやり過ごそうと考える。


「それよりもお前らってあの貴族と知り合いなんだな?」


「まぁ、そりゃこの街の貴族と一番大きい畑を持つ家だし……。たまに家族で一緒に食事をしたり、収穫した野菜を分けたりしているしね」


「ふぅん……」


 意外なところでつながりがあるもんだなとマオは思う。

 だが、それを勘違いしたのか農家の娘は慌ててアリストをフォローする。


「あの人、どうすれば街が発展するか、どうすれば皆が安心して暮らせるか考えてくれる良い人だからね!不正や卑怯なことはするような人じゃないから!」


「お、おう……」


 マオは急にフォローする農家にどうしたと思う。

 だが実際に仲が良い様子や必死になっている農家の娘にその言葉は信じて良いのかもしれないと考えていた。


「そういえば今日も夕食とか色々と準備しているみたいだけど食べていく?」


「もちろん」


 正直、マオはそれを期待して依頼を受けている。


「ふぅん……」


 農家の娘はそれなら気合を入れて作らなきゃいけないと考える。

 下手な料理を出して美味しい料理を作れない女だとは思われたくなかった。


「一応、アリストにも確認しといて。もしかしたら一緒に食べるかもしれないし」


「マジ?」


 農家の娘は聞き返すがマオは頷く。

 そのことに緊張をしてしまう。

 貴族相手に下手な料理は出せないし、食べさせてしまったらと考えるとプレッシャーだ。


「ちょっと確認してくる」


 マオの返事を聞かず農家の娘はアリストの元へと駆け寄る。

 近くに両親たちもいるから一緒に話しを聞くのにちょうど良かった。


「すいません!!」


 そして両親たちは娘が急に駆け寄ってきたことに不快な感情を浮かべる。

 目上の相手が目の前にいるのに、どうして礼儀正しくしないのか疑問だ。


「何の用だ?」


「今日は私たちの家で夕食を食べていくって聞きましたけど本当ですか?」


「は?」


「君たちが構わないのなら是非お願いしたいけど大丈夫なのか?」


「は?」


 娘の言葉に困惑し、アリストの返事に困惑する両親。

 一緒にご飯を食べるのなら下手な料理は出せないと冷や汗が流れる。


「お母さん……。悪いけど今日は手伝わなくて良い?」


「えぇ。おばあちゃんと一緒に作るから貴女は今日は手伝わなくて良いわ」


 母親の言葉にホッと一息を吐く娘。

 貴族相手に料理を出すなんてプレッシャーで無理だった。


「あぁ、私が貴族だからって無理して良いモノを出そうとしなくて良いからな?普段、マオに出しているモノと同じで良い。一時的とはいえ冒険者として行動するのだから普段のように良いモノばかり食べれるわけでは無い」


「まぁ……。それもそうですね」


 アリストの言葉に微妙な表情になる。

 事実だが自分達の野菜が良いモノでは無いと言われたような気分になったせいだ。


「ここの野菜は美味しくて食べ慣れているが、それでも普段は食べれない料理も調理されている場合もあるからな。見慣れない料理もあるだろうから楽しみだ」


 美味しいと言われて嬉しいし、楽しみにしている様子に少しだけため息が下がる。

 もしかしたら野菜は良いモノだと認識しているが、肉や魚はそうでもないと予想していたのかもしれない。

 そして、それは否定するのが難しい。

 野菜は自信があるが肉や魚は市場で買ったモノだから良いモノだという自信は無い。


「そうですか……。夕食は楽しみにしてください」


「あぁ」


 アリストは楽しみにしてくださいという言葉に頷き、畑の中へと草むしりのために入っていった。

 そして初めてだし見分けをつけるのも難しいだろうからと農家の娘と一緒に草むしりをすることになる。


「この真ん中に生えているのは育てている野菜だから、それ以外の草を取ってください」


「わかった」


 野菜の近くに生えている雑草を取るように頼むとアリストは素直に従ってくれる。

 汚れるのにも関わず足を地面につけて取ってくれる姿に有難く思う。


「…………思ったんだが、これを一日で終わらせるのか?」


 アリストはふと思い至って疑問をぶつける。

 立って畑を見回すが、かなりの広さがある。

 これを一日で終わらせるのは無理だろうと思う。


「流石に一日では終わりませんよ。何日かに分けてやっています。まぁ、毎日の様に雑草が生えてくるので終わることは無いんですが……」


「そうか……」


 毎日の様に腰を落として雑草取りをしているのだと考えて、これはキツイなと思う。

 まだ少ししか時間が経っていないのに腰が痛くなる。


「今日は久しぶりに一日中、草むしりをする日ですね。といっても依頼を出すのは、その日ぐらいなんですけど」


「へぇ。普段からやっているんだよな?」


「はい。毎日、決めた時間に草むしりをしていますよ」


 それでも雑草は毎日生えてくるのを考えるとアリストは自分だったら嫌になると予想する。

 それなのに毎日草むしりをして美味い野菜を作る農家たちには尊敬の念を抱いていた。


「そういえばマオから話を聞いていたが彼はよく依頼を受けていて色んな話を聞いていると言っていたが本当か?」


「………そうですね。よく両親や祖父母と話をしているのを聞いています。祖父母の時は私も一緒に聞いている時もありすけど本当に色々な話を聞かせてくれますね」


「そうか。………祖父母の時は?」


「はい。祖父母の時はです」


「両親の時は……。いや、良い。大体想像がついた。本人を目の前にして愚痴をこぼされたんだな」


「はい………」


 アリストは自分も同じ経験があるのか農家の娘に同情の視線を向ける。

 そのことに農家の娘も気づいて互いに手を握り合う。

 同じ目に遭った同士だと認め合ったらしい。


「なんで家族って本人の目の前で愚痴を零すんだろうな………。ある意味、陰口よりも性質が悪い」


「わかる」


 同意して深く頷き合う二人。

 二人して同時にため息を吐き、そして苦笑し合った。


「手を止めてないで動けー!」


 苦笑していると祖父母に注意をされてしまう。

 そのことに二人とも慌てて仕事に戻った。



「ふぅ……」


 すっかり日が暮れアリストは汗を汚れた服で拭う。

 そのせいで頬に土がついてしまった。


「疲れましたね……」


 農家の娘も汗をかいて疲れたと言い、慣れている娘も汗をかくのだとアリストは驚く。

 てっきり慣れているモノだから汗はかいても少量ぐらいだろうと思っていた。


「かなり汗もかいていますし、家のシャワーを使っても大丈夫ですよ?いつもマオも家族の皆も使ってから夕食を食べますし」


「良いのか?」


 アリストはシャワーを使えると聞いて喜ぶ。

 汗で服が張り付いていて少しだけ不快だった。

 それに汚れたまま夕食を食べるのも不衛生で嫌だった。


「えぇ。先に使いますか?」


「頼む」


 正直、貴族だから先に使わせてもらっているのかとアリストは考えたが意味は無いと否定する。

 何故なら、どちらが先に使っても意識をしてしまえば問題がある。

 アリストが先に使えば、普段から自分が使っているシャワーを使われていることになる。

 そして農家の娘が先に使えば、自分の使った後に男が使うことになる。

 思春期なら、どちらにしても意識をするだろう。


「それじゃあ使い終わったら誰でも良いから伝えてくださいね。誰でも女の人に伝えれば問題は無いので」


 アリストはその言葉に頷き、シャワーへと案内される。

 さっさとシャワーで汗を流したかった。


「よぉ」


 案内された先には先にマオと農家の男性陣がいる。

 農家と言われるよりは全員が戦士のようながっしりとした肉体をしている。

 特に祖父は身体のいたるところに傷がついている。


「お疲れ様」


「今日は助かった」


 そしてマオの身体をアリストは見つめる。

 傷がほとんど残っていない姿に本当に冒険者なのか疑問だ。


「何?」


 じっと見られていることにマオは不快な気分になる。

 マオからすれば、そっちの気はないから目を向けないで欲しかった。


「いや。冒険者なのに傷跡が身体に残っていないからな。少し疑問に思ってしまった」


「避ければ良いだろ」


「は?」


 アリストの言葉にマオは即答するが、逆に何を言っているんだと信じられないモノを見る目を向けられてしまう。

 だって普通は冒険者をやっていて傷が残っていないなんて有り得なかった。


「いや、普通は残るぞ。どれだけの実力者でも油断したら傷ついてしまうものだろ?」


「迷宮内で油断するのか?モンスターの巣なのに?それだけでなく罠もあるのに?」


 マオの言葉は正論だ。

 だがそれでも慣れてくると油断してしまうのが人間なのだ。


「そうか………。ちなみにお前は迷宮に挑む時、何を一番警戒している?」


「同じ冒険者だけど?」


「…………」


 モンスターでもなく迷宮の罠でもなく自分と同じ冒険者を一番警戒していると言われて何も言えなくなる。

 もしかして人間不信なのかと思う。


「お前、もしかして人間不信なのか?」


「本当に人間不信だったら、こんな依頼は受けないし一時的にでもパーティを組むこともしないから……」


 念の為に確認するがマオは違うと否定する。

 だがアリストも農家の者たちも信じることは出来なかった。


「そんなことより、さっさとシャワーを浴びてスッキリしよう?何時までも俺たちが使っていたら女性の皆が使えないし」


 詳しいことを聞きたいが、マオの言うことももっともだ。

 シャワーで汗をながしてから詳しいことを聞こうと考える。


「………そういえば先に言っておくけど迷宮やモンスター、そして人間相手に怪我はしたことはあるからな?ただ単に傷跡が残る程の怪我じゃないだけで」


「なんだ」


 そういうことかと農家の者やアリストは納得する。

 ただ単に傷跡が残る怪我をしていなかっただけだと。

 それでも珍しいが無傷なのよりは納得できる。


 そして同時に人間相手にも怪我をされたと聞いて話を終わらせようと決める。

 何で人間相手と戦う機会があるのか聞きたくなかった。

 貴族であるアリストは聞く義務はあるかもしれないが、別のところでしてほしいと思う。

 その気持ちが伝わったのかアリストもそれ以上は聞こうとしない。


「何で俺を相手に腕試しをするのかな。こちらの迷惑とか考えて欲しい。最近は少なくなってきたけど、まだまだ襲ってくる者は多いし」


 愚痴り始めるマオ。

 その内容に前に起きた事件の関係者なのかと農家たちは思い、アリストもあの事件の関係者どころか本人じゃないかと起こした被害のことを思い出し警戒をしてしまっていた。

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