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二人の視線①

「君!」


 ある日、マオは酒場で朝食を食べていると貴族風の男性が話しかけてくる。

 何の用かと視線を向けると急に手袋を投げられたから、それを避ける。


「貴様!」


 貴族風の男性はマオが避けたことに憤慨した様子だ。

 マオからすれば食事中に急に手袋を投げられたのだ。

 むしろ怒りたいのは自分の方だと思っていた。


「何?」


「手袋を投げられて受けないとは男の誇りは無いのか!?」


「手袋を投げられて喜ぶ趣味は無いので、お引き取り下さい」


「何を言っているんだ!?」


 貴族風の男はマオの言葉に意味が分からないと困惑し、マオも手袋を受けろと言う男に引く。

 その上に気持ち悪い変態を見る目を向けていた。


「ってなんだ、その表情は?」


「自分の手汗のついた手袋を投げて受け止めろという奴は変態では?」


「違う!」


 貴族風の男は即座に否定していたが、二人の会話が聞こえていた周りでは、たしかにと納得したり爆笑したりしていた。


「じゃあ何で自分の手汗が付いた手袋を受けろって言うんだ?普通は気持ち悪くて避けるだろ」


「決闘のルールも知らないのか!?手袋を投げられた相手は決闘を受けなくてはいけないだろう!?」


「知らないし避けたが?それに手袋を投げて当てることも出来なかった奴と決闘しないといけないのか?時間の無駄だろ?」


「………っ」


 マオの言葉に貴族風の男は怒りを覚える。

 この距離でも手袋を投げて当てられなかったことを言われて顔が真っ赤だ。


「そもそも何で急に決闘なんて言い出したんだ?お前とは初めて会うよな?」


「そうだな。確かに、こうして会うのは初めてだが私は君を良く知っている」


 そんなことを言われてマオには心当たりがなく首を傾げてしまう。

 どれだけ頭を悩ませても思い出せない。


「何か間接的にでも関わったことがあるか?」


「あるとも。君は私の婚約者に惚れられているからな!」


 その言葉に目の前の貴族風の男の姿を確認する。

 この男の婚約者だ。

 同じように貴族かそれに近い立場の女性だと想像できる。

 だが、マオはそんな相手に惚れられていた記憶何て一切ない。

 それに何で、それで自分に文句を言ってくるのかわからなかった。


「そんなことで俺に文句を言うな」


「貴様……!」


「俺に文句を言うよりも自分に惚れ直させれば良いだろう?他人のせいにするな。それとも、もしかして自信が無いのか?」


「…………ぐっ」


 マオの正論に貴族風の男は何も言えない。

 難しいとはいえ確かに惚れなおさせれば何も問題は無いのだ。

 それに惚れ直させるために行動せずマオに文句を言いに来ている時点で自信が無いと言っているようなものだった。


「それじゃあ」


 何も言えなくなっている目の前の男を尻目にマオは酒場から出て行こうとする。

 だが、貴族風の男はそれを止める。


「何?」


「お前は、これから何をしに行くんだ?」


「ギルドの依頼を受けにいくんだけど?放してくれない?」


「…………」


 ギルドの依頼を受けに行くと聞いて貴族風の男は少し考え込む。

 婚約者が目の前にいる男に惚れているのなら、自分に惚れ直させるために一緒に行動して行動を見習えば良いんじゃないかと考える。


「だから何?」


 それに惚れ直させれば良いと言ったのは目の前の男だ。

 それを理由にすれば一緒に行動することに拒否することは無いだろうと考えていた。


「私も君と一緒に行動させてもらって良いかな?」


「はぁ?」


 マオは目の前の男の申し出に何を言っているのだと邪魔なものを見る目を向ける。

 誰かとパーティを組むというのはマオからすれば邪魔な事だ。

 当然、断ろうと考えていた。


「君も言っていただろう?惚れ直されば良いと。そして君に惚れているのなら一緒に行動して参考にすれば良い」


 マオは本音としては邪魔だ。

 だが自分のアドバイスを素直に受け入れて行動しようとしてくれるのは嬉しい。

 我慢して受け入れようと考えてしまう。


「私の名前はアリストだ。よろしく頼むよ」


 一緒に行動するのは、もう決まっているという風に自己紹介する目の前の男にマオはため息を吐いて受け入れた。




「それじゃあ、早速ギルドに行くのかい?」


「そうだな……」


 早速、行動しようとしている目の前の男にマオはやる気に溢れていると思う。

 それが婚約者に惚れ直させるためだと考えると生暖かい視線を向けてしまう。


「何だ?」


 それに気づいたのかアリストも視線を逸らしながら答える。


「いや別に。それよりも婚約者って、お前貴族なの?」


「………まぁ、そうだが」


 見た目で分からないのかと思い、そして分かっていてもお前と呼んでくるマオにアリストは微妙な気分になる。

 貴族と分かっているのなら、もう少し敬うことは出来ないのかと思う。

 何でこんな奴に婚約者が惚れたのか理解が出来ない。


「ふぅん」


 マオは貴族と聞いてもそれだけ。

 確認したのは服装から気になっていただけで、それで態度を変えるつもりは無い。

 もし何か行ってきても無視をすれば良いと思っている。

 貴族だからといって従う必要は無い。


「っ」


 貴族はそんなマオに苛立ちを覚える。

 この街を管理しているのは自分達なのに全く敬意を向けて来ないからだ。


「それじゃあ行くぞ」


 そしてギルドへと歩いていく途中、マオへと多くの者が声を掛ける。


「よぉ、マオ。この前は助かったぞ。うちで買い物をする時はいくらか安くしとくぞ!」


「マオ君、また依頼を受けてくれない?誰も依頼を受けてくれなくて」


「マオ!これを持ってけ!前に助けてもらった感謝の気持ちだ!」


 多くの者たちがマオへと感謝をしている。

 そのことにアリストは目の前の男は街の者にかなりの貢献をしているのだと察することが出来る。

 アリストにとってもそれはマオを好意的に思える情報だ。


「もしかして、お前は街の者たちの依頼をよく受けているのか?彼らの反応からして同じ相手からの依頼を受けたのは一度や二度じゃないだろ?」


「そうだよ?基本的に俺は彼らの依頼を受けている」


 目の前の男に婚約者が惚れたのもアリストは納得しましそうになる。

 自分たちは街の住人が無事に過ごせるように常日頃から考え施行しているが、実際に行動しているわけでは無い。

 だが彼と一緒にいたら実際に行動して街の住人の嬉しそうな顔が見れそうだと考えてしまう。

 それが見たくて、もしくは見れて婚約者も一緒にいたいと惚れてしまったんじゃないかと予想してしまった。


「そうか………」


 アリストは嬉しそうな表情を浮かべ、マオは急にそんな表情をするアリストに首を傾げる。

 何が、そんなに嬉しいのかと疑問を浮かべる。


「おぉ、マオ。もしかして新しいパーティメンバーか?」


「一時的な者だけど、そう」


「相変わらず一時的か……」


 一時的と聞いて首を傾げるアリスト。

 普通は冒険者というのはパーティを組むような者たちではないかと考える。

 ソロなんて余程の実力者か自殺志願者ぐらいだ。


「一時的って、お前はパーティを組んでいないのか?」


「そ「そうなんだよ。こいつは強いからってパーティを組まないんだよ。挙句にはパーティを組んでいても足手纏い扱いするし……」事実だし」


 見た感じ自分より年下に傲慢だとアリストは思う。

 事実かもしれないが協力する必要性がある時はどうすrんだと思う。


「どれだけ実力が下でも優れている部分はあるんだ。もしかしたら一部分だけでも自分より優れているかもしれない。そんな相手に協力を求める場合はどうするんだ?足手纏いだと言われたことが原因で拒絶するかもしれないだろ」


「あはっ」


 アリストの忠告にマオはそれはそれでも良いと笑う。

 それで死んでしまっても誰にも文句を言う気も無い。


「死ぬ気か?」


「進んで死ぬつもりは無いかな?」


 マオの様子にアリストも自殺をするつもりなのかと問いかけるが否定される。

 死ぬ気は無くともソロで挑むなんて自殺行為だから止めておいて欲しい。

 知らない者が聞けば心配になってしまう。


「お前は自分の者が弱いと言っているが確かめたのか?」


「信じられないならギルドの皆に聞いたら?多分、俺が一番強いと言うよ」


 その言葉にギルドの受付に視線を向けると頷かれる。

 どうやら事実だと理解し、そのことに驚く。

 ギルドには様々な者がおり、中には全盛期だろう者もいる。

 それなのにマオの方が強いというのは信じられなかった。


「一応、言っておきますが一番強いのは彼です。誰も彼には勝てません………」


 ため息を吐きながら、そんなことを言うギルドの受付。

 マオがパーティを組まないことに不満を持っているからだろう。

 強いからこそ不要としてパーティを組んでいないことを不満に思っている。


「だからこそ誰も何も言えないのですが出来るだけパーティを組んでください。そうすれば私たちも安心することが出来ますので!」


「…………」


 ギルドの者たちもマオがパーティを組まないことに頭を悩ませているのだと知って死んだ目になる。

 そして自分にも頼みこんで来る姿にため息が漏れてしまった。


「…………それで今日はどんな依頼を受けるんだ?」


「これ」


 差し出されたのは畑の草むしりの依頼だった。


「は?」


「すいません。これを受けるので連絡してください」


「わかりました」


「え?」


 まさしく雑用の依頼を受けて、ギルドの受付はそれを慣れている様子で承諾する。

 このギルドで最強と言っていたのに、この依頼を受けるなんてアリストは信じられない気持ちだ。


「それじゃあ行くぞ」


 マオは呆然としているアリストの腕を掴んで目的の場所へと歩いていく。

 いつも同じ相手から依頼を受けているから場所は確認しなくてもわかっていた。


「おい離せ。手が離れていてもちゃんと後を付いていける」


 マオはその言葉に掴んでいた手を離す。

 たしかに幼い子供でも無いんだし手を離してもちゃんと付いてこれるはずだ。


「ああいう依頼って誰も受けていないのか?」


「そうだよ」


 アリストの疑問にマオは頷く。

 討伐や採取などの依頼は多くの者たちは受けるが、ごみ拾いといったまさしく雑用といった依頼は誰も受けない。

 だからこそ山のようにたまり、依頼を出した側も誰も受けないと思っている。

 それでも依頼を出すのは、受けてくれたら少しでも楽になれるからだ。


「そうか………」


 アリストはあれだけ雑用といって良い依頼が溜まっていることに考え込んでしまう。

 雑用とはいえギルドの依頼を出すということは、それだけ普段の生活が辛いのだろうと思ってしまう。

 この街を管理している貴族として週一回だけでも雑用の依頼を受けるように命じるべきかと考えてしまう。


「なぁ、何でお前は雑用を受けてくれるんだ?」


 そして、誰も受けない依頼をこなしていくマオの理由に興味が湧く。

 雑用とは面倒だからこそ、誰もやらない。

 それに報酬も低い。

 だからこそ理由が知りたい。


「依頼を受ける者がいないから受けると相手は凄く喜ぶんだよね。しかも終わったら、大抵ご馳走してくれるし。あと色んなことも教えてくれるし」


「農業とか?」


「他にも剣の握り方とか、薬の作り方、どういう店が名店とか。まぁ、いくつか使わない知識もあるけど……」


 マオの言葉にアリストは納得する。

 そういうメリットがあるのなら雑用の依頼を受ける価値は十分にある。

 だが、それは他に依頼を受けている者がいないからだろう。

 その上で何度も依頼を受けていたからこそ教えて貰えたはずだ。


「なるほど……。だからギルドで一番強くなったのか」


 本人の素質もあるが、教えてきた者たちの中には引退した強者もいるはずだ。

 それなら一番強くなったのも納得できた。


「…………」


 だが、そのお陰で一番強くなったのかと納得されてもマオとしては微妙だ。

 たしかに力にもなったが、教えてもらったのは知識だけ。

 教えられなくても強くなれた気がする。


「まぁ、そんなもんじゃないか?」


 だがマオはそれを否定するつもりは無い。

 否定したら否定したで面倒くさそうなのが理由だ。


「ところで草むしりだけど、その恰好で大丈夫なのか?汚れるぞ」


「………そうだな」


 パーティを組んでいる以上、貴族だろうがマオは仕事をさせるつもりだ。

 だが、その立派な服で草むしりをするのは色々と問題がある。


「ふむ……。服を借りることはできるかな?」


「身長的には大丈夫じゃないか?始めて行ったとき素手でやれば良いと思って、そのままで行ったら軍手とか服とか借りれたし」


「そうか……」


 それなら、このまま行っても大丈夫だとアリストは安心する。

 だがマオはこういった雑用を多く受けているらしい。

 このままパーティを組むのなら、汚れても良いような服装も準備する必要がある。

 家の者に指示を出して明日から使えるように手配をしようと考えていた。

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