シスターと③
「………予想以上に多い」
マオは迷宮で罠にかかった者を思い出して、呆れたようにため息を吐く。
これだけ多いと迷宮に挑んでも罠で死ぬものが多そうな気がしてくる。
「お疲れさまでした。明日もよろしくお願いしますね?」
そしてシスターとしてはマオに何度かイラっとしてしまったが満足な表情を浮かべる。
罠の解除や治療など多彩な活躍をしてくれて便利だった。
パーティを解散することになっても偶には手を貸して欲しいとは思うぐらいには助かった。
罠の解除に関しては解除ではなく破壊だったが助けることが出来るのなら、どちらでも良かった。
「………わかりました」
マオはため息を吐いて頷いた。
「一応言っておくけど、毎日があんなに罠にかかる者が多いわけじゃありませんからね?」
マオがため息を吐いた理由にシスターは思い至り、それを否定する。
先程も言っていたが、その日によって助けた相手の数は違うのだ。
今日は偶々人数が多かっただけだ。
「………本当に?」
「本当です。助けることになる人数は日によって違うと私も言ったでしょう?」
シスターのその言葉に思い出すかのように、そういえばと呟くマオ。
たしかに日によっては一人も怪我をしない日もあると言っていた。
「それなら大丈夫か……」
マオはこの難易度の低い迷宮で、多くの者を助けることになって将来が不安になるが、今日は偶々なのだと思い込もうとする。
これが普段からの人数だと将来的に増えていく迷宮を壊せなくなる。
その結果モンスターが迷宮から出てきて多くの人たちが死ぬ。
本気で鍛えるのに協力する必要があるのかもしれない。
「まぁ、最悪貴方にも勇者たちを鍛えるのに協力してもらいますね?」
「………」
しょうがないかとマオは諦める。
将来の冒険者や勇者が弱いと苦労するのは自分だ。
そうなると自分に襲ってくる相手は出来る限り手加減しないといけないことになる。
それが酷く面倒だった。
襲われているのに何時までも優しく手加減をしないといけないのはストレスが溜まる。
以前はデート中だったのもあって爆発したが、それも我慢しないといけないとなると苛立ちを覚えてしまう。
「………本当に面倒くさいなぁ」
「それでもお願いします」
「わかっています。デートの邪魔をされたらムカつくだけで……」
「…………」
マオの言葉に何とも言えなくなるシスター。
自分に恋人がいないから腹が立つが気持ちは分かってしまう。
プライベートの時にまで襲われたくない気持ちは分かる。
だが教え導く者だから止めなくてはいけない。
マオとパーティを組んだのも、それが理由の一つなのだ。
「ところであなたはキリカのどこが好きになったのか教えてくれません?」
楽しそうに質問してくるシスター。
女性はそう言う会話が好きだなとマオは思うs。
そして最初に惹かれたところを思い出す。
「可哀想は可愛い?」
「ん?」
マオが思い出すのはキリカが仲間を奪われたショックで泣いていたところ。
その泣き姿がとても可愛くゾクゾクしたのをマオは思い出す。
「あとは俺の暴力行為を受け入れているところ?」
「暴力行為?」
暴力行為と聞いて目を鋭くさせるシスター。
もしかしてキリカに暴力を振るっているんじゃないかと想像する。
そうなら、どんな手を使ってもマオからキリカを離してやろうと考える。
「キリカに暴力を振るっているのですか!?」
「してませんよ?」
「え?」
「ん?」
暴力行為を受け入れているというから、キリカに暴力を振るっているのかともったが反応からして違うらしい。
どういうことかとシスターは首を傾げてしまう。
「暴力行為を受け入れているって言ってなかった?」
「言いましたけど、キリカに振るっていませんよ?」
「それなのに受け入れている?」
「はい。あぁ、暴力を振るう相手はキリカじゃなくて俺を襲ってきた相手ですよ?」
暴力を振るう相手と聞いて、それなら当然じゃないかとシスターは思う。
相手は襲ってきた相手だ。
むしろ受け入れてもおかしくは無い。
「結果的に殺してしまったことに怯えたり、引いたりした者もいますけどキリカは呆れただけですし」
「……」
あの娘も中々にヤバいのかもしれないとシスターは思う。
少しは他の反応もあっても良いのに呆れただけなのは問題だ。
というより元教師としては怒って欲しいと思う。
「なるほど残虐性も受け入れてくれるからですか……」
他の者だったら怯えたり、距離を取ってしまうのだろう。
その中で普通に受け入れてくれるキリカはマオにとっても貴重な存在かもしれないと納得する。
「そういえば何ですけど……。本当にキリカとカイルは呪われていないんですか?かなりの数をパーティを解散されたり奪われたりしているんですが?」
「………私の知る限りでは呪われていない筈なんですよ」
頭痛を堪えるように手を頭に当てて苦悶の声を上げるシスター。
どうやらシスターも何でカイルとキリカの二人が何度も仲間を奪われてしまうのかわからず頭を抱えてしまうらしい。
「そうですか……」
なら何が原因なんだろうとマオは思う。
だがマオとしては原因が知りたいだけで解決したいとは思わなかった。
何故なら、その方がキリカに近い男性は自然と離れて行くからだった。
「マオ!」
離れたところがキリカが声を掛けてくる。
そして近づいてくる姿にマオはキリカを迎え入れる。
視線の奥にはマオを睨んでいる者もおり、マオはそれを確認して見せつけるようにキリカの腰を抱き寄せた。
「きゃっ!」
「あ……」
更に強く睨む男。
シスターもそれに気づいてマオに呆れた視線を向ける。
「きゃああああ!!」
「ああああああ!!」
続く黄色い歓声と女の子を抱きしめていることに対する男の嫉妬の声。
見られていることにキリカは顔を赤くし、マオは丁度良いとニヤリとする。
「はぁ」
「……っ」
それに気づいたシスターはため息を吐き、睨んでいた男は歯ぎしりをした。
「それで何の用?」
「丁度良いし、夕食を一緒にしよう?」
「良いよ。どこにする?」
「いつもの酒場で良いじゃない」
キリカはそう言ってマオの腕を組んで引っ張る。
それを見て本当に付き合っていないのかと見ていた者たちは思う。
本当に付き合っていないのなら、さっさと付き合えと思ってさえいた。
「くそっ」
「何だ、お前。もしかしてキリカのことが好きなのか?」
キリカと同じパーティでマオを睨んでいた男が同じパーティの男に後ろから肩を組まれる。
それに対して顔を逸らすが同時に強い視線を感じてしまう。
「うおっ……!」
それは肩を組んでいた男も同じで誰が向けてきたのかと視線の正体を探そうとする。
「ねぇ……」
その前にキリカと同じパーティの女性が話しかけてくる。
二人は何の用だと振り向くが、その目は笑っていない。
「な……なんだよ」
「少し借りるわよ」
「え?」
「どうぞどうぞ」
女性の言葉に肩を組んでいた男はマオを睨んでいた男を素直に引き渡す。
マオを睨んでいた男は急なことに話しについていけない。
「それじゃあ借りるわね」
その言葉に頷くとキリカと肩を組んでいた男以外は全員、マオを睨んでいた男と一緒に何処かへと行く。
その様子に肩を組んでいた男は何で女性全員で行くのか疑問に思いながら見送る。
だが何で女性全員で行くのかは興味を持ち、何があったのか翌日に聞こうと考えている。
「今日は俺ももう家に帰って休むか……」
残っているパーティメンバーは自分一人。
酒場に行けば友人もいると思うが今日はゆっくり休んで明日に備えようと思っていた。
「それにしても……なぁ」
何で女性陣に連れられた男はキリカを好きになったんだと思う。
マオとの間に勝てる姿が全く想像がつかなかった。
酒場は相変わらずの騒々しさだった。
マオを見かけるとからかい交じりに今日もミルクを頼むのかと声を掛けてくる。
それに対してマオもそうだと返した。
「ははは。そうかそうか。たくさん飲んで大きくなれよ」
「当然。まだまだ俺は身長が伸びる余地はあるし」
その言葉に確かにそれもそうだと幾人かの成人たちは頷く。
そして逆に成長しきって、地が小さいことを気にしている者たちは様々な視線を送っていた。
羨ましいと思ったり、自分と同じことにならない様に気に着けている姿に感心したりと様々だ。
特に感心している者たちは、それなら大きくなるためにもっと飲めとミルクを奢ろうとする。
「そうだな。それなら奢ってやるよ」
「他の食べ物が入らないから止めてください」
楽しそうに言う大人たちにマオは止める。
有難いが飲み物で腹がいっぱいになるのは避けたかった。
「いやいや、素直に受け取れって」
「飲み物で腹がいっぱいになったら何も喰えないじゃないですか。嬉しいけど勘弁してください」
マオが必死に何も喰えなくなるからと頼み込んで奢ろうとした者たちも止まる。
身長を伸ばしたいならミルクをたくさん飲めば良いと思うが、飲み物だけだと直ぐにお腹が空くからしょうがないかと諦める。
だがどうせなら食べ物と一緒に飲んで欲しいと考えていた。
「………マオって恐怖もされているけど可愛がられているよね」
「そうか?」
「そうよ。じゃないと奢られるわけないじゃない」
それもそうかとマオも納得する。
だがどうして可愛がられているのかマオ自身も理由が分からない。
「…………なんでだ?」
「さぁ?」
マオの疑問にはキリカも首を傾げる。
だがキリカのそれは形だけだ。
本当はいくつか予想がついている。
例えばマオは強すぎるが、同時に酒場でミルクを頼むようなことをやらかしたりと欠点もよくある。
襲われたから、やり返すという点も未熟さを目立たせている。
もしかしたら、そういう欠点が目に付くからこそ強いだけの子供だと受け入れられているのかもしれない。
欠点が目に入らず、完璧だと思われていたら可愛がられるどころか嫌われていただろう。
「そういえばマオ」
「何ですか?」
「お前ってモテているの気付いているか?」
「は?」
「え?」
モテているという言葉にマオはこいつは何を言っているんだと呆れた視線を向け、キリカはどういうことかと視線を鋭くさせる。
その強さから人気があるのは理解してはいるが詳しいことを聞きたかった。
「どういうことですか?」
キリカは迫力のある笑みを浮かべて、そのことを教えてくれた相手に質問する。
その様子にマオは少しだけ気圧され、教えた相手と話が聞こえていた者たちは顔をニヤニヤとする。
「マオって強いだろ?それだけ強ければモテるんだよ。なぁ?」
最後には周りの皆に同意を促すように確認するが全員が頷いていた。
そしてマオは自分のことながら、そうなのかと反応する。
自分がモテていることに、そこまで興味は無かった。
そしてキリカは理由は良いから、どれだけの女の子にマオが人気なのか知りたくて更に圧を掛ける。
キリカとしては大体でも良いから惹かれている女の子の数を知りたかった。
「そんなものか……」
「当り前でしょ。強ければ強いほど自分を護ってくれるんだし強い男は惹かれるわよ」
「お前も……?」
「………否定しないわ。きっとマオが強くなかったら、ここまで親しくはならなかったんじゃない?」
キリカの言葉に聞いていた者たちは自爆していると思ってしまう。
そんなことを言われたら流石にマオもキリカから距離を取ってしまうんじゃないかと予想してしまう。
「それもそっか」
だがショックを受けると予想していたマオは平然としていて、キリカはそれを当たり前のように受け止めている。
もしかしたらキリカは先程の言葉程度では傷つかないという確信があったのかもしれない。
それは自分がどれだけマオのことを理解しているのかと示しているようで、マオのことに惹かれている他の女に牽制しているように思えてしまう。
「だいたいマオだって私のことは勇者でもない限り興味を持たなかったでしょう?」
「否定はしないよ」
そしてマオもキリカと同じように普通は聞かれたら傷つくようなことを言葉にする。
正直、本当に二人は好き合っているのか疑問に思い、似た者同士だから惹かれ合っているのかと考え直す。
「そうでなかったら特徴が他になくて記憶に残っていないんじゃないか」
「否定できないわね」
だからキリカとしてはマオと仲良くなれたことに胸を張る。
勇者であって記憶に残っていても、結局仲良くなれるのかはお互いの相性と仲良くなろうとする行動力だ。
カイルも一緒に行動していたが、自分たちから行動した甲斐があってマオと仲良くなれたのだと自負していた。




