シスターと②
「マオ。夜に街の外でモンスターと戦っていたと聞いたけど本当でしょうか?」
「事実ですけど、どうかしましたか?」
怒りで赤く染めた顔で質問してくるシスターにマオは肯定する。
マオの呑気な様子に怒っている姿を確認している者たちは何をのんびりしているんだと思ってしまう。
「夜のモンスターは危険だと教わらなかったのかしら?」
「死んでも俺の責任だろ?それに夜の方が奇襲とかに対しての訓練になる」
「…………」
シスターはマオの言葉にイラっと来る。
たしかに死んでも責任はマオになる。
だが心配していることがわかっていない。
今も止めなかったり注意をしていない責任を心配しているんじゃないかと予想してしまう。
教え子の中にも偶にいたから分かってしまう。
自分を案じて心配しているのではなく、自分の責任になるから心配しているのだと勘違いしているのだと。
「一応言っておきますけど、私はあなたのことを心配して行っているのです。あなたを止めなかったらと責められるのを心配しているわけではありません」
「………ふぅん」
マオの反応にシスターは信じていないと理解できてしまう。
ここは長く付き合って信じてもらうしかないと分かっていた。
パーティを組む間に信頼させていこうと考える。
「まぁ、良いや。それで今日は一緒に迷宮に挑みますか?」
「………そうですね。どうせだし一緒に挑みましょう」
マオの提案にシスターも頷く。
難易度の低い迷宮に挑むことして、ついでに色々と聞こうと考えていた。
「この迷宮にするんですか?」
そして選んだ迷宮は本当に難易度が低く、それこそ初めて迷宮に挑む者たちが挑戦するような迷宮だった。
「えぇ。初めて迷宮に挑む者が多いからか、どうしても罠にかかる者が多いのです。だから偶にこの迷宮に挑んで多くの者を助けています」
「………あぁ、なるほど」
たしかに初心者用の迷宮だが罠の種類も数も非常に多い。
マオが視線を周りに向けると、明らかに初心者でない者も挑んでいる。
初心者しか挑まないと思ってたのはマオの勘違いらしい。
「それじゃあ、この迷宮に挑みながら人助けをしますよ?」
人助けをすると聞いてマオは偶には良いか、と思いながらシスターの後を付いて行った。
「そういえばだけど、カイルが教師を目標にしていたのを知っていたのですか?」
「前に聞いたことがあるので……」
シスターは迷宮に挑みながらマオに確認する。
それに対してマオも頷く。
「そしてカイルが私に質問することも?」
当然だという顔でマオは頷く。
そのことにシスターはため息を吐き、そして納得する。
どうりでマオが教師をやっていたことを確認したり、怖がられていると愚痴をこぼしたときに楽しそうに笑ったのだと理解した。
元教え子に頼られて嬉しそうにする姿が予想できていたのだろう。
「はぁ……」
シスターはため息を吐く。
マオの予想通りに動いてしまっている。
「………それにしても、こういう迷宮って各地にあるんですか?」
こういう迷宮と聞いて指すのは初心者用に丁度良い迷宮があることだろう。
シスターは確認をしながら否定する。
「こういうって言うのが初心者用というのなら珍しいでしょう。普通はこの地のように初心者用、上級者用と様々な難易度がありません。難易度が低い迷宮が集まったり、逆に難易度が高い迷宮が集まったりしているのが基本です」
「偏りがあるんだ?」
「えぇ。そのことに興味を持って調べている学者もいるぐらいです」
シスターの言葉にマオは面白そうに笑う。
そのことがシスターは気になる。
先日も予想をしていた時も笑っていたからだ。
「今度は何を良そうしたのでしょうか?教えていただきませんか?」
「この地も更に発展しそうだなって思っただけですよ?」
マオの言葉を聞いてシスターはあり得ると予想する。
様々な難易度の迷宮に挑めるのだ。
新しく冒険者になる者を鍛えるには丁度良かった。
「まぁ、そうね。だから私もこの地に来ることになったんでしょうし……」
将来的にはここでまた勇者を鍛えることになるのだろうと想像する。
そして隣には今より成長したかつての教え子が一緒に教えることになると未来が楽しみになっていた。
「教え子と一緒に教師として働けるのって嬉しいものなのか?」
「えぇ。当然でしょう?教え子が自分と同じ職業に就いているのだから嬉しくなりますよ」
そんなものなのかとマオは受け入れる。
そしてカイルに将来の夢の為に色々と教えているようだから、教えた生徒の夢がかなった姿が見られるのなら嬉しいのかもしれない。
「そんなものか……」
「えぇ、そんなものです」
マオの納得したような言葉にシスターは後押しする。
そしてマオも将来、就きたい仕事が相談に乗ろうとシスターは考えていた。
まだまだ若いどころか幼い。
成人するまで数年もある。
あのマオがどんな仕事に興味を持つのか楽しみだ。
「………それでマオは今、どんな仕事に就きたいと思っているのかしら?何時までも現役でいるのは不可能ではないけど、もしかしての時のために考えていた方が良いわよ」
「…………」
そう言われてマオは何も考えていないことを自覚する。
今が大丈夫なら未来も大丈夫だろうと無意識に考えていた。
たしかに今のうちに何か考えていた方が良いのかもしれない。
「まぁ、今はそんなことよりも迷宮を進んでいきましょう」
難易度が低いが迷宮に挑んでいるのだ。
命の危険が低いとはいえ何時までも会話に集中しているわけにはいかない。
「きゃぁぁ!!」
そして悲鳴が聞こえる。
マオたちは急いで悲鳴の聞こえた場所へと走っていた。
「クソっ!?」
「すまない、助けてくれ!」
マオとシスターを助けを求める冒険者たち。
一人が罠にはまって足を上から潰されており、そこから脱出させようと手を尽くしていた。
「わかったわ……?」
シスターが頷き力を貸そうとするが、その前にマオが上から冒険者の足を潰している罠に近づく。
何をする気なのか?
どうして手を貸してくれないのかと疑問に思う。
「いや壊せよ」
そしてマオは上から足を潰している罠を蹴り壊す。
蹴り壊した破片がぶつかるが誰も何も言えない。
普通は上から潰してくる罠を少しでも持ち上げて抜け出したりするのに、マオはそんなことをせず罠そのものを壊したせいだ。
「マオ?」
「え……。え……」
普通、罠を壊すという発想には思い浮かばない。
いたとしても少数だろう。
そして思いついたとしても壊せるものは更に少数だと想像出来てしまう。
試しに砕かれた破片を手にして見るが、あまりにも硬く砕ける気がしないと考えるのが殆どだった。
「あとは治療もしないとな……」
そう言ってマオは更に足を潰された冒険者を回復させる。
潰されていた足がみるみるうちに治っていく。
マオは回復魔法にも長けているのかと治療された者たちもシスターも思う。
正当防衛とはいえ凄惨な現場を作ったこともあるマオからは得意というイメージが湧かない。
「回復魔法、得意なの?」
「ソロ専門だと必要ですね。誰も助けてくれないですし……」
まぁ、そうだろうなと思う。
回復魔法で怪我や毒などを治せなきゃ迷宮なんて挑めない。
何であろうと全て自分で解決できなきゃいけない。
やはりソロよりパーティを組んでいた方が遥かに安全だとシスターは思う。
そして、それは助けられた者たちも同じだ。
彼らもまだまだ弱く罠にかかってしまうが何度か迷宮に挑んでいる。
それで分かったのは迷宮に挑むには協力することが必要な事。
それなのにソロで挑んでいるマオが信じられなかった。
「ありがとうございます……」
パーティメンバーは治してくれたことに恐る恐る礼を言う。
マオの起こした事件を知っているから恐怖をしている。
今も急に殺されてしまんじゃないかと恐怖していた。
「ふぅん………」
目の前にいるパーティメンバーたち自分に対して恐怖を覚えているのを見てマオは楽しそうに笑う。
自分に対して怯えの視線を向けられるのは少しだけ気分が良くなる。
だが勘違いされたままなのは嫌だから否定する。
「一応、言っておくけど俺は相手から何かしてこない限り手を出すことは無いよ。あいつらも何度も襲い掛かってくるから、ついやってしまっただけだし」
そのついが恐ろしかった。
それまではずっと気絶をさせて武器を奪うまでだったのに、初めて死者を出してしまった。
気まぐれで殺されてしまうんじゃないかと思ってしまう。
「大丈夫だって。………後ろから奇襲を仕掛けて来ない限りは」
「「「「そんなことはしません!!」」」」
最後の方に付け加えられた言葉に助けられたパーティメンバーたちは絶対に奇襲しないことを誓う。
そんなことをすれば殺されるだろうと理解してしまっていた。
「はぁ……」
シスターはマオの行動にもはや脅しじゃないかとため息を吐いてしまう。
だが止めることをしないのは、それが必要なことだと分かっているからだ。
偶にいるのだ。
助けに来たのに、それを裏切って背後から攻撃しようとする者が。
そういった者がいるから相手が助けたことのある相手だとしても気を抜くことは出来ない。
正直、代わりに脅してくれて助かったとすら思っていた。
「大丈夫ですよ。私もいますし、信用してください」
「シスター………」
縋るように見てくる助けたパーティたち。
シスターという職業はこういう時に便利だと常々思わされる。
この職業だと言うだけで信頼を得るだけの積み重ねを重ねてきた先達には頭が下がる思いだ。
「ところで怪我を治しましたが戻れますか?無理なら一緒に迷宮から脱出しましょうか?」
「いえ!大丈夫です!!」
一人がそう言うと全員が示し合わせたかのように同時に頷いて拒否をする。
その様子にシスターはマオを睨む。
完全に自分達に対して怯えてしまっている。
もしかしたらマオがいなかったら一緒に迷宮から脱出していたのかもしれない。
「そうですか………。なら気を付けてくださいね?」
「「「「はい!!」」」」
シスターを天使か何かを見るような目で見て頷く助けたパーティたち。
隣にいるマオとの比較のせいだろうと想像出来てしまっていた。
「天使を見るような目で見られていたけど、前にも助けたことがあるのか?」
「違いますよ。貴方が怖いから比較して私が天使に見えただけです」
マオの疑問にシスターは否定する。
怖がられていることをきちんと認識して欲しかったのもある。
後は天使のように見られたことによる照れ隠しだ。
「向こうが何もしなければ俺も何もしないと言っているのにな……」
怖がれていると聞いてマオは苦笑する。
向こうが何もしなければ暴力も振るわないと言っているのに怯え過ぎだと思っていた。
それとも後ろから奇襲でも仕掛けようとしていたから怯えていたのかと想像してしまう。
「それでも怖いものは怖いのでしょう?貴方は今までは命だけは奪わなかったのに急に奪ってしまったんですから……。相手の方が悪かったとしても見ていた者からすれば恐怖の対象になるでしょうね」
シスターの言葉にマオはそんなものかと納得する。
だが後悔は無い。
何時までも襲っておいて命を奪われないと考えている方が悪いとマオは思っていた。
「そういえば普段は何人、助けているんですか?」
毎日、こんなことを続けているのならかなりの数を助けているのだろうと思ってカイルは疑問をぶつける。
だがシスターは首を傾げて考え込んでいた。
「シスター?」
「悪いですけど日によってかなり違いますね。一人も危険な目に遭っていない日もあれば、多くの者が危険な目に遭っている場合もありますし……」
余程普段から助けている人数はバラバラなんだとマオは想像できてしまう。
それなら出来ればシスターと一緒に行動している間は危険な目に遭っている者は少なくなって欲しいとマオは祈る。
その方がかなり楽出来そうだった。
「ところで教え子時代のカイルとキリカについて教えてもらって良いですか?」
「良いですよ」
互いに共通の知り合いがいるせいで、どうしても話題に上がってしまう二人。
シスターは気まずい時間が流れるよりは良いと思い二人の過去を話し、マオはそれを聞いて何か二人をからかうネタは無いかと集中して聞いていた。
「ん………?」
「え………?」
同時刻、カイルとキリカの二人は嫌な予感が反応してしまう。
だが二人とも何も起こらなかったため気のせいだと判断してしまい、今のパーティメンバーと一緒にギルドの依頼へと挑んでいった。




