ダンジョンでの救けと怒り③
「…………うるさいなぁ」
「マオ?」
マオの言葉にカイルは肩を震わせる。
何か機嫌を悪くしてしまう何かがあったのだろうかと警戒してしまっていた。
「あぁ、ごめん。悲鳴がさっきから何度か聞こえてうるさいんだよ……」
忌々しそうに文句を言うマオ。
そう言われると確かにカイルも僅かに悲鳴が聞こえてくる。
「………こんなに今日は実力の見合わない冒険者がダンジョンに挑んでいるのか?」
「あはは……」
マオの言葉に否定できないカイル。
ここまで多いと助ける気にもならない。
誰を助けても何で自分は助けてくれなかったんだと文句を言われそうだ。
「カイル」
「何だ?」
「お前には悪いが俺は助ける気は無いからな?」
「わかっている。これだけの悲鳴の数で全員を助けられるわけが無いから文句は無いし、俺も助ける気は無いよ」
マオの確認に言葉に頷くカイル。
流石に全員を助けるのは物理的に不可能だ。
それにダンジョンで死んでも普通は自己責任なのだ。
後で死んだと聞いても罪悪感を感じる必要は無い。
「取り敢えず、助ける場合は目の前にいた場合だな………」
結局、助ける気なのかと思うが考えを改める。
目の前でモンスターに襲われていたら、次は自分達に襲い掛かってくるのかもしれないのだ。
その前に攻撃をするべきだし、その結果助けることになるのかもしれない。
「はぁ………」
深くため息を吐くマオ。
カイルもため息を吐く理由がわかるため苦笑していた。
「本当に現れないな………」
ダンジョンに挑みモンスターと遭遇するのも三桁に届くんじゃないかとカイルは思う。
それだけの数がいて一体も探しているモンスターと出会っていない。
やはり物欲センサーが働いているんじゃないかと考える。
「…………やっぱり悲鳴を上げている奴らの元へと行くか?」
「どういう意味だ?」
マオの言葉に疑問を浮かべるカイル。
助ける気は無いと言っていたのに、急な方針転換に疑問がわく。
「取り敢えず悲鳴を上げている奴らを襲っているモンスターが探しているモンスターの可能性があるだろ?」
「あぁ……」
納得をする。
どれだけ探しても見つからないのなら今悲鳴をあげているものたちを襲っているのかもしれない。
今見つからないからこそ良い案だと思う。
「それにいい加減に耳障りで不快だ……」
すごく苛ついている様子のマオ。
モンスターを探す以外にも理由があるみたいでカイルはため息を吐く。
むしろ、そっちが理由なんじゃないかと呆れていた。
「そんなに耳障りなのか?」
「しょうがないだろ……。たまに甲高い声が聞こえてきて耳に響くんだよ……。この感じだと女性もいるのかよ………」
確かに偶に女性の悲鳴を聞こえるが気にするほどかとカイルは思う。
マオが苛ついているのは絶対に他にも理由があるだろうと思っていた。
「そうか……。取り敢えず悲鳴が上がっているところへと行くぞ」
カイルの言葉にマオは頷き、悲鳴の元へと進んでいった。
「っ………」
そして走り始めたマオの様子を見てカイルはやっぱり女性の甲高い悲鳴だけが理由じゃないなと確信する。
先程から女性だけでなく、男性の声にも煩そうに反応している。
「なぁ、カイル」
「どうした?」
「スピードを上げて良いか?」
当然だと頷くカイル。
これ以上速度を上げられても余裕があるから付いていける。
「わかった」
そう思っていた。
「は?」
目の前にいたのに、あっという間にマオの後ろ姿が見えなくなる。
どこに行くのかは悲鳴が聞こえてきて分かるが、マオとの差にカイルはショックを受けてしまう。
少しは近づいていると思ったのに、それ以上に引き離されてしまっていた。
「ふざけやがって……!」
だから何だとカイルは更に速度を上げてマオに追いつこうとする。
「うわぁ………」
そして辿り着いた先にはモンスターの肉の破片らしきものが辺りに散らばっている光景だった。
「きゃああ!!」
「くそっ!!」
目の前のモンスターにカイルが離脱したパーティのメンバーたちは必死に抗っているが相手にもなっていなかった。
「ぐっ!」
モンスターの一撃で吹き飛ばされてしまい、盾も落としてしまう。
もう立ち上がる力も残っていない。
「そんな………」
目の前にいる前衛たちは武器を手に取って構える力も残っていなく、自分たち後衛も回復できる力も攻撃する力も残っていない。
自分達はここで死ぬんだと絶望した。
「グルルルル!!」
モンスターが自分達を見てうなり声を上げてくる。
もう死ぬしかないとへたり込んでしまった。
「ガァァァァァ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!!!」
そして牙を向けて襲い掛かってくるモンスターに女は悲鳴を上げた。
その次の瞬間、涎をたらし牙を向けてきたモンスターの身体が弾け飛んだ。
全く刃が突き刺さらなかったモンスターの身体が肉片となり、辺りに散らばる。
そしてモンスターの血を大量に浴びてしまう。
「…………」
助けてもらったとはいえ大量の血の浴びたことに文句を言おうと相手を確認する。
そこには冷めた目で自分達を見るマオがいた。
「あ………」
その冷めきった目に文句を言おうとした女は身体を震わせる。
それは女だけではない。
男も身体を震わせていた。
「お前らは弱いくせにこのダンジョンに挑んだのか?……さっきから悲鳴とか響いてうるさかったんだが」
忌々しそうに文句を言うマオに誰も何も言えない。
そんなことよりも圧倒的なマオの実力に眼が焼き尽きてしまって、どうすれば隣に入れるのかパーティを一緒に組めるのか考えてしまう。
「ねぇ、私達と一緒にパーティを組まない?きっと良い関係になれると思うわ」
「この程度のダンジョンでボロボロになる奴らが何を言っているんだ?」
女の言葉に頷く助けたパーティの者たち。
マオは助けた者たちの言葉に本気で困惑する。
パーティを組んだとしても足手纏いになる姿しか見えなかった。
「確かに私は弱いけど、貴方がいるから大丈夫じゃない」
何を言っているんだと目の前の女にマオの視線は冷めきってしまう。
自分に寄生する気満々の元と絶対にパーティを組みたくないと思う。
こんなことを言われるぐらいなら助けない方が良かったと後悔する。
しかも襲っていたモンスターはこのダンジョンでも強い部類だが、狙っていたモンスターじゃない。
踏んだり蹴ったりだ。
「マオ?」
そしてカイルが到着する。
「お前は……」
「あ……」
カイルとマオが助けたパーティが顔を合わせると互いに指差す。
もともとは一緒のパーティだからこそ、このダンジョンで再開したことに驚いていた。
「もしかして一緒にパーティを組んでいるの……?」
一時的にとはいえ、それが事実だからこそカイルは肯定する。
そして信じられないとマオへとも視線を向けられるが頷かれて肯定されてしまう。
「そんな………」
「私たちがダメで、何でカイルは良いんですか!?同じパーティだったんですよ!?実力に差は無いはずです!!」
「何を言っているんだ?カイルはお前たちが全員揃って挑んでも勝てないぐらいには実力はあるぞ?」
元パーティの言葉にカイルは苛立ちを覚えたが即座にマオが否定してくれたことに気を良くする。
マオから見ても自分の方が強いと判断されていて安心していた。
「は?」
だが向こうは納得していないらしい。
自分達と実力はそう変わらないはずだと必死だ。
「…………なら、戦って見るか?と言っても実際に戦うかどうかはカイル次第だけど」
マオはそう言ってカイルを見る。
決めるのはカイルだと、どちらを選んでもどうでも良さそうにしている。
「ならダンジョンを抜けた後に戦うか?」
「はぁ?勝てると思っているの?」
「当然だろ?」
このダンジョンのモンスター程度にボコボコにされているのだ。
カイルが勝てる自身は当然のようにあった。
「それじゃあダンジョンから脱出するか……」
今日はもう依頼は諦めてダンジョンを脱出することを提案するマオ。
カイルも助けたパーティもマオの提案に頷く。
さっさと戦って決着をつけ、どちらが上かハッキリさせたかった。
「嘘だろ……」
ダンジョンを脱出する際にも当然モンスターは襲ってくる。
それをカイルとマオは当然のように倒して進んでいく。
自分達ではどうしても勝てなかったモンスターをマオが処理していくのは、あまり見たくなかった。
「俺たちは勝てるのか……?」
カイルより下だと認めなくなくてどちらが上なのか戦って決めることにしたが、全く勝てる気がしなく弱気になってしまう。
「何を弱気になっているのよ……。私たちはパーティの皆で勝負を挑めて、向こうは一人なのよ。勝てるに決まっているじゃない!!」
その言葉に頷こうとするが、目の前でモンスターを倒している姿を見るとどうしてもやはり無理なんじゃないかと思ってしまう。
パーティ全員で挑んでも相手にならなかったモンスターを一度に複数体倒しているのだ。
見ているだけでも圧倒的な差があるのだと理解できてしまう。
「じゃあ勝てるとお前は本気で思っているのか!?」
「………それは」
言い返されて黙ってしまう。
だけど認めてしまったら自分達が足を引っ張っていたことを認めざるを得なくなる。
それだけは嫌だった。
カイルは簡単に女に引っかかり貢いでくれる。
そんなバカな男が自分より上だとは決して認めたくない。
今までもずっと自分達を気付かない間にフォローしていたなんて受け入れたくなかった。
「じゃあ簡単に貢いでくれるような奴が私たちより格上だと認めるの!?」
「ぐっ……」
だが更に言い返された言葉にうめき声を上げてしまった。
簡単に女に騙されて利用されるような奴が自分達より格上だなんて認めたくはなかった。
「私は絶対に認めないわ……」
それに同意して頷く者もいる。
そしてカイルの本来の実力を見て、認めたくなくても相手の方が格上だと受け入れなきゃいけないと考えている者もいる。
その者たちはカイルと戦うのを拒否をしたかった。
どうしてもカイルに勝てるビジョンが見えなかったせいだ。
「お前………」
「………。何も言わないでくれ」
マオとカイルの二人はモンスターを倒しながらも後ろのパーティの会話が聞こえてくる。
その内容に案外、カイルも悪いのではないかと考えてしまう。
「女好きで直ぐに貢ぐ軽薄な男だと思われていないか?」
「言うなっつってんだろ!!」
マオが話を続けたことに文句を言うカイル。
何で、そう思われてしまったのか頭を抱えてしまいたくなる。
「というか、そんなに貢いでいるのかお前……。つい最近も貢ぐために一緒にダンジョンへと挑んだし」
「…………」
マオの言葉にカイルは顔を逸らす。
これまではカイルの恋愛事情はカイルのだけのものだと口を挟むつもりは無かったが、そんなに貢いでいるのなら話は別だ。
これ以上は協力したくないから口を挟む。
「だって、物を貢いだ方が彼女も喜んでくれるし……」
「それで完全に貢いでくれる者扱いになっているんじゃん。もう少しは控えろよ」
なんでも貢いでくれるから都合の良い奴扱いされているんだろうとマオは考える。
もう少し抑えれば、都合の良い奴扱いされなかったのかもしれない。
「ん……?」
そしてマオはダンジョンへの帰り道の最中、目を細めて現れたモンスターを見る。
更にカイルの腕を叩き、目の前のモンスターを確認させる。
「何だ……よ!?」
そしてカイルも目を見開いて驚いた。
それも当然だろう。
珍しいはずのモンスターが目の前にいたのだから。
「取り敢えず内臓を残せば大丈夫だよな……」
「あぁ。必要なのは内臓だから、そこを傷つけるなよ……って」
カイルにも確認をすると同時にマオはモンスターの首の骨を折って殺す。
こうすればモンスターの内臓は傷つかないだろうと思っての行動だった。
「よしっ!じゃあ持っていくか」
マオは予想では数日かかると思われていたモンスターを見つけれたことに機嫌がよくなる。
そしてモンスターを魔法の袋へと入れた。
この袋は許容する限りいくらでも中に入れることが出来る便利な道具だ。
ただし、複数中に入れたらどれがどれだか分らなくなってしまい基本的には単品か一種類の者にしか使えない。
武器と食料を一緒に入れたら悲惨な事になるし、あまりにも多くの者を入れていたら急いで必要な物を取り出したいときに手間がかかってしまう。
だから他の者もいくつか分別して使っている。
「はぁ………」
「うわぁ……」
「おぉ………」
マオの行動にため息を吐いている者もいれば、感動している者もいる。
あまりの早業に見えなかったせいだ。
特に感動している者たちはどうすればマオとパーティを組めるのか必死に頭を働かせていた。




