運命
店に着くまでお互い一言も喋らず黙ったままだった。
古い見た目の趣のある建物に着いた。
そこは小さな灯りが点っているだけで薄気味悪い雰囲気のある建物だった。
人も1人も見当たらなく、本当に店なのかどうかも怪しい。
エリサは戸惑いながらリカルナの服を掴むと、気付いたリカルナはチラリとエリサを見て薄く笑い、そのまま手を繋ぎ中に入って行った。
中に入るとカウンターに男が1人居て、軽く会釈をすると奥の扉をあけた。
扉の奥には地下へと続く階段がある。
手を引かれるがまま地下へと降りると、広い部屋へと着いた。
どうやら広間のようだ。
中も薄暗く、所々に人がいた。
「リカルナ様、ようこそお越しくださいました。こちらです」
スーツを着た歳のいった男の人が近付いてきて、一礼をした。
顔を上げると同時にエリサを品定めをするかのように見た。
その視線に気付いたエリサは、リカルナの影に隠れた。
男はエリサから目を離すと、奥へと足を向けた。
その様子に気付いているのか気付いていないのか分からないが、エリサの手を握り直し、男の後を着いて行った。
周りから、好奇心や嫌悪感などといった視線がエリサへと向けられている。
エリサは恐怖心に襲われ、知らず知らずの内にリカルナの手を強く握ってしまっていた。
男に連れられて来た所は、広間から少し離れた、区切られた空間だった。
「ごゆっくりして下さいませ」
出入口の近くで一礼をして、またエリサの方をチラリと見た。
目が合ったエリサは身体を震わせ、慌てて目を逸らした。
人を見るような目じゃない。
何か獲物を見るような、食糧を見るような目。
エリサは震えが止まらなかった。
「リカルナ様、少々よろしいでしょうか。食糧の件で少し…」
男はエリサから目を離すとリカルナへと向き直った。
リカルナは眉を顰め舌打ちをしたが「すぐ戻ってくる」と一言残し、男に着いて行った。
リカルナが出て行って1人残されたエリサは、今まで耐えていた涙が溢れ出した。
出て行ってすぐに「少しいいかしら」と言う女の人の声が聞こえて、慌てて涙を拭った。
顔を上げるとそこにはかつてエリサが使用人として働いていた雇い人のドゥーイット家の娘、ジュリアが立っていた。
「え…」
思わぬ人物に目を見開き、小さく驚きの声が出た。
「貴方、綺麗な格好をして少しリカルナ様に気に入られているからといって、私達ドゥーイット家の恩義を忘れているんじゃありません?」
座ることも無くエリサの目の前に立ち、口元を扇で隠しながら見下ろしていた。
「〖嫁〗として選ばれたと言ってたけど本当の意味も知らないくせに…リカルナ様の隣に立つのは貴方じゃなく私だったのよ!あんな…あんな男の〖嫁〗になるぐらいならリカルナ様の食糧になって死ぬ事になってもリカルナ様の一部になった方が幸せよ!」
目の前で怒鳴るジュリアにエリサは訳もわからず「しょく、りょう…?」と聞き返した。
「あら、人間が吸血鬼の〖嫁〗に選ばれると言ったら〖食糧〗と言う意味じゃない。貴方は捨て子で使用人だったから知らないと思うけど、町の人達は全員知っているわ。〖嫁〗に選ばれると血を与える代わりに長い時を一緒に過ごせ、美しいまま歳を取る事が出来るの。リカルナ様は吸血鬼達の頂点に立つ御方。最も美しく強く、〖嫁〗の私も吸血鬼達に命令が出来て好きに出来るの。一生何不自由なく幸せに過ごせるの。それなのに…」
頬を染め心酔しているかのように語ったかと思うと、睨みつけるかのようにエリサを見た。
「どうして使用人如きの貴方がここに座っているのよ。どうして私があんな下級吸血鬼の男に血を与えなきゃいけないのよ!」
感情が高まっているのか甲高い声が響いている。
周りの人は成り行きを見ている。
「下級吸血鬼?お前は誰の事を言っているんだ?」
いきなり男の声が聞こえ、声が聞こえた方に顔を向けた。
そこに立っていたのはリカルナだった。
「血を与えなきゃいけない?お前は何を言っているんだ?」
ジュリアの後ろに立ち、抱き締めるような形で顎を掴みながら耳元で囁くように言っている。
「リ、リカルナ様…!」
耳元にダイレクトで響くリカルナの声に顔を赤く染めている。
「お前は俺の屋敷を追い出された後すぐに渡した金で自らを嫁にしろと押し入った挙句、お前自ら無理やり血を与えたんだろう?それに下級吸血鬼と言っていた奴だが…渡した金で動くような奴じゃない。上級吸血鬼…人間で言うとお前らの地位よりずっと高い奴を下級吸血鬼だと?」
いつの間にか顎から喉に手が移動しており、軽く締まっている。
「わ、私…私の血を飲んでくだされば分かりますわ!あんな使用人より私の方がリカルナ様の〖嫁〗に相応しいですわ!」
「お前が俺に相応しいだと?ハッ…笑わせるな」
怒っているのか喉を締め付けていく。
「リ、リカ…ルナ様…」
息が苦しくなってきたのか、目に涙を浮かべ手を離させようと指をかけた。
「リ、リカルナ!やめて!」
何も言えず黙っていたエリサは慌ててリカルナに駆け寄り手を離させようとした。
軽く舌打ちをし手を離すと、ジュリアは咳き込みながらその場に座り込んだ。
エリサは慌ててジュリアに手を添えようとしたが、その手を弾き睨みつけた。
その様子を見ていたリカルナは目を細めエリサを立たせるように肩を引き寄せた。
「分かった。お前の血を飲んでやる。気に入ったら俺の〖嫁〗にしてやる」
「え…」
エリサはリカルナの言葉に驚き、目を見開きながら顔を見た。
確かに吸血鬼の〖嫁〗は1人とは限らない。
リカルナだったら何人居てもおかしくはない。
ジュリアは嬉しそうな顔をしながらリカルナを見た。
「ただし、気に入らなかったらお前が〖嫁〗として押し入った奴の所にも戻してやらず、ただの食糧にしてやる。いいな」
「はい!大丈夫ですわ!」
気に入られると言う事しか頭に無いのか、即答して立ち上がった。
「どれだけ飲んでも構いませんわ!」
興奮したように首元をさらけ出した。
リカルナはエリサをソファーに座らせると、ジュリアに近付いた。
そして手首を掴み、引き寄せた。
何処から取り出したのか小型ナイフでジュリアの指先を少し切った。
いきなり切られ、ジュリアは驚いた顔の後で痛みがあるのか少し顔を顰めた。
リカルナは指先から落ちる血をペロリと舐めたが、すぐにそれを吐き出した。
「え…」
首元から直接飲んでもらえず、その上吐き出されたジュリアは、目を見開き「どうして…」と小さな声で呟き、その場に座り込んだ。
「不味すぎる。吐き気もする。俺の〖嫁〗になりたい?俺の食糧にもなれねーよ」
近くにあったグラスの中身を飲み干すと、目の前に落とした。
ジュリアは割れたグラスを見ながら「どうして…どうして…」とブツブツと呟いている。
「お前は今日から誰の〖嫁〗にもなれねぇ。ただの食糧だ。…いいな?」
「はい、大丈夫でございます」
いつの間にか複数の男が入り口の近くに居て、その内の1人が一礼して答えた。
どうやらジュリアが〖嫁〗として押し入った所の男のようだ。
リカルナが「例の場所に連れて行け」と言うと男達は一礼してジュリアを引き摺って出て行った。
一連の流れを見ていたエリサは何も言うことが出来ず、ただ見ている事しか出来なかった。
リカルナはそんなエリサの横に座ると肩を引き寄せた。
「もうあいつと二度と会うことがねぇから安心しろ」
「あの…さっきの男の人は…」
「あぁ、あいつが〖下級吸血鬼〗って言ってた奴だ」
「ジュリア様は…何処に連れて行かれたの?」
「…あいつの事は気にすんな。それに様なんて付けなくていい。あいつはただの食糧だ」
「…」
「お前が気にする事ねーよ。元々そういう運命だったってわけだ。それより…」
耳に軽く口付けながら頭を撫でた。
「口直しで…エリサの血、頂戴?」
言うと同時にソファーに押し倒しながら首に顔を埋め、牙を立てた。