食事
翌日の朝、カーテンの隙間から入る陽の光で目を覚ましたエリサは、まだはっきりとしない頭で辺りを見渡した。
「私……昨日……」
昨日の事を思い出そうと頭を押さえていた。
ふと視界に腕が目に入った。
その腕を辿って行くと、昨日自分の首元に噛み付いた本人、リカルナが気持ち良さそうに眠っていた。
「な、何で!」
エリサは一気に顔を赤らめると、慌ててベッドの端へ逃げるように離れた。
「ん…エリサ…?」
リカルナは片目だけを開け、エリサの方を見た。
「眩しい…カーテン閉めて…」
カーテンの隙間から入ってくる太陽の光を眩しそうに見てから、光から背けるように布団を頭から被り背を向けてしまった。
エリサは、全ての光を遮るかのようにきちんとカーテンを閉めた。
リカルナは光が無くなったのを確認すると、大きな欠伸をしてゆっくり起き上がった。
「おはよう。エリサ、おいで」
ベッドに座り直すと、自分の足の上に座るように促した。
だが、エリサはカーテンの端を掴んだまま動こうとしない。
リカルナは小さく溜息をつくと、エリサの方へ向かって歩き出した。
「そんなに怖がるな」
腰を抱き引き寄せながら、昨日付けた噛み跡をそっと指先でなぞった。
肌が触れるとエリサの身体が少し強ばり小さく飛び跳ねた。
噛み跡から首筋にそのまま上へなぞっていき、顎を持ち上げた。
「お前はもう、俺から逃げられねえ。離れることが出来ねえんだよ」
お互いの息が掛かるほど顔を近付け、微笑みながら言った。
「どういう意…」
言葉を遮るようにそのまま目の前にある赤い唇に自らのそれを重ねた。
「ん…ま…って…」
エリサは目を強く瞑り、引き離そうと胸を押した。
だがびくりともしない。
逃げられないよう頭と腰を引き寄せながら口付けを深くしていく。
段々息苦しくなり、酸素取り入れようと口を少し開いた瞬間、ぬるりとした生暖かいものが中に入ってきた。
舌を絡め取られるように動き回るそれに逃げようとするが、逃げられない。
時々盛れる吐息に理性が飛びそうになる。
どれ程の時間が経ったのだろうか。
ゆっくり口を離すと同時に、エリサは腰が抜け崩れ落ちそうになった。
だが、リカルナは倒れないように腰を支えた。
「腰が抜ける程感じちゃった?」
悪戯っ子のような顔をしながら言うリカルナに、エリサの顔は耳まで赤くなった。
「そ、そんな事…っ!」
恥ずかしさのあまり胸を押して離れるが、足に力が入らないのか立つことが出来ない。
「感じて力が入らないんだから俺に掴まっとけよ」
そういうとエリサの膝と背中に腰を回し抱き抱えた。
「腹減っただろ?食堂に行こうか。人間という物はきちんと食べねえと死ぬんだろ?」
「そんな…ヤワじゃありません…それに…私は数日食べなくても大丈夫なので…」
「…」
小さな声で呟くように言うエリサに、リカルナは黙って見ていた。
「あの…降ろしてください…」
リカルナの胸にそっと手を当て降ろしてもらおうとするが、リカルナはギュッと力を込め「降ろさねーよ。そのまま捕まってないと落ちるぞ?」と額をくっ付けながら言った。
視界いっぱいに広がるリカルナの顔に赤面し、そっと服を握った。
そんな様子を見て、満足気に笑うと食堂へ向け足を進めた。
エリサを抱えながら食堂の中へ入ると、驚いた人達の顔が目に入る。
「リ、リカルナ様!?何故このような時間に…」
驚きを隠せないカオで向かって来たのは、エリサ達を迎えに来たドミニクだった。
「早く食事の用意をしろ」
リカルナはドミニクの話を聞いていないように横を通り過ぎながら言うと、エリサを椅子に座らせ、自分も目の前に座った。
ドミニクは「ただ今用意して参ります」と一礼をして、厨房の奥へ消えて行った。
数分後、数人の女がワゴンを押しながら食事を運んできた。
机の上に次々と食事が置かれていく。
「好きなだけ食えよ」
そう言うと、真っ赤な液体が入ったワイングラスを取るとそのまま飲んだ。
その様子をじっと見ていると、視線に気付いたリカルナは小さく笑いながらグラスを置いた。
「これはお前が思っているもんじゃない。ただの赤ワインだ。飲むか?」
グラスをこちらに渡しながら言ってくるリカルナに、エリサは首を横に振った。
赤ワインと言っているが、実際何か分からないものを口には出来ない。
思っている事が分かっているのか、リカルナは笑いながら食事に手を付けた。
「ほら、早く食べないと冷めるぜ?」
切り分けられた肉を食べながら言うが、エリサはなかなか食事に手を付けようとしない。
「そんなに警戒しなくても毒なんか入ってないぞ」
「あ、ごめんなさい……吸血鬼も普通のご飯食べるんだなって…」
「…俺達を何だと思ってんだ、お前は…」
溜息混じりに言うと「ごめんなさい…」と消え入りそうな声で謝ると俯いてしまった。
恐怖からか身体が少し震えている。
リカルナは静かに立ち上がると隣の椅子に座った。
「…そんなに怖がるな」
そっとエリサの身体を引き寄せた。
身体に触れた瞬間、びくりと小さく飛び跳ねた。
「ほら、食べな」
小さく切り分けた肉を口元に持っていくと、おずおずと口を開いて食べた。
自らの手から食べたのが嬉しかったのか、リカルナは次々と食事を食べさせた。
ー雛鳥みたいだなー
「お前…可愛いな」
ポツリと呟くと、やっと自分が食べさせてもらってた事を自覚したのか、段々と顔が赤くなっていく。
「じ、自分で食べれます!」
リカルナが持っていたフォークを奪うと、我武者羅に食べ始めた。
リカルナは一瞬きょとんとした顔になったが、肩を震わせ笑いだした。
「エリサ…可愛すぎ……あはははは!」
腹を抱えて笑っているリカルナを見て、エリサは恥ずかしさからか耳まで赤くさせた。
笑いすぎて涙が出ていた。
「そ、そんなに笑わなくていいじゃないですか!」
恥ずかしさで耐えきれなくなったエリサは食堂を飛び出していった。
残されたリカルナは、一瞬呆気にとられたような顔になったが、また腹を抱えて笑い出した。
「リ、リカルナ様…あの娘を放っておいてもよろしいのでしょうか?」
主が爆笑している姿を見たことが無いドミニクは内心驚いていた。
「あいつは俺の部屋に帰っているだろうから放っておけ。それにあの娘じゃない。俺の『嫁』のエリサだ」
「申し訳ありません」
一通り笑い終えたリカルナはチラリとドミニクを見ながら言うと、目が合ったドミニクは体を強ばらせ慌てて一礼して謝った。
そしてパンを2個取り立ち上がると「片付けておけ」とだけ言い、自室に向かい歩いて行った。