黒い手紙
大きな貴族の屋敷で1人の娘が掃除をしていた。
娘は綺麗な屋敷には似合わない、継ぎ接ぎだらけの灰色のドレスを着ていた。
「あんたはまだこんな所を掃除しているのかい!まだまだやる所があるんだよ!早くおやり!お前は本当に鈍臭いね」
「すみません、奥様…」
娘の近くに、娘とは反対に綺麗なドレスを着た女の人が近寄ってきた。
家の主なのだろう。
娘の名前は、エリサ。
このドゥーイットの屋敷で働いている唯一の使用人だ。
他の使用人は、ドゥーイットの我儘に耐えられず辞めていった。
だが、エリサは幼い頃家族に売られ、この屋敷に来たのだ。
だから、出ていきたくても出ていけない。
ファミリーネームも屋敷に来た時に捨てた。
いや、本当は覚えていないだけかもしれない。
「ママ!シュールフィー様から手紙が届いていたよ!」
屋敷の娘がであるジュリアが、少し興奮した様子で部屋に飛び込んできた。
ジュリアは、真っ黒の封筒の手紙を持ってきた。
その封筒には血のように赤い封蝋がされておりその蝋には紋章が押されている。
その紋章はシュールフィー家の紋、つまり手紙は吸血鬼、シュールフィー家からの手紙なのだ。
「”明日、シュールフィーの屋敷へと招待いたします。20時にそちらへお迎えに上がります。必ずドゥーイット様の家の者全員でこちらへお越しくださりますようお願い致します。シュールフィー家当主、リカルナ・シュールフィー”」
ジュリアの母、ローズが読み上げると辺りが静かになった。
エリサが掃除をする音だけが響いている。
「どうしよう、ママ!」
「新しいドレスを買いに行かないと行けないわね。今すぐ行きましょう」
水を打ったような静けさから一転、慌ただしく2人は屋敷を出て行った。
それもそのはず、シュールフィーから手紙が来るということは『嫁』として選ばれたと同様の事を意味するからである。
ただしその場に居たエリサは顔色一つ変えずに、自分に与えられた仕事を黙々とこなしていた。
それからというもの時間が経つのが早く、約束の日の夕方になった。
ジュリアとローズは夕食を終え、化粧をしてドレスアップをしていた。
ジュリアのドレスは派手はピンク色で、元から顔付きがキツめのジュリアは、いっそう顔も気も強そうに見える。
「エリサ、あんたは”ドゥーイット”の者じゃない。招待もされていない。だから少しの間待っていな。決して姿を見せるんじゃないよ」
「…畏まりました」
掃除をしている時、屋敷のチャイムが鳴った。
「早く2階に上がりな」と急かすと、エリサは掃除道具を持ち、2階へ上がった。
エリサの姿が見えなくなるのを確認すると、ローズは門を開けた。
外には燕尾服を着た気品のある1人の男性が立っていた。
男の後ろには馬車が控えている。
「こんばんは、ドゥーイット様。シュールフィー家に使える執事、ドミニクでございます。リカルナ様がお待ちです。馬車にお乗り下さい」
ドミニクが馬車の扉を開けると、ローズとジュリアは中へ乗り込んだ。
「あともう1人方はどちらへ?」
「もう1人、とは?」
ローズは扇子で口元を隠しながら白々しく答えた。
「使用人のエリサ様です。どちらにいらっしゃいますか?」
「使用人はドゥーイット家の者ではありませんわ」
ジュリアが口を挟むと、ドミニクは2人の目を真っ直ぐ見ながら口を開く。
「私共は”ドゥーイット様の家の者全員で”と申し上げたはずです」
有無を言わせない口調で言うと、2人は何も言えなくなってしまった。
ローズは屋敷に向かって「エリサ!あんたも一緒に行くよ、降りてきな!」と叫ぶと、エリサは怖ず怖ずと2階から降りてきて馬車の方へ向かってきた。
ドミニクは微笑みながらエリサに手を差し出し、馬車へと乗せた。
戸惑いながらも中へ乗り込み、ジュリアの隣に座った。
馬車の中は場所が知られないようにする為か外が見えなくなっている。
誰一人話す事なく吸血鬼の巣へと続く長い道なりを進んでいく。