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物思いの夜火  作者: 橙篭
2/7

第二話 【 俺の悩み 】

 それから数日、俺の悩みは続いた。



「ねぇ、タバコくれない?」



 そいつは、決まって午前3時を過ぎたくらいに、向かいの道路からやってきた。

 歩きで来るところから、きっと近場に住んでいるのだろう。

 

 しかも、コイツときたら、あいさつ代わりに“タバコくれない?”を第一声に飛ばしてきやがる。



「いい加減、諦めたらどうだ?」


「何を?」


「お前は、根競べゲームくらいに思っているかもしれんが、何回聞かれても、お前にタバコをやることは無い」


「別に・・・くれないなら良い」


「は? タバコが欲しいんじゃないのか?」


「タバコは、欲しい・・・」



 意味が分からん。

 俺は人間関係は下手くそだし、空気も読み辛いほうだが、こいつの言動に至っては、一般人でも手を焼くだろう。

 タバコが目的じゃないとしたら何が目的なんだ?

 もしかして・・・。



「俺は、子供に興味はないぞ」



 その言葉に、物静かだった不良少女の肩がビクついた。

 少女の方を一瞥すると、頬を少し赤めながら、駐車場の床面を憎らしそうに、つま先でぐりぐりとなじっていた。



「・・・別に、そういうんじゃない」


「話し相手が欲しいとか?そういうんだったら、他所を当たれ、日中はともかくとして、この時間の俺は他人に気を使うつもりはないからな」



 ・・・。


 静かになった所から察するに、図星か?

 だとしたらこれで諦めるだろう。


 俺は少女を無視するように、スマホを取り出した。

 特に見たいものが有るわけでもないが、“これで、話は終わりだ”と少女に感じ取らせる為だけに、気になる事もないWebニュースに目を向けた。


 その時、途端にドンッ!!という大きな音が鳴り響いた。

 驚きで、咥えていたタバコを路面に落とす。

 隣を見ると、不良少女がコンビニの窓ガラスを蹴ったようだった。



「違う!・・・から!」



 強めの口調を一言放って。

 不良少女はコンビニに背を向け、足早に帰って行った。



「マジで、何なんだよ!」



 俺は、一人の夜長を楽しむために来ているっていうのに。

 それを邪魔しないでくれと伝えただけで、何故キレられなきゃならないんだ。


 クソッ!


 苛立ちを抑えながら、落ちたタバコを拾い上げる。

 すると、音を聞きつけた初老の店員が店から出てきた。



「ちょっとキミ! 何したの!? 凄い音したけど!」


「いや・・・すいません。少しよろけちゃって」


「別に何でもいいんだけど・・・問題は困るよ! 夜はおじちゃん一人なんだから!」



 そう言うと、初老の店員は周囲を見渡して首を傾げた。



「あの女の子は?」


「あぁ。帰りましたよ」


「そうかい。・・・あんた、こんな夜中に未成年を連れまわすのはどうかと思うよ。私が言う事じゃないけどね」



 そう言い残して、初老の店員は仕事に戻った。


 なんで、俺が怒られる!

 胸糞悪い毎日の疲れを一人吐き出すために、来てるというのに、変なガキに絡まれるし、店員には怒られる。

 たまったもんじゃない。


 日中の仕事でのストレスに上塗りされるように、苛立ちが込み上げてくる。

 それを落ち着けようとタバコに手を付けたが、中は空っぽだった。

 クシャと、気持ちを込めて潰した空き箱を手に、一人ごちた。



「あいつ、なんなんだ・・・」




―翌日―



 俺は、考えるのをやめた。

 それもそうだ、思春期の不良少女が何を考えているのか真剣に考えるより、コンビニに行く時間帯を変えれば良いだけのこと。

 会わなければ問題は解決。

 いつもの日常は帰ってくる。

 そう決めた俺は、翌日の仕事が休みの今日。

 いつも行く午前3時ではなく、午前5時に行くことにした。


 辿り着いたコンビニに、あの不良少女の姿は無かった。


 俺の勝ちだ。

 ただ、午前5時のコンビニは早朝勤務の人間が利用するようで、いつものような静けさは無かった。

 頻回に開閉を繰り返す自動ドアに合わせて流れる入店音が、今日という日の朝を迎えるための目覚ましアラームの様に鳴り響いていた。



「落ち着かないな」



 タバコを2本吸った所で、つい本音が零れる。

 夜の静けさと、周囲の情報をシャットアウトしてくれる、あの暗闇が圧倒的に足りない。

 でも、今は我慢だ。

 あの不良少女だって、数日合わなければ、たまたま知り合った俺の事などすぐに忘れ、また違う誰かに“タバコくれない”って、すがる事だろう。

 とにかく、俺にまとわりつきさえしなければ、どうでもいい。

 そんな事ばかり考えていたからか、気付けば3本目の煙草の煙が指先に迫っていた。



「また、あの子抜け出したらしいよ。」


「まったく、困った子だね。」



 二人の女性が、俺の隣で煙草を吸いながら、何やら愚痴っている。

 考え事に夢中になっていた俺は、全くその存在に気付けていなった。

 二人に吸いガラ入れを譲るように、少し距離を取った。



「あの子、いつ抜け出しているのかしら?」


「巡回していた人から聞いた話だと、2時までは病室にいたみたいよ。ただでさえ夜勤中は人が少ないのに・・・厄介だよね」



 どうやら、病院関係者のようだった。

 会話の内容もそうだが、すぐにそう思えたのには、このコンビニの向かいに大きめの総合病院があるからだ。

 別に盗み聞きをするつもりはなかったのだが、鳥のさえずりと、駐車している車からのエンジン音くらいしか目立った音が無いこの環境で、聞かないでいるほうが難しかった。



「でも、何処にいってるのかしら?」


「若い子の考えている事は、分からないものね」



 非情に同感だ。

 若い奴の考えは読めん。

 俺にもあんな時期があったにしても、今となっては理解不能だ。

 何か悩みがあったとしても、社会に出れば、どんな悩みも些細なものに変わってしまう。

 社会人になれば、誰も助けてくれない。

 どうでもいい礼儀に建前、酷い上司に苛まされ、仕事の重圧に体さえもボロボロにされる。

 表情なんてのは、子供の頃の柔らかさを失い、今ではどんな時も作られた笑顔で固まってしまった。

 それはまるで紙粘土のように。

 考えれば、考える程、気分が悪くなる。



「まぁ、あの子の病気を考えれば、遠出はないんじゃない?」


「そうねぇ・・・」


「あっ!? そういえば、今日の当直の・・・」



 朝から、よく喋る二人だ。

 この二人の会話含め、早朝のコンビニには仕事前の嫌な空気が、そこかしこに漂っていた。

 あの不良少女以上に、早朝のこの場所は落ち着かない。


 吸いかけの煙草の火を消し、馴染みの馴染めない空間に背を向けた。

 そして、自らの辛抱弱さを痛感しつつも、二度とこの時間に来まいと決心した―――


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