かえるがかえるになったとき
かえるがかえるになったとき、かえるの兄弟たちはまだ、おたまじゃくしのままだった。
ほかの兄弟たちはまだ、しっぽをふって泳いでいるのに、そのかえるはね、はやく大人になっちゃったんだ。
かえるがかえるになってから、かえるはなんだか、物足りない気持ちだった。
昔のように、おたまじゃくしの兄弟たちと、沼のなかで泳いでいても、なぜだか何かが足りない気がする。
でも、かえるには、それがなんだかわからなかった。
だから、ある日かえるは、こう決めた。
「こうしていたってはじまらない。ぼくに足りない何かを探しに、ぼくはたびに出よう。ぼくがさがしている何かが、どこにあるかはわからないけど」
でかけることをおたまじゃくしの兄弟たちにつげて、かえるはぴょんぴょんと、自分の生まれた大きな沼から旅だったんだ。
かえるがぴょんぴょんすすんでいくと、ふと、頭のうえから音がした。
「チチチチチ、クルクルクル、ピピピピ、チチチチチ、クルクルクル……」
みてみると、そこには小鳥たちがいて、電線にならんでとまってないていた。
かえるは、小鳥のまねをしてみようと思った。
もしかするとそれが、自分の探している何かかもしれなかったからね。
「チチチチチ、クルクルクル、ピピピピ、チチチチチ、クルクルクル……」
かえるはじょうずにまねをしたけれど、かえるの心は満たされなかった。
やっぱり、なんだか、ちがう気がする。
「小鳥さん、ありがとう。君たちの歌はとってもきれい。でも、ぼくのさがしている何かとはちがったみたいだ」
そういうと、かえるはまた、ぴょんぴょんとんで先へと進んでいったんだ。
かえるがぴょんぴょんとすすんでいくと、ふと、遠くのほうから大きな高い音が聞こえてきた。
「カンカンカンカン、カンカンカンカン、カンカンカンカン、カンカンカンカン……」
みてみると、そこには踏切が二つならんで立っていて、赤い目をぴかぴか光らせながら、音をならしていた。
かえるは、踏切のまねをしてみようと思った。
もしかするとそれが、自分の探している何かかもしれなかったからね。
「カンカンカンカン、カンカンカンカン、カンカンカンカン、カンカンカンカン……」
かえるは踏切そっくりの音を出したけれど、かえるの心は満たされなかった。
やっぱり、なんだか、ちがう気がする。
「踏切さん、ありがとう。君たちの歌は大きくて、びっくりするくらいよく聞こえる。でも、ぼくの探している何かとはちがったみたいだ」
そういうと、かえるはまた、ぴょんぴょんとんで先へとすすんでいったんだ。
かえるがぴょんぴょんすすんでいくと、ふと、自分のすすむ道のわきから音がきこえてきた。
「ブルンブルン、ドドドドド、パパパパパ、ブルンブルン、ドドドドド、…………」
みてみると、そこにはたくさんの車がならんでとまっていて、ふるえるようにゆれながら音をだしていた。
かえるは、車のまねをしてみようと思った。
もしかするとそれが、自分の探している何かかもしれなかったからね。
「ブルンブルン、ドドドドド、パパパパパ、ブルンブルン、ドドドドド、…………」
かえるの口は車そっくりな音をならしたけれど、かえるの心は満たされなかった。
やっぱり、なんだか、ちがう気がする。
「車さん、ありがとう。君たちの歌は、力強くてたのもしい。でも、ぼくの探している何かとはちがったみたいだ」
そういうと、かえるはまた、ぴょんぴょんとんで先へとすすんでいったんだ。
「きゃっきゃっきゃっ、うふふふ、ふふふ、あははは、えーっ、へーっ、…………」
その音がきこえてきたとき、かえるは木の下の大きな影の中でひとやすみをしていた。
かえるはもう、ずっとながいたびを続けてきて、だいぶつかれていたんだ。
音をきいてかおをあげたかえるは、よく晴れた空のしたで、たくさんの人間のこどもたちが遊んでいるのをみた。
そこは公園で、いろんな子どもたちが集まってきていたんだ。
かえるは、子どもたちのまねをしてみようと思った。
もしかするとそれが、自分の探している何かかもしれなかったからね。
「きゃっきゃっきゃっ、うふふふ、ふふふ、あははは、えーっ、へーっ、…………」
人間の子どもたちの声を、かえるは上手にまねをしたけれど、今度もまた、かえるの心は満たされなかった。
やっぱり、なんだか違う気がする。
「人間の子どもたち、ありがとう。君たちの歌はすごく楽しそうでたまらない。でも、ぼくの探している何かとはちがったみたいだ」
そういうと、かえるはまた、旅をつづけようと思った。しかし、すっかり疲れていたかえるは、なかなか立ちあがることができなかった。
「また、ちがったみたいだ。……ぼくの探している何かって、何なんだろう」
かえるは、ぽつりとつぶやいた。
「こんなに探してきたのに、見つからないんだ」
かえるはすっかり落ちこんでいた。それでもまだ、先へとすすんでいったんだ。
「ぼくの探している何か、ぼくにはそれが何だかわからない。……ぼくには探すことが出来ないものかもしれない」
もう、かえるには、いろんなもののまねをする力もなかった。
ただ、目の前につづく道を、とぼとぼと進むだけだった。
どこへ行けば探している何かが見つかるのか、かえるにはわからなかった。
いま、自分がどこへ向かっているのかも、かえるは知らなかった。
かえるがゆっくりと進むうち、やがて何日もつづいていた真っ青な空が、雲につつまれはじめた。ぽつぽつと降り出した雨は、わずかな間に道をまっ黒く染めるほどのものになったんだ。
雨のなか、かえるはたった一匹だった。
音が聞こえたのは、そのときだった。
かえるは立ち止まって、じっと耳をすましたんだ。
「この音はなんだろう?」
かえるは、ザーザーという雨音の向こうに、その音をきいた。
すっかりなくなっていた元気が、またもどってきた。かえるは、ぴょんぴょんと急いでその音の方へとすすんでいったんだ。
どこかでみたことのある景色、かいだことのある匂いを感じながら、かえるはやっと、その音へとたどりついた。
そうして、かえるはついに、見つけたんだ。
そこは、かつてかえるが暮らしていた、あのなつかしい沼だった。
前はおたまじゃくしだった兄弟たちもすっかり大きくなって、そこにいたたくさんのかえるたちは、雨をうけていっせいに歌っていたんだ。
かえるは、かえるたちのまねをしてみようと思った。
もしかするとそれが、自分の探している何かかもしれなかったからね。
だけど、まねをしようとしたそのとき、かえるはこう思いなおしたんだ。
「ちがう、まねなんかじゃない。ぼくはもう、見つけたんだよ。ぼくの探していた何かを」
かえるはいそいで沼のなかにとびこんだ。戻ってきたかえるに、兄弟たちの喜びの声がきこえてきた。
そうして、かえるは、歌ったんだ。
ずっと、さがしていた歌を。
その声は、他のかえるの声と混ざって、雨の中にひびいたんだ。
そしてその声は、他のどのかえるよりもずっと、喜びに満ちあふれていた。
だって、かえるは、やっと、自分の探していた何かを見つけたんだからね。
こうしてかえるは、ながいたびを終えた。自分の探していた何かが見つかったからね。
だけど、ときどき、かえるはね、あの旅のなかでおぼえた歌を歌うこともあった。
そしてその歌をきいた兄弟たちも、かえるのまねをして歌いはじめた。
だからいまでは、あのかえるの沼は、すごく有名になってしまったよ。
なにしろ、その沼からはときどき、小鳥や、踏切や、車や、人間の子どもたちの声が聞こえてくるんだからね。