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 ジーの言葉たちがわんわんとジョットの頭蓋骨の中で呼応していた。

 少しずつ少しずつそれは体中に広がっていって。

 目の前のユンとその言葉が一続きになった時、

「あはははっはははは!」

 ジョットは涙の出ない目を擦った。

「えっと…」

 ユンの戸惑う様子に、

「いや、いいよ、うん…」

 話そうと思った。

 全部。これまでの全部をまるっと。

「座って」

 促し、席に着いたユンに紅茶を汲んで。

「『魔力がなくても魔力があるのと似たようなことができたら、どれだけの力なき人々が救われることだろう』」

 キシアスがこのセリフを口にするのを目の当たりにしたとき、ジョットはその重さに耐えるのが辛かった。

 今、ユンに同じ言葉を口にしていると、その重さがそのままジーが向かった先に、ふわりと湯気のように舞い上がって消えていくようだった。

 ジョットは自分のシャツの第一ボタンを外し、第二ボタンをはずし、襟をくずした。

 ユンのほうに首筋を向ける。

 いかがわしいことをしているような興奮と、贖罪のような高揚感。

 徐々に心音が増していく。

「マリアンヌ先生はそう言っていたんだ」

 ジョットは過去の色々なことを思い出していた。

 それを順に——うまくできていたかはわからないが——ユンに話すと、どんどんと奥底の淀みが消えていくようだった。

—————もっと罪悪感があると思ってた。

 誰かにこれを話すことで、その誰かが知っている人間になる。

 政府からも追われる可能性だって出てくるし、逆にその人がジョットを売るかもしれない。

 にもかかわらずジョットは嬉しくて仕方なかった。

 ユンがジョットのことを分かろうとしてくれたこと、ユンがたまの相槌以外、聞き手に徹してくれていることだった。

「ジーの首の入れ墨らへんにある傷は…僕もいつ付けたのか知らないけど、万が一のために自分で合わせ鏡作って見ながらちょっとずつやったって言ってた。

 その割には綺麗に入れ墨だけ削げてるから、やっぱり器用だったんだろうね」

 それでもどうしても話せないことはあったけれど。

「僕は施設で実験体の最後に一人になったところで、たまたま通りかかった当時の関係者が善意で連れ出してくれたんだ」

「以前おっしゃっていた『昔の知り合い』って、その方のことですか?」

「うん」

 その人がゼタ・ゼルダという名前だということ。

 その人が魔法に耐性があったために結界が無効になって逃げることができたこと。

 おかげでジョットもその人もお尋ね者になって、終戦まで追われ続けたこと。

 その人が今どこで何をしているのかということ。

 これらはジーにも言っていない。

 真にジョットを分かろうとしてくれているユンにでさえ隠さないといけないことだった。

 ジョットはそんなことを除けて、かいつまんでいった。

 でもどこかで綻んでいるかもしれないけれど、もう仕方のないことと思うことにした。

 そうすることでジョットは、自分が自然な生き物になれるような気がした。

 同時に、実際には絶対にそうではないことも意識した。

「僕は人を殺した」

 ユンは黙っていた。

「ほんとうに簡単にできるんだ。

 僕は力があって、やり方も…誰よりよく知ってる。

 村長が立ち回るところをユンさんは見たことある?

 ああ、村の人たちね。

 怖いと思った? そうだよね。

 でも、もし僕がやるとしたら、彼らのようなやり方ではない方法で、一瞬で、全てが終わるだろう」

 ユンはジョットから目をそらさなかった。

「僕は汗が出ない。暑いとか寒いとかは、感じるけど影響はない。風邪もひかない。

 あと、涙も…出ない。

 他にも細かいのはいっぱいあるけど、なんでかは分からない」

 ジョットは怖くなった。

 ユンはジョットとは違う世界を生きている。

 でも、ジョットはそんなユンのことが好きだ。

「できるだけそれをしないで済むようにしている。

 僕がやりたいと思うことをするためだ。

 そのために嘘をたくさんついてきた」

 どんどんユンとジョットの間にある空気の壁が分厚くなって、それは今やダイニングテーブル位の幅なんじゃないだろうか。

 それでもジョットはどうしても自分がやりたいと思ったことがあった。

 口に出すまで少し時間が空いたけれど、どうしてもユンに伝えたいと思った。

「僕は奥さんと子供が欲しいんだ。

 お父さんになりたい」

 ユンは何も言わなかったけれど、多分、今までになく驚いていたように見えた。

「村を作ってますますそう思うようになった。

 方々旅をして回っている間色んな人に会って、色んな家族を見てきた。

 旅をしなくなってからも村で子供を育てている人たちを見て、親はいたりいなかったりだけど、見てきた。

 で、『いいな』…って。

 なんでって聞かれても分からない。無いものねだりかもね。

 僕にはそういうの、何も無かったから。

 分かってる。見た目、こんなんだし。子供と一緒。

 楽しいことばっかりだとは思わないよ、もちろん。

 でも…『いいな。僕も…』って。

 わかる?」

 分かってほしいという願望だった。

 ユンは何も言わなかった。

「しないほうがいいのも、分かってる。

 僕は化け物だから。

 そんなの後に残したらどうなるんだろうって怖くなることもある。

 そもそも無理かもしれないし…。

 でも、僕はダメだ。わがままなんだ。

 だって、分かってるのに、どうしてもどうしても家族の一員になりたいんだ」

 ユンは、今までいるような目線だったのに、少しそれが凪いだように、戸惑いを見せていた。

 ジョットは、だから勇気が出た。

 ユンの強いところばかり見ていたから、気おされて揺らいでしまいそうになるけれど、もう勢いだった。

「僕はユンさんのことが好きなんだ。

 だから、僕はユンさんがいい。

 ユンさん、」

 口の中がカラカラだ。

「僕と結婚して、僕の子供を産んでほしい」

 今のジョットのありったけを搾り取って、体の中の全部のエネルギーが消え去ってしまいそうなくらいだ。

 間の全部を、すっ飛ばしているのも自分で気づかないぐらいに。

 残った僅かで、ジョットは何とか両手を両ひざの上で握りしめて座っていた。

 なのに、ユンはずっと変な顔をしていた。

「あの…一個、いいですか?」

 全然腑に落ちないという様子だ。

 ジョットも釣られて怪訝な顔になる。

 ユンはそのままの、『何言ってんだこの人』みたいな顔で、こう切り出した。

「まず、コーウィッヂ様が化け物とかそうじゃないとかって、私はコーウィッヂ様のこと好きだし、コーウィッヂ様も私のこと好きなんだったらどうでもいいことですよね」

 ジョットはこの時のユンの、虚を突かれたようなキョトンとした顔を一生忘れないだろう。

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