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 夜のダイニングは久しぶりだった。

 一人で飲む紅茶はおいしくもまずくもない。

 が、今日はなんとなくティーカップをもう一人分持ってきていた。

 そしてジョットの書斎に置いてあった小箱も。

 本人に告げたわけでもないのに。

—————ユンさんは、僕のことどう思ってるんだろう。

 ジョットは自分が純粋な想いと不純な本能の間で揺れ動いているのを知っていた。

 今日来なかったら明日また同じことをして、明後日もまた同じことをするだろう。

 と、ドアから光が差し込んだ。

「あっ…ユンさん、こ、こんばんは」

 らしくもなく足音に気づかなかったジョットは、慌てて立ち上がり、その行動から自分の考え事が漏れ出すことに思い当って冷静を取り繕い座りなおした。

「…こんばんは?」

「おやつあるよ」

 手元の茶菓子のトレーをカチコチな顔で押し出す。

「ふっ…」

 笑った。

 それだけでジョットはなんだかうれしくなった。

 そんな自分が恥ずかしくてうつむいた。

 そのまま紅茶を注いだティーカップをユンのもとへ。

 「ありがとうございます」

 今しかない。

 「ん」

 ジョットは自分の膝の上に載せていた小箱を机の上に乗せ、スライドさせた。

 眉を寄せるユン。

 ジョットは過去にないほど不安で、そわそわしていた。

「私に、ですか?」

「他に誰がいるのさ」

 ついつっけんどんになる。

 ユンがそっと手を伸ばして箱に触れただけで、ジョットの心臓が跳ねそうになる。

 そのままユンが箱を開けたため、思わず声が出た。

 ビクリとユンが震えたのが分かったが、箱を開ける手は止まらなかった。

 箱から手に取って取り出されたプレゼント用のリボン。

 しげしげと不思議そうにひとしきり眺めた後、はたと気づいた様子になる。

 ジョットは次のユンの変化を見逃すまいといつになく真剣になった。

 ユンは、

「常日頃から気遣いが行き届いておらず申し訳ありません」

 恭しく頭を垂れた。

 ジョットはハンマーで殴られたような衝撃を味わっていた。

「そういうんじゃなくってね…」

「では…一体…?」

 戸惑うユンに、言葉が出せない。

 ジョットは今更相手の立場に思い至った。

 ユンはきっと、こういう貰いものなどしたことがないのだ。

「その…ここずっと、豊穣祭のあれやこれやから忙しかったろうし…」

 もにょもにょと無駄な言葉だけが連なって口から垂れ流され続ける。

「いつも同じのだし、違うのも…何かいいものをと思って、こういうの…ぁうかなと思って選んでみたんだけど、どおかな、と…」

 チラリと目線を向けると、ユンはこれかな? という顔で、

「つまり豊穣祭の労働に対する特別手当としての現物支給、ということでしょうか?」

 ジョットは一気に肩を落とした。

「うん、そう…そだね。そだよ」

 笑顔にはなっているだろう。

「いいから、座って。

 眠れなくて来たんだよね。

 僕はもうそろそろ部屋に戻るから」

 虚ろなまま自分の部屋に戻ってベッドに大の字に横たわる。

—————僕はなんにも分かっちゃいなかったな。

 経験値がないのはその通りだが、向こうの手ごわさをなめていた。

 ちょっとは喜んでくれるかと期待していたのだが。

—————特別手当…。




*****************************




 朝食のダイニングのユンを見て、ジョットの昨晩から続く靄は完全に晴れた。

—————使ってくれてる!!!

 毎日日替わりで自分が与えたリボンを付けて仕事をするユンを眺めて目と心を潤すジョットを、ジーはやや気持ち悪がっていた。

—————『そんなに?』

 その声掛けを完全に無視し、無駄にスキップしそうになる足取りを抑えて毎日自分の屋敷の仕事をこなす。

—————『ユンさんもだいぶ業者の受付できるようになってきた』

—————『流石だな、ぼ…ユンさんは』

—————『お前今「僕のユンさん」て言おうとしたね』

 外部からの来客という大きな山を越え、ジーもジョットもほっとしていた。

 その後大きな変化の知らせは届いていない。

 夜、ユンとお茶を楽しむ時間はあって、その幸せをジョットは噛み締めていた。

 このままの日々が続いたらいいような、でもユンとはもっと…。

 だから時々、ユンと目が合ったら嬉しくなって、サッと目をそらされると寂しくなった。

 だから、ユンの背中と自分があげたリボンで縛られた髪が動くたび揺れるのを眺めて。

 だから。

 大事なことを思い出せなくなっていたのだろう。

 その日は何もない日だった。

 業者が来るいつもの曜日のはずだった。

—————『装置にヒビが入った』

 ジーからの呟きが、全ての終わりをジョットに告げた。


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