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「こちらこそもうしわけありませんでした!」

 ユンが慌てて口にし、ジョットの感情が激しく揺れ動きだすその直前に、

 ゴンッ

「イタぁッ!」

 そして足首に刺さる細い痛み。

「イタタタっ、しょうがないんだもうちょっとの間は!

 ユンさんの代わりの人手なんていないんだよぉ!」

 シロヒゲは柄で、コビはその先端でと、各自の特技を生かして全力でジョットを攻撃している。

「わかった、わかった、わかったってば!

 無理強いとかしないってば!

 してたつもりもなかったのは本当にダメだったけど…ぉおあああア゛!」

 背中の一部分だけピンポイントでシロヒゲの柄でグリグリと突かれ、時々やってくる鋭い痛み。

 悶絶するジョットに、

「もう大丈夫です。

 皆さんに心配かけてしまってすみませんでした。

 落ち着きましたから、仕事に戻ります。ありがとうございます」

 攻撃の手がようやく止んだので身なりを正してユンを見ると、もう従業員の顔だった。

「うん、僕も戻る」

 口ではそういいながら、別館のドアを閉めるとき、三人が居なかったら良かったのにと思っている自分がいる。

 領主館だってあんなに広いのに、二人きりなんてことなかった。

 あのままずっと。

 妄想をひきずったまま真の我が家に戻るとチリカがダイニングから出て来たところ。

 目があった。

 チラリと、ジョットのウエストのあたりを見ている。

—————あ、シャツ、綺麗に裾に入ってな…

 チリカの目つきが変わった。

「あっ、ち、違」

 ジョット目掛けてナイフが飛んでくる。

 紙一重で避ける。

 ナイフ、金串、フォーク、包丁、矢尻、クナイ、高枝切りバサミ…

 雑技団さながらのテクニックで、ジョットが『力』を使わないでもぎりぎり避けられるラインにセーブして飛ばしてくれているチリカの腕は昔と全くかわっていないようだ。

 一つ違うのは、今回、目が全く笑っていないこと。

「あの! なんもないですから!!」

 チリトリを手に持ったまま、チリカは静止した。

 じとっとユンのほうを見ているその表情は訝し気だ。

—————そうだよね、チリカなら絶対そっち方向疑ってるもんね。

「ちょっと疲れてて、別館の人達に…っぁ!」

「そ。じゃ良かった」

 チリカは階段の手すりに刺さった刃物類を抜いていく。

「食い逃げを許さないチリカの腕が鈍ってないのはよーくわかったよ。手加減してくれてどうも」

「ありがと」

 ユンはちょっとだけ引き気味にだったが、

「ご迷惑おかけしました」

 頭を垂れるユンに、チリカは歩みより、

「なんかあったら言ってね」

「いいいい、いえ、大丈夫です」

 赤面してユンが駆けていく。

 つかつかとやってきたチリカは、慣れたモーションで手のひらをジョットの頬へと高速移動させた。

 パンッ

 無言。

 痛む頬は助けてくれない。

「何もしてない」

「嘘つき」

「チリカが考えてるようないかがわしいのは何もないから」

「寝てなきゃいいってもんじゃない」

「本当にそういうの何もないから」

「どこまで?」

 白状するまで絶対に許してくれなさそうな目力でチリカはジョットを睨みつけている。

「…ハグ」

 口にしたら落ち着かない。

 チリカはそんなジョットを鼻で笑った。

「純情かよ」

 ニヤリとしながらチリカが立ち去ると同時にユンが戻ってくる足音も聞こえ、ジョットは慌てて部屋に引っ込んだ。

 そんな時間ではないのにベッドにもぐりこむ。

 『純情かよ』

 その通りだった。

—————この年で馬鹿じゃないのか。

 二人で仕事中に離れに出かけ、落ち込んだ彼女に感化され、抱きしめ、自覚し、浮かれ足と妄想をそのままに帰宅して冷や水を浴びせられ、ますます悶々として掛布団を引っかぶるジョット。

 『寝てなきゃいいってもんじゃない』

 ユンがこの掛布団の中にいることを想像してしまう自分の情けなさに打ちひしがれるジョットは、渾身のエネルギーをふり絞って立ち上がり、明るい部屋の窓から外を眺める。

 椅子に座っても仕事が手につかず、薄暗くなってきた。

 もう夕食の時間だと階下に降り、同じ食卓を囲んでいるのにまともに顔を見れないままユンが作った料理を胃に流し込む。

 食べ終わり、ユンが継ぎ足してくれた水を飲んで気持ちを落ち着けていると、3名様がご帰宅されたようだった。

 ドタドタと音がする。

 予想通りへべれけになっているようだ。

 チリカはダイニングの奥から薬草を取って玄関に戻っていく。

 ちょっとだけ嫌な予感がしたジョットが後をついていくと、絵に書いたような酔っ払いが壁伝いに玄関に座り込んでいた。

 チリカが『酔い覚まし』を飲ませている。

 いや、正確にいこう。

 『酔い覚ましよ?』と笑いながら昔誰かにも飲ませていた何かをキシアスにも飲ませている。

「30分くらいしたらギリ歩ける位にはなるんで、そしたら部屋に連れてきますわ」

「えっ! 大丈夫ですか?」

「支える程度で済むようになるのでね。

 お二人こそ早いとこお休みになられてください。

 明日も仕事はあるんでしょ?」

 テトとジェレミーを部屋に戻るよう促すチリカ。

「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫」

 ユンの心配が的外れなのを知っていながら、『そういうこと』を察していた『純情おじさん』は知らない顔をした。

「チリカはこの手合い慣れてるから」

「わかってるじゃない」

「ほどほどに」

「わかってる」

「ユンさんも明日の準備はほぼ終わってるだろうし、昨日の今日だから、早めに休みなね」

「はい、ありがとうございます」

 純粋に頷くユンに、ジョットおじさんは『ソウジャナインダーーー!!』と心の中で叫び声をあげた。


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