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 ユンはなおも背筋を伸ばして言い張る。

「お待ちしておりますので!」

 それは温かで、こわばったジョットの全身を解き放っていき。

「…うん…わかっ…た」

 ジョットは自分の大きな手を見た。

—————待たれたこと、なかったな。

 ジーはここに居るが、ジョットを待っていることは絶対にない。

 他の3人はそういう愛着を持つものではなく。

 海賊船にいた時は利害関係があったし、そんなことを考える暇もなかった。

 それ以前にいたっては、皆が待っていたものすなわちジョットがもたらす成果。それだけ。

 今の村人たちはジョットがいなくなったら、代理を立てるなどするだろう。

 でもユンは。

 ジョットはずっと静かなこと、ユンが今どうしているのか気になった。

 顔を上げると、凛として立つユンの、まっすぐな姿。

—————やっぱりこの人がいい。

 一層自覚したら最後。

 思わず下を向いたものの、不信人物さながらに不安定になふるまいになっているのが、ジョット自身わかっているような…いないような。

 とりあえずこの場に切りを付けなければ。

「じゃ、じゃあ、もう休もう。

 夜中だし、心配事はなくなったわけだし!」

「そそそ、そうですね!

 かたずけたら上がります!」

「おおおお先に!」

 とりあえず言い放ち、最後に見た紅潮したユンの顔を思い出し、ベッドにもぐりこんで毛布を抱えてうずくまる。

 今夜受けた傷のことなどすっかりどこかに飛んでいき、それとは別の眠れない夜の到来だった。




*****************************




「では」

「ええ、では」

 現場に再度向かう3人は——キシアス一人足運びが重そうだったものの——昨晩よりも落ち着いているようだった。

 見送った後、

—————『ジーの話、した』

 夜に話したことを大体伝える。

—————『なんか、もうずいぶん昔みたいだな。懐かしいわw』

 すれ違いざまに肩を震わせて本当に笑っているのが分かると、ジョットは苦々しい想いがした。

—————『で、俺の鼻、返してくれんだろww?』

—————『歳的にゃお前のほうが先に死ぬんだから、その前にその鼻もぎ取って、俺が貰うかんな』

 久しぶりにエッジの利いた連投。

 ジーのほうは年齢通り大人の体になったのに、実験が大成功した代償か見た目だけは全く歳をとらない。

 ああいう体格だったら、もっとユンに対しても。

 ユンのほうも。

 情けない気持ちになりそうになるのを抑えるのにいっぱいで、ジーに言い返せない。

 ジーもジョットが言い返してこないことに気づき、呟くのをやめたようだった。

 『庭』で初めて会ったのはジョットが逃げる何年か前。

 ジーはまだ10代で、付き合った——付き合うことになったのだと思っていた——年上のお姉さんに男が既にいて、それがその筋の者。

 美人局のごとく裏ルートからそのまましょっ引かれたらしい。

 割といいとこの実家からは勘当を食らっていたので、なんの後ろ盾もないまま突っ込まれ、事情も分かっていない様子だった。

『僕、お父さんとお母さんは?』

 初めてジョットに出会ったときに掛けたその言葉。

 疑い様のない善人ぶり。

 ジョットのことを少年と信じて疑わず、かがんで声をかけた心配げな少年が、その当時のジョットは癪だった。

 すぐにTの施術をされ、その後3か月ほどつづくあの激痛でも精神を病まずに出てこれた事にマリアンヌ先生は安堵していたのだが。

 その後、ジョットへのGの施術が成功したと判断されたことに、上機嫌だったのだが。

 そのあとずっとGの実験系統にジョット以外の成功体が出ないことに焦っていたのだろう。

 あのころもう先生は闇雲になっていたように思う。

 残り全部の実験体にしらみつぶしにGの施術を施しだしたのはいつのことだったか。

 軒並み失敗し、ジョットがその後始末をしていたのはどの時期からか。

 『庭』の中にいたころの時間軸は前後関係も曖昧だ。

 誰が何年いたのかも覚えていない。

 ジョットが書斎の窓から眺める庭で、メイちゃんに頭突きされているジーがGの何番だったのかも。

 皆食事は一緒に取っていたし、会話——つぶやきも含めて——だってしていた。

 冗談を言い合ったり、カードゲームをしたりもした。

 殺してもいた。

 日常行動だった。

 二度と戻りたくないけれど今もすぐ自分の隣にあるあの頃の世界線。

 ジーだってそれはそうだろう。

 ここに来てからも一向に自分の名前を名乗ろうとしない。

 『お前には言いたくない』

 死んだふりをして荷台の死体の山の中に脱力してうずくまり、兵士が後ろを向いた隙に走って逃げたのだそうだ。

 仲間の体液や血、施術した装置から漏れ出した薬草や魔力。

 台車で移動するうちそれに染まった脱走防止の護符や魔法は完全にその効力を失っていたのだろうとジーは言っていた。

 幼いころ基礎教養としてハイレベルな家庭教師を付けて勉強していたのがあって、そのあたり、なんだかんだ詳しかった。

 メイちゃんとじゃれるジーは今、ジョットが殺したT系列のヤギたちを思い出しているのだろうか。

 頭を押し付けながら、ジョットにもジーにも、他の庭にきた人達にも『好き!』とストレートに呟いて愛を振りまいていた。

 そのころ『好き!』は分からなかった。

 今は。

 あのヤギたちやメイちゃんのようになれたら。

—————できるわけない。

 階下に降りる用事があるのにユンのテリトリーに入ることさえ出来ずにいる。

 今ユンの姿を見たら変になる自覚があるが、同時にユンに対してすら心ここにあらずになる自覚もあった。

 あのヤギたちの『好き!』はこれだったんだろうか。

 ジーがリアと付き合っていたころの二人を引き寄せていた『好き!』は?

 ベータが同居人に向けている『好き!』は?

 雇っている立場のジョットがユンにできることが他と比べて余りに少ない。

 悶々とするうちに、その日の昼食は過ぎ、お茶の時間になった。

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