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 静かになる。

 木陰であっても大粒の雨水がぼつりぼつりと当たっていく。

「皆さんにお願いがあります」

 未だ魔物を見据えていたキシアスの肩をポンと軽く叩く。

 顔が濡れていた。雨かどうかはわからない。

「他言無用でお願いします」

 テトが魔物の死体を見て苦笑いする。

「それ、脅しっすよね」

「そうです」

「否定なしかよ」

「何を言われても構わない。

 ここで静かに暮らすことが望みなんです」

 正確にはそれだけではないが。

「僕らの平穏を崩さないでほしい。

 そのほうが…それに、マリアンヌ先生の真実を世に晒さないでいたほうが、幸せでいられる人が多い」

 あえてキシアスの頭上に声をかけたジョット。

 テトもジェレミーも、キシアスの答えを待った。

 キシアスはジョットを見上げて、うつむき、しばらくしてから、二人を見て、

「運よく魔物は倒せた。

 ここには我々しかいなかった」

 空っぽの中にわずかに水があるコップを適当に投げてよこすような声音だったが、ジョットは受け取った回答というコップに確かに水が入っていることを感じ取った。

「…風邪をひく前に屋敷に戻りましょう。

 道案内は僕がします」

 そこから屋敷に戻るのに使ったのはジョットの手慣れた道だった。

 行きより時間がかかったのは3人の連れが疲弊しきっていたから。

 体の疲れ・睡眠不足もあるが、それよりもなによりも。

 ところどころの木陰で立ち止まると、キシアスはぼつりぼつりと質問を投げかけ始めた。

「もう一人、は?」

 ジョットは話してもいい話と判断していた。

「ここにいますよ。皆さんがいる間は黒子に徹して貰っている者です」

 キシアスは見かけたのを思い出したようだった。

「ジーさん、という方ですか?」

 ジョットはゆっくりとうなずいた。

「僕のような殺傷能力はありません。

 だから、先生は『失敗』とみなしていました」

 少し歩みを進め、休み、を繰り返す中で会話が続いていった。

「『力』はあるのですか?」

「人より力仕事がだいぶ楽にできるようになる、その程度です。

 制御ができないので、常時『力』が出っぱなしになってしまうのが問題で」

「それは…でも…」

 キシアスは混乱しながら、先ほどまでをぶり返したように悲壮な顔つきになっていく。

 先生から最初に——もしかしたら世界中で一番最初に——『カガク』の理念を聞いていたキシアスだからこそだろう。

「わかりますよ。僕もね、そう思います」

 森を抜ける間際で、ジョットは屋敷へ向かう道の濡れそぼってまだ誰も足を踏み入れていない平らなぬかるみを見た。

「先生が最初に目指していた、『魔力がなくても使える力なき人々を救うための魔法のような力』って、ジーが使っているようなものじゃないのかって。

 失敗なのは、人殺しの道具になり下がった僕のほうじゃないのかって」

 ジョットはぬかるみに足を踏み入れる。

 もちろん『力』は使わなかった。

 ぐっちょりと、足を取られる。

 ジョットがジーに日々突き付ける不完全さと完全さ。

 ジーがジョットに日々突き付ける不完全さと完全さ。

 あのときジョットが切り取ったジーの鼻。

 『庭』から逃げて逃亡生活中にジーと再会してから、ジーがジョットを殺そうとしていたころのこと。

 ジョット自身が、その全部に飲み込まれそうになることがあった。

—————今はそれをしているときじゃないから。

 ジョットに続いて森から道に出た三人に、自分を奮い立たせて告げた。

「先生がどこかで間違えたのか?

 先生が僕やキシアスさんに話していたのが説得のための綺麗ごとで、最初からそういう人だったのか?

 もう先生はいません。答えは闇の中です」

 ジョットは最初からそういう人だったことを知っていたが、キシアスにそれは言えない。

 諦めをつけようと必死になっているキシアスと、脅されているだけの残り二人をジッと見た。

「確かに、『カガク』は上手に使えばだれもが幸せになれる力なのでしょう。

 でも、間違えたら…僕のような化け物が生まれてしまう。

 危ないのはその力だけじゃない。

 力をめぐって諍いだって起きる。

 そしてその巻き添えで犠牲になるのは権力という力のない人たちです」

 ジェレミーは『やはり』という様子だ。

 逃げた後、さんざんジョットが追われたのは予想が付いたのだろう。

 そしてその追っ手がやったことと、追っ手にジョットがやったことも。

「二度と誰かが間違えて『カガク』という理で事をなすことがないように、僕はこのままここで永遠に謎のままになるつもりです。

 村人の前にも必要な時以外は姿を現していません。

 今後は従業員を矢面に立たせる予定で、その必要な時も無くすつもりです。

 誰にも知られないままここで静かに消える、それが一番いい。

 協力していただけますか?」

 キシアスは口調だけ落ち着いてた。

「わかりました」

 ため息をつくと、

「黙っておこう。

 そのほうが被害が少ない」

「報告は? なんちゅー言い訳するんすか?」

「ジェレミーが負傷してなかったら何とかなってるレベルだろ?」

 テトに見つめられたジェレミーは、

「まあ…そうですけど」

「じゃ、それでいこう。その怪我は何とかなった後の最期の一撃だったことにしよう」

「ご協力ありがとうございます。

 じゃあ、戻りましょうか」

 領主館。

 ジョットの、皆が寝静まった我が家へ。

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