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「そしてやられた奴の血痕はその足跡から放射状に離れる形で残っていたらしい…」

 ジョットはニンマリするジェレミーに調子を合わせて訝しむ顔を作った。

「おかしいだろそれ。

 仮にその足跡の主がその場所から切りつけたんなら…切った側、その足跡のほうに、横向きに飛ぶはずだ。

 芝居小屋の演出でさえそうなってるぐらい常識だろ」

「だから余計に都市伝説になっていたんでしょうね」

 追加調査のような話が全く出てこないところ、邪心なさげなジェレミーの様子。

─────『ジェレミーは白そうだな』

─────『キシアスの「先生」絡みの詮索が紐づかないことを祈るしかない』

 語られる内容は完全に、ジョットが戦時中にカロネアに行っていたときにやったことそのものだった。

 血痕はそのままにした方がいいと、『先生』から指導された。

 『敵軍への恐怖が必要なのよ』。

 『先生』が自分で考えたのか、軍部のお偉方からの伝言なのかはジョットも知らない。

 ジョットは『家族』を離れ、『庭』に入り、先生の施術を受けてから、そんなことしか学んでいなかった。

 だから疑問も持たなかった。

「足跡は最初の一回と次の一回だけで、その後はなくて、しかも戦争が終わった辺りで一切そんな話聞かなくなったから、戦争中ってみんな頭おかしいんだろうなと付け加えていましたね」

 最初は『力』の制御がうまくできなかった。

 足跡を残していたことには3回目で気づいて、しばらくは全ての仕事が終わってから岩場に足跡が残っていないか確認し、おおむね踏み消すようにした。

 最終的にはうまく制御できるようになり、足跡も残らなくなった。

 そしてあの人とジョットが『庭』から逃げた後、終戦したのだ。

 事実をすべて知っているジョットだったが、知らない顔をする訓練も当然『庭』で積んでいる。

 事前に心構えができている状態で過去の所業を詳らかにされることにはなんの問題もなかった。

「調査担当者としては気になるところだが…」

「僕としてもこの辺り崖地なんでね。

 でも…そうですよね、再発していないんじゃ…」

 領主としての不安げな顔を作ったジョット。

 それを見たユンが一瞬ハッとしたことに、ジョットは気づいていた。

─────僕がやったんだ…って言ったら…

 なんの罪悪感もなかったあの頃。

 断罪されてしかるべき立場なのにされないままのうのうとここにいること。

 それどころか、自分の周りの者達が危険にさらされたり、自分の守りたい者が危うくなったりしたら、今も罪悪感など微塵もなく同じことができるだろう。

「そうなんですよね。

 うやむやで。

 でも…こういうのも変なんですが、踏み込まないほうがいいのかな、とか思ったりもします」

「は、はぁ…」

 ジョットが演じる純朴な田舎領主の姿に、ジェレミーは穏やかだ。

「今平和じゃないですか。

 寝た子を起こさないでもいいかな、というか…」

「寝た子…まあ、そうとも、言えますかね…」

 ほっとしたような押し殺したような表情を作りながらキシアスを見やると、ジェレミーを凝視して考え込むようなふうだ。

─────『キシアス、何か勘づいてないか?』

─────『先生の噂の出どころにつながる可能性は見てるかもな』

「そうですよね。本当に、そうです」

 そういったのはキシアスで、その瞬間に食卓に視線を移して全員の表情をうかがったのもキシアスだった。

 軽い笑いのような相槌をさらに繰り出して場の空気を軽くする。

 そのおかげか、ジェレミーは自ら出した話題で醸成された重たい空気の最後を、自ら払拭しようと動いてくれた。

「全然違う話なんですが、あの御者の方、いったい何者ですか?」

「お気づきになりましたか」

 武ばった方面の人間は流石にすぐ気づく。

 ジョットからこうやって視線をそらすという役割りを、トレビスの元部下たちは今、存分に果たしてくれていた。

「でも、本当に変な話、今のお話でちょっとだけ安心してしまいました…」

「といいますと?」

「隙の無さが見えるかたで、ということです」

「はあ…」

「と言っても、自分も軍の先輩方から聞き知っているだけなんですけどね。

 なんでも『自分達のような歩兵程度から見ると一般の方と同じように隙だらけに見えて、そんな気配が全くないというのが一番危ない筋』なのだと…。

 例えば密偵や暗殺をしているような人種です。

 一般人から登用されて給料をもらってやる軍の訓練程度ではなく…訓練も相当のものですが、場合によっては子供のころから技術を仕込む。

 御者の方が武器を持っているのは後ろ姿で分かっていたので、隙の無さからそういう方ではないと判断しまして…情けないんですが、ちょっとだけほっとしてしまって…」

─────『自分で踏み込んじゃってるぅ~』

 ジーが茶化すような本当のことをつぶやく。

 ジョットの幼少期をそのまま言い当てているかのようなジェレミーの話に、ジョットは嘘を混ぜた本当でそれを覆い隠した。

「このあたりに住んでいる人たちにそういった人種はいないですよ。

 皆おだやかに日常を過ごしている。

 ジェレミーさんの言うような気配がどうのというのは僕にはわからないですが…まあ、わからないでいいのは、幸せということですね、きっと。

 僕のことも、皆が守ってくれている」

 ジョットを凝視していたキシアスは、急にあきれたようになって付け加えた。

「急に談笑を人聞きが悪い話題に発展させるなよジェレミー」

 一気に和やかになる。

 ただ、そうして夕食の食卓が笑いに包まれて閉幕した後。

 ダイニングを出ていくキシアスの腑に落ちない様子をジョットは見逃さなかった。

─────『調査する』

─────『了解。そういう段階だなこれは』

 ジーもキシアスの笑顔が明らかに作り物だということに気づいていたようだ。

 3人が自室に戻る姿をチラリとみようとすると、キシアスと目があった。

 キシアスがハッとしたような顔になるのをごまかしながら、笑顔を作る。

 何かジョットに関することを考えていたのは明白で、そういう素人臭いところがますます可哀そうになる。

─────先生を信じる気持ちだけで、危ない橋を渡ってるんだろうけど…。

 三人の声が廊下からしなくなり、上階でドアの閉まるのを見届けるやいなや、ジョットは音もなく階段を上った。

 堂々と静かに動くと、人は逆に気づかない。

 リアやユンは自分の持ち場で仕事をしており、視線一つ合わないほど。

 そっと3人の部屋のドアの前まで来たことに、室内の3人も誰も知らない。

 ジョットはドアの前にしゃがみこんで、念のため階下から見えない位置かつ踊り場から上がってくる人が見える方向を向いた状態で、室内の会話に耳をそばだてた。

「…りなんかあの領主さん隠し事してる気がする」


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