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「いや、いいんだ。十分うれしいからさ…僕はそろそろ部屋に戻るよ」

 自分の分のティーセットをかたずけようとしたら、ユンに静止された。

「じゃあお願い」

 ダイニングの入り口へと向かいはじめると、ユンはランタンをもって立ち上がった。

「いいよ、大丈…」

 見てしまった。

 ユンの全身。

 今までずっと座っていたし。

 部屋に入ってきたときは入ってきたことに気を取られて全く気付いていなかった。

 ネグリジェが光で完全に透けている。

─────これ、絶対だめなやつ…

 肩から掛けたストールより下にあるユンの体は、ほんのりベージュに寄った黒い影だった。

 昼間の制服姿の答え合わせのような、程よく締まりつつ肉付きのいい腰、ふくよかな尻から太もも、それを支えるキュッと細くなった膝、ほんのり太くなるふくらはぎ、足首…。

─────だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ

 理性をかき集めるとこわばった全身が少し落ち着いた。

 昔『庭』で訓練していたのがこんなにいい意味で役に立ったのは初めてかもしれない。

 同時に訓練で覚えた、夜に男が女にするあれやこれやが出てきそうになる。

─────雇い主として、なんとかこれだけは、言わないといけない。

「…あとさ、もう一個いい?」

「はい?」

 ジョットは理性の全てを言葉に乗せた。

「夜、降りてくるのはいいけどさ。

 その…ネグリジェは気を付けてね。

 上はストールでいいけど、下、スッケスケだからさ」

 踵を返して軽く深呼吸する。

 ユンの声はない。

「…わかってくれた?

 ちょいちょい僕、夜ここに降りてきたりしてるし、一応…その、成人男性だからね?」

 ジョットはいつのまにか、どうにかなりそうな気持ちと体を置いていくくらいの感覚で走っていた。

 自分の寝室に戻ってそっとドアを閉めると、さっき網膜に浴びた劇薬のようなユンの姿が舞い戻ってきた。

 ずるずると壁伝いにしゃがみこむ。

 何度か息をつくも、何度も蘇ってくるユン。

 一瞬しか見ていなかったのに、そのユンがそのままジョットのところにやってきて、ぎゅっと両腕でジョットを抱きしめて、そして…。

 ジョットは今までになく自分が男だということを自覚した。

 体つきは少年だが生殖能力はある。

─────だから自分の子供が欲しいって思ったのに。

 ジョットは本能と戸惑いを覆い隠すように、自らの顔を両手で覆った。

 大きな手は小さな顔を易々と隠すことが出来、それはジョットをその夜一晩ますます苦しめることになった。





*****************************




 そんなことがあったのに、ユンは時々それ以降も夜ダイニングに降りてきた。

 制服に着替え直してくれているからあのときほど興奮することはないけれど、どこかに埋火のように残っている気配が時々ぶり返し、自室に戻った後毎回、そう感じた自分に対して深い後悔に際悩まされた。

 もう明日にでもその場で無理やり押し倒しそうだと思ったけど。

─────多分これから1週間はそういうことはないだろう。

 なぜなら考える余地がジョットからなくなるから。

「王宮付魔物出没地区調査主担当のキシアス・ノゼドと申します」

「副担当のテト・エディミドルです」

「護衛のジェレミー・セマイヤです」

「領主のジョット・コーウィッヂと申します。

 宜しくお願いいたします」

 馬車から降りる三人に手を差し出し、主担当から順に握手を交わす。

「これはなかなか」

「僕の代で建て替えしましてね」

 ほほぉうと眺める主担当を他所に、馬車を駐車場に回すジーからのつぶやきも、それを受け取るジョットも冷静だった。

─────『主担当者:隠密行動経験無。勘良。狡猾さ有・度合不明』

─────『護衛:隠密行動経験無。勘通常。実直。実戦経験中度。歩兵~伍長未満』

─────『若手補佐:隠密行動経験無。勘不明。新人。KY』

 ジーからの情報連携に受領連絡を返す。

─────『報告了解』

 悲しかった。

 『訓練』の通りだったからだった。

『隠語の利用は不要です。能力のない他の者には受け取れないですからね』

 脳裏に浮かんだ先生の優しい声音のリフレインを玄関のドアの開閉音でかき消す。

 ティールームまで行くと、

「女性もズボンが制服なんて珍しいですね」

「なにせ人がいないもんで、動きやすさを優先することにしたんですよ」

 早速ユンに目を付けたのか。

─────『彼女はお前らの見世物じゃないぞ』

 しまった呟いてしまった、と後悔先に立たず。

─────『お前いきなり秒で何のことか分かる雑音入れんなよww訓練訓練。思い出せ~w』

 その割には楽しそうな呟きに恨み言を付けたしたくなったがやめた。

 昨日の朝来たチリカには即気づかれ、目いっぱい面白がられたのを思い出したからだ。

『心配?』

 チラリと調理場の横でジョットを見やったあの顔。

『うん。心配』

 あの人の隠し場所や僕の正体がばれる可能性を考えたら、当たり前の回答だったのだけれど。

『違う』

『え?』

『彼女』

 単語だけなのににやりと口の端を持ち上げ、その歯も見せないままにジョットの頭を撫でると、

『がんばれオトナ』

 チリカはジョットの股の間をガン見して立ち去って行った。

─────アバスレめ。

 チリカは男のつまみ食いが趣味みたいな奴なのでなんの遠慮もなかった。

 ジョットは『食べ応えなさそう』からいらないんだそうで、有難い限りだった。

 が、ジョットは調査担当者ご一行&朝っぱらからそんなエピソードを繰り広げたチリカを踏まえて今、一抹の不安を抱え始めていた。

 見たところこの主担当者──そこそこ伸長と筋肉がありそうな若者から壮年になろうとする年齢の体躯と雰囲気──、チリカのお眼鏡に叶っている気がする。

 このリスク検知力は明らかにあの逃亡生活を送っていた船で培われたものだということに思い至り、

─────僕が一番年上だったのはそうだけど、それにしても保育園みたいだったもんな。

 あのころのあのメンツと比べれば今回のご一行はみんな大人に見える。

 だからこそのリスクはあるのだが、この3人の中に先生を知っている人間がいなければ、万事恙なし。

 仕事の説明に入るところで一口紅茶を啜ると、気持ちは自然と切り替わっていった。



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