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 ユンが何かを探ろうとしている訳ではない。

 それでもここ数日の出来事は、ジョットに疑心暗鬼をよぎらせるに十分だった。

 心を静め、

「…10年ちょっと前かな」

「じゃあ戦争が終わる、あの頃に先代から?」

「うん」

 普通だ。でも、気を抜くのはまだ。

「…申し訳ありません」

 ジョットの不機嫌を察したのだろう。ユンがしおれてしまった。

 喉の奥にいきなり冷や水を流し込まれたような気分になる。

─────ちょっとだけ。

「…僕ね、ほんとのこと言うと、ここの領主の息子じゃないんだ」

 ユンがバッと顔を上げて、さっき以上に驚きとすまなさを隠せない目つきでジョットを見ている。

─────冷や水どころか氷水だ。

「いや、いい。気にしなくていいから。

 ユンさん、多分前から薄々変だなって思ってたんだよね。

 僕としてもベータとか、村の人とかと話したら、分かるかもなとは思ってたから。

 当たってるよ。その通り。

 よそ者なんだ僕は」

 一番大事な『では、何故ここにいるのか?』を適当にぼかしながら話す間、ユンは真剣な顔で相槌を打っている。

 ひとしきり話終わったところで、

「ま、だから新しく村人をかき集めて定着させるなんて荒業できたんだけどさ。

 その辺、村長からなんか聞いてたりする?」

 ユンはそっと頷いた。

 雨音だけになると、ジョットは言葉を継ぐのが極端に難しくなったように感じた。

 昼間はもっと話がしたいと思っていたのに。

 ジョットの日常である夜の世界にユンを引き込むことに抵抗が出ただけかもしれない。

 逆にユンは、夜だからか──それとも非日常だからか? 間が持たないからか?──、またジョットに話しかけてくれた。

「前にベータ様とお話していらっしゃった、昔の知り合いの方ってどんな方だったんですか?」

 ジョットは恐怖を焦りを押し隠した。

─────ユンさんは僕の過去を暴こうなんてこと考えてないはずだ。

 言い聞かせても言い聞かせても。

「…申し訳っ…その…」

「うん、ごめんね。仕事の時間外なのに気ぃ遣わせちゃってるよね」

「ぃえ…」

 暖かな炎。ユンの思いやり。

 暖かみなんてものとはかけ離れたジョットのこれまで。

 ただ、ユンが今振ってくれた話題は、その中からすると暖かみのあるポイントではあった。

「あの人はね、普通っぽく見えて実は一番変な人だった。

 一般常識や教養は一通りできてたんだけど、なんていうか…半分勘でやってる感じなんだ。

 動物的な愛想の良さと面倒見の良さと世渡り力っていうかな。

 本当に危なっかしくて見ている方は堪らないんだけど、その勘ってやつがなかなか侮れなくてね」

 ジョットは言えるところだけ口にする。

 同時に、あの人と会ったときのことをつぶさに思い出していた。




*****************************




 ジョットは庭に一人佇んでいた。

 先生に頼まれた『始末』が済んだから。

 全員を荷台乗せるのは大した労力ではないが、何往復もするのが面倒だった。

 面倒が過ぎて、この間一体だけ多分仕損じたのを黙っていた。

 もう報告するのも面倒だった。

 先生は興味がなさそうだったから、もうどうせ見ていやしない。

 運び手の兵士は魔法がかけられているはずで、仕事が終わったら何をやったのか覚えていないわけで。

 どうでもよかった。

 来週からはまたあの崖に行くことになる。

 野宿になるから今のうちに楽に眠れるベッドで熟睡しておいた方がいい。

 先生には月末は別の場所にいく予定と伝えられていた。

 初めて行く場所で、多分1回こっきりという前にもあったパターンだから、聞いた時『そうか』とだけ思った。

 それ以外なかった。

 部屋に戻ろうと踵を返しかけたその時。

「お、坊主、どうした?」

 銀髪の青年が立っている。

 多分20代で、王宮騎士団の団員ようだ。

 が、明るい紺色と黒に近い紺色でまだらになっているその制服の模様は、明らかにいつも見ているのと違っている。

 偶に寮に王宮騎士団の人間は青に近い明るい紺色で白い縁取りがあったりしたはずなので、それに混ざったら目立つかもしれない。

 持っている剣は大型の魔物が出た時に使う中でもとりわけ大きいサイズ。

 柄の汚れ方や刃の具合から、目いっぱい使い込んでいるのがわかる。

─────誰だ。

 警戒心を強めつつ、訓練の通り無言で、表情には出さない。

「こんなとこで何してんだ?」

 相手はキョトンとした表情でゆっくりと近づいてくる。

 やろうか、と思ったが止めた。

「血だらけじゃねぇか」

 心配しているらしい。

 なぜこの青年が自分を心配するのかジョットには全く分からなかった。

「僕のではないので、大丈夫です。友達の怪我を手当てしたんです」

 ジョットは少し嘘をついた。

「友達は?」

 ジョットはかぶりを振った。それだけは事実だった。

 青年はしゃがみこんで、

「…もう日ぃ暮れるぞ。家帰れ。親御さん心配してんだろ」

 まれに会う庭の外の人間と同じように、この青年もジョットのことを十代半ばと思っているらしい。

 それはそれとして、ジョットは考えてしまった。

 家とは今の自分にとって何を指すのだろう。

 訓練では家は家族という人の集団が住む場所で、あえて言うならごく小さいころに住んでいたあの家族の住むあの場所だ。

 でも、あれは訓練で聞いてきた家とは違う。

 父も母もいたが、そういう家族ではなかった。

 では、ここは?

 青年はジッと、考え込んでいるジョットを見つめていたらしい。

 訝しむように、

「他の友達は?」

 ジョットはじっとして、かぶりを振る。

 先ほど荷台に載せきって、今はもう寮にはジョット一人になっていた。

 ジョットはさっきからつき続けている嘘のうち一つをまた今もついていた。

 『友達』ではなく、『同じ釜の飯を食った仲間』だった。

 ジョットと彼らの違うところは、ジョットは成功して彼らは失敗したという点。

 そんなジョットの考えなどもちろん青年は知らない。

 それなのに少し考え、怒りをあらわにするような顔になったと思うと、少し早口でいきなりこう切り出した。

「俺と来るか?」

 ジョットはずっと地面を見て考えていたことに急に気づき、声の主の顔を見た。

 かがんだ姿勢から瞬き、身じろぎ、なに一つしないその様。

 本気だ。

─────なんで?

 それに、

─────俺と来るかって…どこへ?

 ここ以外のどこがあるというのだろう。

 ジョットは青年の瞳に映る自分が、先生の施術を受けたころと変わらず十五歳の顔であることを知っている。

 もうそれから…15年? 多分そのぐらい経っているはず。

─────どこへ?

 訳が分からなくなっているジョットから、青年は一歩だけ下がると。

 腰に手を当て、腕を手前に折り曲げる大きなジェスチャーをしながら、笑顔ではっきりとこう言い放った。

「来い!」

 ジョットの動きを待たずに、青年は勝手に歩き出した。

 ジョットは何も考えていなかった。

 足はひとりでにその青年の後を追っていた。

 青年はついてきているのに気づいて少し歩みを遅くし、ジョットの手を取った。

 だが、行く手には、

─────ここ、護符と魔法陣で二重に結界張ってあるって先生が…。

 一瞬、身構える。

 しかしなぜか青年と一緒に歩いていると、あると聞いていた境目のあたりを他の場所と変わらず通り過ぎることができた。

 ジョットは自分が何者で、今やっていることがどういうことなのか知っていた。

 でも、知らないこともあった。

 彼が誰か。

 この国にとって今、彼と自分がしていることが何を意味するのかを。

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