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「お、タイミングいい~!」

 階下に着いたところでジーとユンの顔を交互に見る。

 ユンはさほど気にしていないようだが、ジーはかなりしょげていた。

「ジー。あとで話あるから。

 じゃ、ユンさん、行こう」

─────『字、読めないの忘れてメモ出しちゃった』

─────『気にしてなさそうだから大丈夫だよ』

 ジョット自身と違って学校に通って覚えたジーの字は達筆。

 大事な能力だし凄いことなのだが、問題の種になったことは一度ではない。

 前に付き合っていたリアが読めず、最初に口説こうとバーでメモを出して悲しそうな顔をされて以来、ジー自身が気にしてきたことだった。

─────ジーも緊張してたってことか。

「調理場の場所とかジーの説明でわかった?

 あの辺だけは僕あんまり把握してないから説明できないんだよ」

「はい。

 ほとんどわかりました。

 そんなに特殊なものってなかったので」

「いや、ならよかった。

 しばらくの間はジーもついて作業してもらうからさ」

 説明はちゃんとできていたらしい。

 コーウィッヂは先ほどあっただろうことを毛ほども気にしないユンの様子に安堵した。

 それから他のことを一通り説明を終えるのにそう時間はかからず。

「といってももう3時だしね。

 ティータイムパート2のあとはもう今日は上りってことで、晩御飯になったら呼ぶから~」

「かしこまりました」

 ダイニングにつくと、もうコビとシロヒゲが来ている。

 ジーが紅茶を入れていた。

─────『ごめん』

─────『ほんとに気にしてなさそうだったから』

 ビスケットを手に取って端から齧る。

─────『ほんとに? お前時々超鈍感だからさ』

─────『傷つくなぁ…』

─────『傷なんか一つもつかんだろ』

─────『物理的にはほぼ、な。それ言うなよ』

─────『そうだけど』

 無言のままでは不信感を抱かれる。

 ジョットはそろりと口に出していい話題に移行した。

「で、備品の購入、終わった?」

 ジョットは耳に小指を突っ込んでほじるジェスチャーをしながら目をそらすいつも通りのジー。

 終わってないらしい。

 いつも通りのジーの反応に安心しつつ、ビスケットを齧った。

 ジーの肘をコビがつついている。

 ジーがじっとりとコビ睨むのが面白くて少し笑ったら、持っていたティーカップから紅茶がこぼれた。

 こういう時シロヒゲが速い。

 サッとふき取る姿に、

「ありがとう」

 すぐにシロヒゲは角を挟んでジーとは逆側のコーウィッヂの隣にいたユンの肘をつつく。

「あ、ごめん、かかっちゃった?」

「いえ、大丈夫です…」

 ちょっと呆けている。

 朝からずっとで疲れているだろう。

 致し方ないことだ。

 夕食を終え、ユンが部屋に戻った後、コーウィッヂはみどりちゃんの様子を見に行った。

 普段は昼間にできていることが昼間にできなくなってしまっているのだ。

 ストレスが溜まっているのでは。

 ここ最近は雨が少なく、調子が悪くなってはいないものの心配だ。

 普通に部屋の中でコロコロしているのを見て安心した。

 ついでにジーが普段使っている修理道具類が、みどりちゃんの粘液によって金属光沢を取り戻している。

「だいぶこまかいとこまでやってくれたんだね。ありがとう」

 ジーとジョットは劣悪な環境に慣れ過ぎている。

 みどりちゃん・コビ・シロヒゲ・メイちゃんによって領主館の外観・内観が保たれているのは間違いない。

 ジーのセンスで助力できるのは枝切程度だった。

「いつもより時間短くなるけど、夜、よろしくね」

 みどりちゃんがぴょこんと跳ねる様を見て、ジョットは笑顔になった。

 書斎に戻って、事務処理をして。

 みんなが寝静まり、みどりちゃんのペタペタ音が聞こえてきた。

 時刻はもう真夜中。

 そろそろジョット自身が店じまいする時間だ。

 そっとドアを開けて、月明かりだけが差し込む廊下に出て、吹き抜けに向かうその途中で手すりに両手をかける。

 そのまま手すりに足もかけて、力を入れて手すりの上に。

 するりとそのまま、いつもの位置目掛けて中空に身を放ち。

 そっと着地。

 もちろん、足音などしない。

 ジョットの『力』をもってすれば容易なことだった。

 そのままダイニングへ向かって湯を沸かす。

 こぽこぽと沸き立つ湯をティーポットに注ぎ、一式をダイニングに持ち込んで自分の席へ。

 夜は悲しいくらい自分だけの時間だった。

 意識的に足音を立てて歩く方法を覚えなおした時。

 普通の会話につぶやきを混ぜ、周りから察せられないようにする訓練をしたとき。

 ジーと訓練したこともあったように思う。

 すべてがおぼろげだ。

 マリアンヌ先生がジョットの肩にそっと手を置き、『よろしくね』と言って立ち去る。

 辺りにはジョットのほうを向いて横一列に整列して並ぶ、同じ釜の飯を食った仲間たち。

 そのほとんどの顔を、ジョットは思い出せない。

 すべてが終わって彼らを荷台に載せても、ジョット自身は全く重さを感じなかったから。

 崖地に出て一人で野営したときだってそう。

 この土地を切り開いていった時も。

 道端の細い小枝を折るように容易にできてしまっていた──おぼろげにしか記憶にない──事どもが、ジョットの肩に重くのしかかった。

 それを振り払うように、今の誰もいないダイニングテーブルに、みんなの夕食の時に座っていた姿を重ねてみたものの。

 1人紅茶を啜る行儀の悪い音だけしか、そこにはなかった。

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