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「隣村の宿に一泊するだろうなと思ってたんだ。

 それで、こっちから迎えに行くって話、宿のご主人にしてたはずだったんだけど、どうも連絡がうまくいってなかったんだね。

 結果オーライで行き違いにならなくてよかったよ」

「いえ、お心遣いありがとうございます」

─────素直だなぁ…大丈夫かなぁ…。

「感謝するのは早いかもよ?

 もしかしたらこんなところまで迎えに来るなんて怪しい人かもしれないし」

 ユンはふっと小さく笑った。

─────かわいいなぁ…でもほんと、大丈夫かなぁ…。

 と、車体が多少斜めになる。

「この先の丘の上なんだ。

 上り坂とカーブが続くから気を付けてね」

 咄嗟に頭上のハンドルを握ったユンに、ジョットは条件などの話をすることにした。

「落ちついてからってのもあるけど、気になるだろうし」

「よろしくお願いします」

 慣れない握り方でハンドルにしがみつくユンを新鮮に思いながら、ざっと説明を流す。

「なにせ人手が足りてないもんだから」

 だって言葉を話すことができるのがジョットとジーだけ。

 ゆくゆくは業者とのやりとりや、定例の取引のサインはユンにやってもらう予定だった。

 文字は読めないが数字はOKという、恐ろしくピンポイントのニーズを満たす人材がこんなに早く見つかったのが僥倖。

 『恐縮ですがよろしくお願いします』とかしこまるユンに好感と不安がないまぜになる。

「ここまでのとこ、質問ある?」

「い、いえ…」

「またまたぁ~。

 いいよ? 遠慮しなくって」

 答えられることとそうでないことがあるけど。

「じい、とはどんなお方で?」

「今御者やってくれてる人のことだよ。

 昔から色々やってくれるんだけど、今は御者以外だと庭の手入れとか家の補修とか全般的に。

 申し訳ないくらい働いてくれてるよ」

 他の質問はなさそうだったので屋敷についてからにしたら、馬車が轍を作る音と森の梢の響きだけになった。

─────『とりあえず最初の説明は終わり。後で挨拶しろよ』

─────『了解』

─────『本当か?』

─────『ほんとだって。俺を信用しろよ』

─────『要求の難易度が高いぞ』

 さっきセクハラ発言をしていたのと同じ頭から出てきているつぶやきなんだから。

 ただ、言いはしなかったものの、こうも思っていた。

 『「信用してくれ」と口にする嘘つきは下手で可愛い嘘つきだから、まだ信用できる』。

 ジョットは『怪しい人かもしれないし』なんてあえて匂わせて疑いを払おうとするタチの悪い嘘つきもいることを、良く知っていた。

 考えると辛くなるのも知っていた。

 だから今はそこから逃げることにした。

─────『今んとこ全部合格点』

─────『じゃあ、メイちゃんとかこの子たちとかはともかく、あとの3人ってことな』

─────『うん』

 そのままジーからの返事はなく、なし崩しにまた静かになった。

 領主館へと続く、自分が過去に整えた道と森を今さら懐かしく眺める。

─────ここに残るって決めてからもう10年…だっけ?

 この歳になると歳月が年単位で曖昧になる。

 20代という若者を前に、丁度自分があれぐらいのときに生まれた子供が今こんな風になっているのかなどとしみじみしてしまう。

 いかにもおっさん臭い。

 見た目が変わっていないので、余計苦しくなった。

 丁度領主館に近くなってきたのをこれ幸いと、

「もうすぐだよ」

 勢いよく姿勢を整えたユンに少しだけ悪いことをしたと思ったが、ジョットの気は晴れた。

 そしてユンが丘と領主館に開いた口をふさぐのも忘れていて誇らしくなったからだ。

 先代の領主から譲り受けた時倒壊しかかるくらいになっていたのを、ジョットが船で稼いだお金に投資して増やしたお金で立て直した領主館は、丘にどっしりと構えている。

 先代のころ、この辺りにはまともな村などなかった。

 領地の収入も細く、屋敷というよりちょっと大きい家位の物だった。

 ジョットが3人とコビ・シロヒゲを連れてここに初めてやってきたとき、小屋を建てるのをあっさり許可してくれたのは、要するに金に困っていたからだ。

 ジョット後を継いで領主になるのを許可したのは、自分を看取る人間が欲しかったから。

 年老いた先代を介護するうちにジョットは、この辺りの人間が領主の存在を時折忘れるぐらい自給自足していた事、領主が戦時で若者がいない村から取り立てをすること自体を申し訳なく思い、手元の財産を売り払って飢えをしのいだ結果こうなっていったことを知った。

 ジョットはここに残る必要があった。

 この領主館でジョットの後を継ぐものを造り、代々あの小屋を見守ってもらうためだ。

 そしてジョット自身の…

 ユンに目を移すとともに、馬車が止まる時のいつもの揺れ方になった。

 「あ、と、ドアは…」

 「そこ、押すと開くから」

 ユンが多少ふらつきながら馬車を降りるのを見届けると、ジョットも自分のホームグラウンドに足を降ろした。

 斜め上に視線を向けて左右をきょろきょろ。完全にお上りさんの体のユン。

 ジョットはますます嬉しくなった。

「ようこそ我が家へ」

 ジョットに顔を向けているが、ちょっと惚けているのがわかる。

「ほら、おいで」

 迷子の子供を案内するような気持ちと、良い子を連れ去る悪いおじさんになったような気持ちがさざ波のように押し寄せる。

「ここだから」

 大扉の脇の小扉を開けて中に入る。

「失礼します」

 ユンが一歩踏み出す足元からも、その緊張が伝わってくる。

 領主館の外観を見ていた時以上に目を丸くしているのが、吃驚した猫みたいだなんて思ったジョット。

 ユンが気を取られていてこちらに全く注意を払っていないのを良いことに、静かに盛大に笑みを漏らした。

 ダイニングまでユンを誘導すると、

「疲れたよね。

 ちょっとここで待っててね。

 お昼の支度するように話してくるから」

 ジョットは面白半分でユンをその場に置いて立ち去る。

「え? あ…は、はぃ」

 背後から曖昧な返事が聞こえると、ますます楽しくなった。

─────『若い子、やっぱかわいいねぇ』

─────『おいおっさん』

─────『お昼よろしく、もう一人のおっさん』

─────『へい了解』

 ジーに了解が取れたのにほっとしたジョットは、コビ達が今いる部屋の様子を見にダイニングの裏の部屋に足を延ばした。

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