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「ようこそエトワへ!

 はじめまして!

 僕がエトワ領主のジョット・コーウィッヂ、42歳デェーッス☆」

 畑道のど真ん中で決めポーズを取りながら、ぽかんとした赤毛の女性を前に、ジョット・コーウィッヂは思った。

─────出オチには、絶対にしない。

 そうだ。これが始まりなのだ。

 この後の展開を内心ハラハラしながらジョットは考えていた。

1.うろたえられる──『え! えっと…あの…』 的な。

2.悪態つかれる──『はぁ!? あんた何言ってんの!!』 的な──。

3.心配される──『大丈夫ですか?』 的な──。

4.子供の冗談と思われる──『うふふ…未来の領主様こんにちは。お迎えありがとうねv』 的な──。

 このどれかだとすると、残念だが彼女の今後には期待が持てない。

 ジョットとしては、どうしてもどうしても彼女に5つ目の正解を出してほしかった。

 そういう根性ある人材を見つけるために、身元保証不要・推薦状不要・制服支給・住み込み三食付きというちょっとブラック職場が疑われるような条件を出したのだ。

 これまで雇った人と言えば、

─────お金盗もうとしたあの人でしょ?

─────うちの屋敷のみどりちゃんを見るなり逃げ出したあの人でしょ?

─────コビを見つけて、恐怖のあまり怒鳴りつけ、本気でその場でケンカになったあの人(木材の勝利だった。人間の体より堅いし、痛覚ないもんね)…

─────僕にちょっとしたいかがわしいコトをしようとしたあの人に…

─────僕にそこそこいかがわしいコトをしようとしたあの人と…

─────僕に相当いかがわしいコトをしようとしたあの人…

─────そうそう、ジーのこと好きになっちゃって仕事が手につかなかったあの人!

 コーウィッヂはこれまで領主館であったあれやこれやをダイジェストしながら、畑道のど真ん中で仁王立ちして新しくやってきた仮採用のメイド、ユン・チェイを見据えていた。

 この条件で期待する人材が採用できないとなると、かなり後が厳しくなる。

 というか、今のセルフダイジェストからジョット自身も改めて自覚した。

 自分が住まう領主館は──何かが引っかかっちゃう地雷的人材満載という意味で──疑いようもなくブラック職場であることに…。

 平静を装って目の前の女性の出方を待ちだしてから、もう何時間も立っているような気になり始めたその時。

 女性は、ゆっくりと息を吸って、

「コーウィッヂ様、お初にお目にかかります。

 私、ユンと申します。

 シッリヤ氏からご紹介いただいて参りました。

 どうぞ、よろしくお願いします」

 すかさずその場に膝をついて頭を垂れた。

 その瞬間、ジョットは全身が喜びに満たされたのを感じ取った。

─────5つ目…正解!!!!!!

「ッ本採用ぅ!!!!」

「え?」 

 ものすごい速度でその女性、ユン・チェイがその面をジョットに向ける。

 日の光に照らされたそばかすだらけの面差し。

 頬には飛んできた砂埃が張り付いていて、薄い桃色の唇の水分を容赦なく奪い取っているようだった。

 短めのまつげに縁どられた茶色の瞳は大地のように肥沃で底が見えない濃さ。

 小麦色より少し薄いぐらいの色の肌、その毛穴と産毛が目に入ったその時、ジョットは思った。

─────人間の顔だ。

 ジョット自身の顔──汗一つかかず毛穴すら見えないきめ細かい白い肌・長いまつげと透き通るようなセルリアンブルーの瞳・ほとんど乾燥なんてしない色の濃い唇──とは違う。

 日の当たるところで暮らしてきた人間。

 汗をかいて自分の足で立って生きてきた人間。

 ジョットがそうなりたいと、ずっと願ってきた人間の顔がそこにあった。

「…うん。おめでとう。

 本採用だよ」

 ジョットは自分の領地にやってきた人間・ユンに告げたつもりだったが、言葉はあたかも自分にも言い聞かせているようなものだった。

「ありがとうございます」

 至極冷静な顔で再び跪いたまま頭を下げる様を見て、ますますジョットは好感を持った。

「いいよ、立って。

 詳しいことは乗ってからにしよう」

 馬車の乗車口のドアを開けて、いつものように乗り込みながら振り返る。

 さっきまであんなに落ち着いていたユンが、いやに自分のことを凝視していた。

 そして緊張した面持ちで目をきょろきょろさせながら馬車に乗り込んでくる。

 ジーが馬車から降りて、ユンの後ろに立っているのが見えた。

 少し不安になったジョットはジーにつぶやいた。

─────『今度はストーカー気質じゃないといいなぁ…』

 ジーはドアを閉めながら、

─────『客が乗るような馬車初体験なんじゃね?』

「あー、そっか」

 では説明しなければ。

「そこまで端に引っ付いて寄らなくても大丈夫。

 ほら、その上にハンドルあるでしょ?

 揺れた時にそのハンドルにつかまれる程度に壁際に寄って座るんだよ。

 あんまり寄りすぎるとむしろハンドルに頭ぶつけたりするから気を付けて」

 ほっとしたのか、頬のあたりのこわばりが少しほぐれたように見える。

「ありがとうございます」

 それでも、壁にピッタリと密着しすぎるくらいに寄っているユンは、これまでの人達の中では落ち着いている方に分類された。

 雇い主側から直々に迎えに来ている時点で、ガクブルしちゃうぐらいの不信感を持った人間もいたから。

 でもそうせざるを得ない。

 勝手に来て、勝手に入って、いきなりみどりちゃんやコビやシロヒゲとバッティングするのは相当問題。

 迷子になった挙句小屋の方に出入りされるのはもっと不味かった。

 ユンはゆっくりと走り出す馬車の窓から、外の風景に見とれているらしい。

 なんだかんだ若い女の子だなと思いながら、

「ユンさん」

「よろしくお願いします、コーウィッヂ様」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 雇い始めの挨拶もきちんとしている。

 大丈夫そう…かな? と思ったらジーから、

─────『後ろから見たけど、なかなかいいケツしてた。ジョット、領主館の階段下にスタンバイするだけでこれからしこたま拝めるぞ!』

─────『お前…』

─────『真面目www』

 馬車を走らせながら不謹慎な話題を振ってきたジーとの会話をこれ以上発展させたくなくて、ジョットはすぐにユンに話しかけることにした。

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