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 タオルや盥やいりそうなものを一通り持って二階に駆け上ると、部屋のドアはその音を聞きつけたコーウィッヂが中から開けてくれた。

 開けるや否や椅子に戻ってジーの横に座るコーウィッヂ。

 顔、というより、頭と頭の距離が近い。

—————実はやっぱりそういうことなんじゃ…

 若干可能性が本腰を入れてくる情景だが、手を握ったりなんかは全くしておらず、コーウィッヂだけが妙に前掲姿勢になっている。

 そして時折まるで喋っているみたく表情を変えていた。

「コーウィッヂ様」

 役に立つのかもわからないが、ジーが額に汗をかいているのが見えたので濡れタオルを渡してみた。

 コーウィッヂは目礼して受け取る。

 ジーは歯をうっすら見せて笑った。

 ジーの額にタオルを当てるコーウィッヂは、その手をそのままジーの頭の脇の方にもっていった。

 ジーの髪で隠れている方の、頭の表面を拭いているように見える。

 枕を変えるときにちらっと髪の隙間から見えたけれど、毛が生えていなかったのでちょっとびっくりしたあの場所。

 体は見せたくないと言っていた、とコーウィッヂから聞いており、『野郎の体とかほんとは拭きたくないけど』と言いながら、伏せってからはコーウィッヂがやっていた。

 ジーがまたにやりとすると、コーウィッヂがこわばった。

 コーウィッヂとジーのわずかな表情の変化以外、何も動いていない。

 外の森で梢が風に音を立てるそのわずかな響きすら聞こえてくるほどの静けさ。

 それなのに不思議と二人は会話しているように見える。

 コーウィッヂの表情だけが、泣きそうになったり、怒りそうになったり、懇願するようになったりした。

—————この人は何を思っているのだろう。

 コーウィッヂとジーの表情をただ見つめ、ジーの終わりが近いこと、『G』という文字のこと、この二人のこれまでのことを想像し。

 ユンが祖父母に対して思っていたそれとは全く違うのだろうことを想像し。

 ユンに今できることが何もない。

 悟った、その時。

「おい!」

 いきなりコーウィッヂがジーの頬を軽く叩いた。

「もうっ…つながらない…っ」

 自分の頭をばり掻いている。

「お前のパーツは僕には使えないって前に言ったろうが!!」

—————パー…ツ?

「いいんだって僕は!」

—————何のこと?

「はぁ!? 自分で返せよそんなもん!!」

 ベッドに手を打ち付けている。

 そうするとジーの唇がわずかに息をついた。

「僕より年下のくせして、僕より先にあっさり逝っちゃうなんてダメだろ!

 僕を一人にするなよ!!!」

 ジーの表情が堅くなり、コーウィッヂを強くにらむような目つきになった。

 自分の瞬きが止まってしまっていることにユンは気が付きもしない。

 再び木々のさえずりに支配され、誰も口を開かなかった今さっきに戻る。

 コーウィッヂの目には涙は浮かんでいなかった。

 眉間にしわを寄せ、悩んでいるような、驚いているような風だ。

「だから! 今さっき言ったろ!

 ユンさんはそーゆーことするひとじゃないって!!!」

 いきなり自分の名前が出てきて体が反射的に痙攣する。

 ようやく、あまりの出来事に止まってしまっていたユンの思考が動き出した。

—————…言ってない…ていうか話してるっ!!??!?

 ユンの話なんて話題に上っていない。

 ユンのほうを二人ともチラリとも見なかったのに、個人名が出てくるなんて。

 表情だけで意思疎通できる内容では絶対にないはずだ。

 死という恐怖を目前にしながら、また下にいた時に出ていた全く別の鳥肌がぶり返しそうになる。

「ふざけんなよお前!!!!」

 コーウィッヂはジーに罵声をいくつも浴びせているが、ユンの頭には全く入ってこない。

 ただ二人の表情と動きだけが生々しい。

 だからジーがコーウィッヂから少し離れた隣に佇むユンに目線を移そうとしているのにはすぐ気づいた。

「ジー!」

 なんとなくコーウィッヂに近づいて、でも、ジーと目を合わせる。

 ジーは一回、二回と瞬きをした後、またジッとユンを見て、コーウィッヂを見て、

「お前のほうだ見誤ってんのは!! そんなんなる訳ないだろ!!」

 またユンをジッと見た後。

 パチリと左目を閉じてウインクをし、ニヤリと笑った。

 今朝と同じ顔。

 ユンに首の入れ墨を見せた時と同じ顔だった。

—————『G』?

 ジーがコーウィッヂを見たので、ユンも隣のコーウィッヂを見た。

「待ってって!

 おい!

 だから自分でやれよそれ!!

 起き上がって!

 自分で!

 やれるだろ、なぁ…?」

 コーウィッヂの罵声は懇願に変わっていく。

 その間にもジーの息遣いはゆっくりと、でも確実に、その速度を遅くしていった。

「……ぃ…逝かないでくれ…僕のことおいてかないでくれよ…!」

 ジーの額に触れたコーウィッヂは、ジーの奥底にある埋火が消えていく様さえも直に感じ取ろうと、いや、食い止めようとしているのだろうか。

「…起きろっ…」

 その時ユンはただジーとコーウィッヂを視界にとらえているだけではなかった。

 ジーがさっき、ユンにした事の意味を考えていた。

 チラリとまたジーはユンを見る。

 半分ほど、ゆっくりと左目の瞼が下りはじめた。

 多分またウインクしようとしているのだろう。

 だとすると、

—————この仕草に意味があるなら…ジーから何か私にお願いがあるってこと…? 何が…

「ありえないから…」

 それは合図だったのかもしれない。

 ウインク、コーウィッヂ、ジー、そしてその終わり。

 ユンの中でこれまで『仕事だから』と言い聞かせてずっと蓋をして、見ないふりをしてきたすべてのものがあふれだした。

 領主館のこと。

 村や村長やリアさんや他の村の人たちのこと。

 みどりちゃんやコビやシロヒゲや、メイちゃんのこと。

 ジーのこと。

 ベータのこと。

 チリカのこと。

 そして、コーウィッヂのこと。

 その仕草を最初にしてくれたときに、ジーが見せてくれたもの。

—————コーウィッヂ様に首の文字の入れ墨のことを聞けってこと?

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