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 ほっと一息。

 コビがコーウィッヂの足をつついているが、先日のようなとげとげしい感じはないので単にじゃれついているだけだろう。

 気づいているのかコーウィッヂも柄をつついたりしている。

 特に会話なし。

 でも、ちょっと前までよりもずっと落ち着く。

 ほっとした感が座り姿からにじみ出ている。

 ジーはどうなのだろうと思ってみると、ジーもそうらしい。

 元カノが住み込みでいる職場に1週間はキツかっただろう。なんとなく目があったので、軽く頷いたら、頷き返された。

 直後にコーウィッヂの視線がじっとりとジーを嘗め回すようなものに変わり、ジーが素知らぬ顔をするという。

 デューイとリアはともかく、チリカとの別れはあんなにドライでいいんだろうかとコーウィッヂを見ていたのだが、コーウィッヂの今の様子からしていいのだろう。

—————いつもの感じに戻ったな。

 いつも通り、のはず。

—————それでいいの?

 このままなかったことにしてしまっていいのだろうか。

 コーウィッヂが魔物に何かしたこと、何か隠していること、何かユンに思うことがあるかもしれないこと。

 夕食を終えたユンはベッドに横たわると、久しぶりに聞くドア越しのペタペタ音に安心しながら、カーテンの隙間から漏れる月明かりのちらつきが目に入った。

 昨日まで眠れていたけれど、眠れない。

 というわけで恒例の…。

 さっと着替えて、ドアを開け、暗い廊下、ランタン一つで階下に。

 あの日はもっと焦燥感があったけれど、今日は本当に休憩に行くだけ。

 気持ちは楽だった、のだが。

「あっ…ユンさん、こ、こんばんは」

 ダイニングに入ると、コーウィッヂがいた。

 しかもなぜか腰を浮かせ、はたと気づいたように座りなおすという謎行動。

「…こんばんは?」

 ユンが怪訝な顔をすると、今度はしどろもどろになり、何事もなかったことを装う。

 そして、スンと居直り、

「おやつあるよ」

 手元の茶菓子のトレーを真剣な顔で押し出す。

「ふっ…」

 思わず笑いが漏れた。

 するとふてくされた少年のようになるコーウィッヂはユンを見ない。

 またそわそわし始めているし。

 なんでそんなに浮ついているのかわからず、促されるままお茶も入れずに席に着いてしまったユンは、茶菓子から遅れてティーカップも用意されたことに気づいた。

「ありがとうございます」

「ん」

 コーウィッヂにしてはぞんざいな返事とともに、もう一つ、押し出されるようにテーブルの上でこちらにスライドしてきたものがあった。

 小さい箱で、リボンなどはかかっていない。

 でも、贈り物用らしき雰囲気。

—————どゆこと??

 誰かに代わりに渡してほしいのなら、普通に仕事中に渡せばよいだけのこと。

 ということは。

「私に、ですか?」

「他に誰がいるのさ」

 謝罪が口について出そうになるのを抑えながら、ユンはそっと箱に手を伸ばした。

 箱は軽い。

 大きさ的にお札ではないし、箱に入れて小銭を渡すなんて詐欺みたいなのあるわけないし。

 

 開けてみる。

 コーウィッヂから『あっ』と声が聞こえてちょっと手が震えたけれど、そのまま開けた。

 中に入っていたのは何本かのアクセサリー用のリボン。

 太くもなく細くもなく髪をまとめるのに使いやすそうである。

 過去に使ったことは、一度もないが。

 確かに今使っている紐はだいぶ弱ってきているけれど、使えればいいやと完全放置。

 飯の種にならないこういう装飾品には食指が動いた試しがないユン。

 周りの召使い仲間もそういう感じだったし、人によっては支給されたお仕着せのものを着用し続けていたりしていた。

 おしゃれ云々どころか、仕事が終わったら家に帰って祖父母のできない力仕事に従事すべく直帰。

 店があるあたりは通りすがるものの、飾り気があるエリアはそもそも足が向かず、今も前を通るだけでなんとなく引け目があるくらいだ。

 だから当然の帰結として。

—————…なんでこれが今ここで出てくるのかさっぱりわかんない…

 変な動悸がしだした上、

—————でもって、どういうリアクションを取っていいのかはもっっっっっっとわかんない……

 脂汗が出始めたそのとき、一閃。

 ユンの脳裏に光が差した。

—————そうか! これ、身だしなみ指摘…そうだ、絶対それだ!!

 便宜しか考えない人生の道を歩んできたユンは、その延長線上にあるこの理屈にすっかり納得していた。

「常日頃から気遣いが行き届いておらず申し訳ありません」

 陳謝すべくゆっくり頭を垂れ、ゆっくりと頭を上げる。

 と、ユンの目に映るコーウィッヂは何故か思い切りしょげていた。

「そういうんじゃなくってね…」

 ポリポリと頬を掻いている。

「では…一体…?」

 ユンは『どうしよう』から打って変わって、ひたすらぽかんとする以外になくなってしまった。

 対するコーウィッヂは悩んでいる様子だ。

 ゆっくりと言葉を選んでいる。

「その…ここずっと、豊穣祭のあれやこれやから忙しかったろうし…。

 特にここ一週間は相当だったし…。

 明日済んだらお休み、増やしてあるのは前に話した通りだけど、それだけだとと思って…。

 でもお給料だと短絡的だし…毎回になるような期待をされちゃうかもと思うと…それはどうかと、うん、それもどうかと思うし、で…」

 ユンはついつい心の中で反芻してしまった。

—————で、結論は?

「いつも同じのだし、違うのも…何かいいものをと思って、こういうの…ぁうかなと思って選んでみたんだけど、どおかな、と…」

—————ほほう…。

 ユンはまたまた考えた。

 コーウィッヂがなんだか照れくさそうだし、ところどころ聞き取れないところはあったが、

「つまり豊穣祭の労働に対する特別手当としての現物支給、ということでしょうか?」

 言い切ったユンに対し、コーウィッヂは一気にかつあからさまにがっかりした。

「あ、あの…」

「うん、そう…そだね。そだよ」

 嫌に空っぽな笑顔のコーウィッヂ。

 『あの説明じゃ他の何かなんてわからないですよ?』と思うユンは、もしかすると眉間にしわが寄っているかもしれない自分を咎めるのをやめた。

「いいから、座って。

 眠れなくて来たんだよね。

 僕はもうそろそろ部屋に戻るから」

 珍しくコーウィッヂのほうが先に部屋に戻って行く。

 一人真夜中のダイニングに残されたユンは、手元の色とりどりのリボンを眺める。

 刺繍が入ったもの、シンプルなものなど合わせて7本。

 そっと箱の蓋を閉める。

 ユンは厳かに箱に向かい合い、お菓子を手に取る気にもなれなくなってジッと主のいない椅子と向かい合うだけだった。

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