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 コーウィッヂはそのまま2階へ、ユンはダイニングの入り口を通過して奥の掃除道具を取りに向かう、そういう想定だった。

 でもそのときちょうどチリカがダイニングから出てきたところで。

 そのチリカはユンの顔を見、コーウィッヂの姿に目を止めた。

 そして、何かに気づいたらしい。

「あっ、ち、違」

 コーウィッヂが言うより早く、チリカの手から調理用のナイフがコーウィッヂの顔めがけて飛んだ。

 コーウィッヂが紙一重で避ける。

 次のナイフが飛ぶ。

 金串が飛ぶ。

 だんだん飛ぶものが『どっからでてきたんだそれ』的なものに変わってきた。

 すべてをぎりぎりで避けていくコーウィッヂもすごいが、的確にコーウィッヂの頭か体に当てにいっているチリカの技術力たるや。

 コックコートの裏から取り出しているとみられる数々の調理道具という名前の飛び道具をコーウィッヂはよけ続けているが、チリカは避けるのを予測してその先に投げたりもしているらしい。

—————これ、止めないと無尽蔵に続く奴じゃ…?

 そしてきっかけがユンを見、コーウィッヂを見、だったのであれば、もしかしてチリカは。

「あの! なんもないですから!!」

 チリカはユンが叫んだのを機にピタリと投擲を止めた。

 じとっとユンのほうを見ているその表情は訝し気だ。

「ちょっと疲れてて、別館の人達に…っぁ!」

—————しまった! 別館のこと、チリカさん知らないかもしれないのに!

 一人アワアワするユン。ふっと笑みをこぼしたチリカは、

「そ。じゃ良かった」

 ゆっくりと歩み、階段の手すりに刺さった投擲物を一つずつ回収していった。

 そういえば一つも床に落ちていない。

—————まさか狙って…?

「食い逃げを許さないチリカの腕が鈍ってないのはよーくわかったよ。手加減してくれてどうも」

「ありがと」

 この恐ろしい会話を聞かなかったことにしようと決めたユンは、

「ご迷惑おかけしました」

 慇懃に礼をして立ち去ろうとすると、

「なんかあったら言ってね」

 そっとユンの頭をなでるチリカ。

 『なんかあったら』。

 思い切り別館での出来事を思い出したユンは赤面した。

「いいいい、いえ、大丈夫です」

 ぱたぱたと掃除道具と大工道具に向かう後ろから、乾いたパンッという音が聞こえた気がしたのは気のせいだろう。

 穴の開いたところのささくれをやすり掛けしてなめらかにする。

 穴埋めはどうしようと考えながら、とりあえず放置して床にモップをかけ。

 各部屋のベッドメイクなどすべきことをすべて終わらせたら、もう夕食。

 気まずさはないものの同じ食卓を囲むコーウィッヂの顔を見れないユンは、静かに食物を摂取した。

 あとは3人が帰ってくるのを待つだけという状態。

 話し声と足音が近づいてくる。

 玄関から入ってきたのは、3人というか、酔っ払い1人+両サイドで支える2人だった。

 ジェレミーとテトはちょっとひっかけた程度に見えるが、キシアスはどう見ても完全に潰れている。

 意識はありそうだが足元が全然おぼつかない。

 チリカが笑っているのは料理人として酔っ払いを見慣れているからだろうか。

 そのままチリカは一度ダイニングの奥に引っ込むと、おそらく酔い冷ましとみられる何かを持ってきた。

 キシアスは玄関先でおろされていたが、壁伝いにズズ…とそのまま床にしゃがみこんでいる。

 チリカはキシアスに酔い覚まし渡すと、キシアスは飲み干した。

 たぶんそれが何かなんて考えていないだろう、条件反射の勢いだった。

 チリカが言った。

「30分くらいしたらギリ歩ける位にはなるんで、そしたら部屋に連れてきますわ」

「えっ! 大丈夫ですか?」

 警護の人間が置いていくのは気が引けるのがジェレミーの心情だろう。

「支える程度で済むようになるのでね。

 お二人こそ早いとこお休みになられてください。

 明日も仕事はあるんでしょ?」

 その通りとテトはジェレミーを見ながら頷いた。

「では、お言葉に甘えて」

 そのまま二人は上階に上がっていく。

「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫」

「チリカはこの手合い慣れてるから」

 断言するコーウィッヂは、そのまま視線を横スライドさせてチリカに向けた。

「わかってるじゃない」

 今まで見たこともないいい笑顔のチリカに、コーウィッヂは呆れ果てたような口調で、

「ほどほどに」

 つまみ食いの注意をしたときと同じ言葉だ。

「わかってる」

「ユンさんも明日の準備はほぼ終わってるだろうし、昨日の今日だから、早めに休みなね」

「はい、ありがとうございます」

 なんとなくコーウィッヂの『早めに休みなね』の力強さがおかしいように聞こえたのだが、今日の別館でのことを思い起こし、照れくさくなりつつ、

—————心配かけちゃってるんだ…。

 ユンは言われたとおりに軽く片付けを済ませ、すぐにその日は部屋に戻った。




*****************************




 翌朝。

 朝支度を終えて、部屋から出る。

 ガチャリと静かにドアノブを開けると、別の場所から同じくガチャリとドアノブが開く音がした。

 いつもチリカと似たような時間になるのだが、今日はチリカの部屋とは逆方向の、来客の部屋からその音が聞こえた。

 ユンはそれが誰かをよく確認せず、とりあえず反射的に静かに一礼。

 足音が聞こえている。

 でも、

—————あれ? チリカさん??

 来客の部屋のほうから、チリカの足音。

 そしてチリカの姿。

—————え、えっと?

 昨日あの後部屋に連れて行くと言っていたけれど。

 廊下には他に誰もいない。

 ドアは当然すべて締まっており、ユンはチリカがどこから出てきたのかわからなかった。

「おはよ」

 小さくあいさつをされ、ユンも挨拶を返し。

 階段を二人して降りる。

 ガチャリ

 ドアが開く音が、チリカが来た方向から。

 ユンは振り返った。

 開いたドアからは、寝巻のままのキシアスがのぞいている。

 ユンと目があった。

 しかし、キシアスはユンの隣のチリカの後頭部を凝視して、イラついた様子でため息をつくとそのまま部屋に戻っていった。

 ユンは今さらながら気づいてしまった。

—————もしかしてもしかすると『つまみ食い』って…!

 階段を下りながらキシアスが見ていただろうチリカの後頭部を見るが、何も出ない。

 チリカはいつも通り調理場に消えていく。

 無人の吹き抜けに漂う朝の淫靡な空気に酔いそうなユンは、自分の頬を思い切りパンッと叩いた。

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