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 領主館の扉が新しくなったように錯覚してしまう。

 そのぐらい見た目だけは本館そっくりの別館の前に立ち、コーウィッヂは鍵束の鍵をドアノブの下の鍵穴に差し込んだ。

 ドアを開けるや、ユンの手を取り引き込んだ。

 びっくりして慌てている間にコーウィッヂが鍵をかけると、薄暗いその館の中。

 丁度領主館が縦に半分になったような形だが、中もほぼそんな感じらしい。

「書斎の位置だけ違うんだけど、他はほぼ同じにしたんだ」

 あたりのところどころに日が差し込んでいて、コーウィッヂの言う通りになっていることが見て取れる。

 ホコリは多少舞っているが建築直後という感じじゃない。

 ということは。

 ペタッ、ペタタッ

 たぶんユン達の足音を聞きつけたのだろう。

 そのほっとするペタペタ音のほうを見ていると、背中をつんつん棒のようなものでつつかれる感触がある。

 シロヒゲだった。

 コビは上から飛んで来る最中。

「お疲れ様です!」

 くるくる回りながら、話を聞きたげというか、聞いてほしげというか、とにかく主張する二人。

 ダイニングから回って来たみどりちゃんは、一瞬ピタリと止まり、いつもよりもジャンプ高め——全力ダッシュ的なやつだろう——でやってきた。

 ユンの前でもう一度止まると、高く高く、胸のあたりまで跳ねた。

「お疲れ様です」

 みどりちゃんはプルップルッと2階震えた。

 ユンのことを気にしてくれたのだろう。

「綺麗になっててすごいですね」

 完璧に塵がない床を指摘するも、みどりちゃんはなぜかプルプルをやめない。

 ユンが喋らないといけないゲームなんだろうか。

 いや、みどりちゃんのことだ。きっと何か心配してくれているんだろう。

「私は、忙しいですけど、」

 みどりちゃんはピタリと止まった。

「バタバタしてますけど、何とかなってます。ちょっと、疲れっ…のはそうですけど、」

 みどりちゃんが一瞬ピクリと痙攣するように震えて止まった。

「つ、つか…れ……っ……た……あ、え?」

 ユンは自分が嗚咽でうまくしゃべれないことで初めて自分が泣いていることに気づいた。

 慌てて鼻水をすすりながらポケットのハンカチを取り出す。

「ユンさん!?」

 コビとじゃれていたコーウィッヂがユンの両肩を掴んでユンの顔を覗き込んだ。

 コーウィッヂの顔がにじんでよく見えない。

「ずびばぜん」

 鼻水でまともにしゃべれない。

—————職場で突然泣き出すなんでダメじゃないか。

 わかっているのに止まらない。

 コーウィッヂか無言で手渡したハンカチをそのまま受け取り、目元を拭く。

 コーウィッヂはユンの肩からいつの間にか手を放していた。

 深呼吸をして、少し落ち着いてきた。

 シロヒゲが不安定なリズムでモップの先を床に何度もたたきつけているのを見る。

—————心配かけてる?

 コビはコーウィッヂの背中にその柄の先を痛そうなくらい思い切りぐりぐりねじ込んでいる。

 みどりちゃんは足元でじっと動かないままだ。

 一番近くにいるコーウィッヂを視界に入れることができたのはようやくその時。

 でもすぐに、視界から消えた。

「ごめん」

 コーウィッヂの顔が一気に近づき、それはユンの左肩の上に乗る。

 体がぴったりくっついて、両腕はユンの背中に回されていた。

「僕が悪かった」

 こんな人形めいた顔のコーウィッヂに宿ったあたたかさがユンの体に直接伝わってくる。

 ジワリと体の中の水分が温まっていく。

「疲れたよね。

 そうだよね。

 だって一番全部やったことないことやってくれてたもんね。

 寝る時間も遅くなってるし、そもそもここにきてまだ半年にもなってないのに」

 コーウィッヂの腕の力が強くなり、少し痛いと思うにつれ、今度は沸騰しそうになった。

「ユンさんに頼り過ぎだった。

 言い出さない人なのわかってて…そのうえで僕が甘えていた」

 ユンはもはや全く言葉が耳に入ってこなくなっていた。

 コーウィッヂの腕の力が緩み、ユンの正面に、普段仕事でいるような距離まで下がった位置でまっすぐ立っているのにも気づいていた。

 体は離れているのにコーウィッヂのあたたかかさはユンの奥深くにしみこんで消えない。

 コーウィッヂはユンを、こすって赤くなっているだろうユンの目元だけではなくユン自身の細く折れそうな幹を慈しんでいるようだった。

「本当はこれで、今日は休んでいいよって言えたらいい上司なんだろうけど、それはできないんだ」

 ようやくユンは多少言葉が耳に入ってくるようになって、だんだん自分がどれだけみっともないマネをしたのか自覚できてくると、頭の中が真っ白になっていく。

「もうちょっとだけ、よろしくお願いします」

「こちらこそもうしわけありませんでした!」

 慌てて口にした直後、

 ゴンッ

 コーウィッヂの頭を殴ったのはシロヒゲの柄だった。

「イタぁッ!」

 コビはコーウィッヂの足の、ズボンと靴の隙間らへんを狙って箒の先っちょをザシザシと突き刺している。

「イタタタっ、しょうがないんだもうちょっとの間は!

 ユンさんの代わりの人手なんていないんだよぉ!」

 みどりちゃんだけは静かにプルプルと、たぶんユンに向けて改めて確認のメッセージを放っていた。

「わかった、わかった、わかったってば!

 無理強いとかしないってば!

 してたつもりもなかったのは本当にダメだったけど…ぉおあああア゛!」

 すぐさま見えなくなっていたシロヒゲが、その後も継続してコーウィッヂの背後から後ろで背中をゴリゴリしているのだろう。

 ユンはこの状況に終止符を打つべく、みどりちゃんに応えた。

「もう大丈夫です。

 皆さんに心配かけてしまってすみませんでした」

 ピョコリと二、三回飛び跳ねたみどちりゃん。

「落ち着きましたから、仕事に戻ります」

 コビとシロヒゲが寄ってくる。

「ありがとうございます」

 コーウィッヂは二人の攻撃で撚れた身なりを正していた。

「コーウィッヂ様、ご心配おかけしました。

 仕事に戻ります」

 ユンの落ち着いたであろう顔を見て、コーウィッヂも落ち着いた顔になっていった。

「うん、僕も戻る」

 三人に手を振って別館をあとにする。

 領主館に戻る道すがら、仕事へのモチベーションを正した。

 洗濯に、掃除にやることはある。

 撚れたコーウィッヂのシャツも、今日の洗濯物になるわけだ。

 そして思い返してしまった。

 撚れた理由はコーウィッヂが二人に殴られたからだけじゃなくて。

—————ぎゅってしたから。

 ユンはコーウィッヂの顔を見ないようにしながら、領主館の入り口をくぐった。


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