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 予定の賓客は、ジーではなく臨時雇いの村の若い人が御者を務める——彼のズボンと背中の間の隠れたナイフホルダーはコーウィッヂが許可しているのを見た——馬車に揺られてやってきたらしい。

「これはなかなか」

「僕の代で建て替えしましてね」

 一言発して進むおそらく主担当者・そもそも興味なさげな護衛らしき人・こんなド田舎に来ているのに完全にお上りさんの若手補佐。 

 きれいに主担当者から年齢を降下させていく男三人は、コーウィッヂの案内によりティールームへと消えていく。

 勤め始めてから数日前に掃除で入るまで一度たりとも使ったことがなかったが、少人数でお茶をするためだけの場所である。

 ユンがダイニングからすかさずティーセットと菓子を運び入れると、三人ともと目が合った。

 目礼して立って待つ。

 ほぉ、とまた主担当が感心するような声音で、

「女性もズボンが制服なんて珍しいですね」

「なにせ人がいないもんで、動きやすさを優先することにしたんですよ」

 自虐ネタとして披露していたが、裏側にあるあのおっさん臭いこだわりが思い出され、物は言い様だとユンは思った。

 今日はリアとジーで裏方の仕事はほとんどやってくれる。

 料理はコーウィッヂの伝手だという出張料理人の仕事なので心配無用。

 ただし鼻がないジーは見た目的に余り表に出られず、今回は裏方に徹する。

 というわけで、今回応対のほとんどをユンがすることになっており。

 見るとゆっくりお茶という感じではなく、紅茶に一口だけ口をつけた主担当者は早速の体で調査領域の説明のための地図を広げ始めていた。

「今回調査範囲は村と領主館をつなぐ道沿いから少し入ったあたり数か所を予定しています。

 生息状況に加え、近隣の滞留魔力波動、魔物の食糧になりそうな植物や生物の生息状況も調査します」

「事前にいただいた図面で伺った通りということですね。承知いたしました。

 森全体として領主館で把握している限り、魔力波動なんかで方向感覚が狂うこともほぼありません。

 方位がわかれば道案内は不要でしょう。

 先代から聞いた分と僕が知る分ではここ15年間小型しか出ていませんから」

「それを聞いて安心しました。

 前提状況が大きく変わっていたら装備を再度整える必要があって。

 今は昔と違って予算的に出さなくてよさそうなところには、最初は軽装備しか持たせないようになっているのでね。

 全く面倒になりました」

 『当然のことと思いますよ』などとコーウィッヂがまともに大人同士の会話をしていることに驚いてしまうユンであったが、おくびにも出さずに様子を見守り続ける。

 部屋の清掃はベッドカバーなどの取り換え以外は遠慮していただきたいとの言葉を受けたコーウィッヂの目配せにユンが軽く頷く。

 主担当はにっこりとユンに笑みを向け、

「よろしくお願いします」

 他の二人も主担当に合わせて目礼をされ、ユンは面はゆくなった。

 結局菓子は1つも手を付けられることがないまま日程の話などが進み、食事の配慮だけその場で聞いた後、コーウィッヂに連れられて3人が部屋を出るまでの間ユンはありがたくも寂しいことに特に何をするでもなかった。

 ティールームを片付けたユンはリア・ジーが運よく二人しているのを見つけ、面子の様相を伝える。と、『仕事人って感じなら楽そうじゃない!』と、リアとジーは一気にほっとした顔になった。

 ユンとしても同感だった。

 リアの応対に関する心配とは違い、領主館の探られたくないあれやこれやを漁ろうとするような気配がなさそうだったことに対しても、だ。

 普段ユンの持ち場になっている調理場をのぞく。

 やや肉付きのいい褐色の肌と黒い瞳の女性で、細かくパーマのかかったボリューミーな黒髪を一つに後ろで縛っているその人。

 出張料理人チリカは野菜を下ごしらえしだそうと取り出しているところだった。

 調理中も革製のタイトなズボン——水をはじく種類のものだそうでこういう水仕事にちょうどいいと言っていた——のままで、なかなかセクシー。

 霞がかったようなハスキーボイスで挨拶され、初対面のとき女同士なのにちょっとドキドキしてしまったのは記憶に新しい。

「チリカさん、いいですか?」

「はいは~い」

 ゆったりとした返事は余りこの辺りの人にないリズムで、もしかしたら地方の訛りみたいなものなのかもしれない。

 聞いた好き嫌いを伝える。と言っても、極端に辛みが強いものでなければほぼ何でもよいとのことだったので、

「そ。じゃあ安心ね」

 ここでも簡単に安心されて話が済んでしまう。

 チリカは必要なことだけ話すタイプで、それで特に印象が悪いとかつっけんどんとかそういうわけでもなく、そういう人、という。

 ユンとしては自分と近い話し方ができる、一番気が楽なタイプだった。

 前のあの魔法使いみたいな尖った見た目&尖った能力の変な人が来たらどうしよう、衛生的にもどうだろうという危惧をしてしまっていたユンだったが、完全に杞憂だった。

 しかもチリカも何度かここに来たことはあるらしく勝手知ったる様子で、接遇については事前にコーウィッヂから聞いていた通りユンが完全に教わる側。

 そんなわけだから、気を引き締めないとと思うものの、実のところ賓客が来る前よりもすべての情報が出そろった今のほうが安心感があった。

 昼食近くなってバタバタしだしても、チリカが完璧なタイミングでいろいろしてくれる。

 きっと前にコーウィッヂか乗っていたという輸送船つながりの知り合いなんだろうと思っていた。

 ダイニングに入ってきた面々を出迎え、今日はみんなでじゃなく来賓とコーウィッヂだけが先に取る、正式な昼食の時間。

「改めてようこそ。ただ、恐縮ですが堅苦しい挨拶やらは余り得手でありませんので…」

「そう仰っていただけると幸いです」

 コーウィッヂに呼応した主担当は、思い出したように苦笑いした。

「領主様のお屋敷や地元の有力な方のお宅に宿泊させていただくことは多いのですが、中には色々な方がおりましてね。

 こちらは全員平民ですし、」

 大っぴらに言われはしないが 、常時マナーに対して細かく目配せチェックを繰り出され、息もつけないことがあるのだとか。

 同情しながらユンとチリカが運び込んだ皿を、一目見た若手の彼は軽く舌なめずりした。

 道中のほかの領よりはかなりいいものが提供されていると見たユンは誇らしくなった。

 どうぞおいしいうちにと言われるがまま全員が食を進める。

 特産品をさりげなく宣伝しているのが見て取れるメニューにコーウィッヂの意図が透けており、その意図を汲んだのかは不明だが主担当はコーウィッヂを質問攻めにしはじめる。

 警護の男は話半分・食半分、若手の彼は8割型皿に集中しており、マナー云々を言われなかったことで主担当が胸をなでおろしたのはそのあたりもあってかもしれなかった。

 昼食後の足取りも軽く、3人はすぐに部屋に戻り、荷物をもってそのまま調査に出かけて行った。

 残ったものをかたずけ、ジー・リア・チリカと4人で仕事の段取りの相談をしつつ、食事を終える。

 大体をユンが話しながら、ジーの相槌を確認。

 意思疎通もこれで問題なさそうということはチリカが来た段階からはっきりしているので落ち着いており。

 その後屋敷内は段取り通りことが進む。

 馬車で道の向こうに消えて行った彼らが戻ってきた後の表情で、ユンは調査が特に問題なさそうだったのを悟ると、夕食のダイニングの支度。

 とにかくまあ、

—————初日に何もなくていいこと、なんだけど…

 拍子抜けしそう。

 ユンは自分自身に『まだ初日、しかもまだ夕食前』と言い聞かせた。

 夕食の支度が始まっても、その感覚を余り変えられずにいるユンは半分気が抜けたような状態で皿を運び、食事をする4人の脇にそっと佇む。

「中央と違って癒されますね」

「そんなに、なんですか?」

 完全なる世間話に移行していってくれているので、ユンはどんどん気楽になっていく。

「私だけかもしれません。もともと地方にいたところから、戦後すぐに異動してきたんですよ」

—————おっ! こんな話聞く機会、ないぞ! 

 公務員という国のお役人の生態について好奇心を掻きたてられたユンは、平静を装って行儀知らずにも胸を高鳴らせた。

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