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「ほんとですよ?」

 コーウィッヂはしどろもどろに何かつぶやきながら視線を彷徨わせ、それからユンの言葉のわりに表情に乏しいだろう顔を見た。

 しばらくじっとそのまま、そして、

「ああ、そっか、そうだよね」

 ほっとしたような苦笑いだ。

「ユンさん、若いんだよね。

 仕事ぶりがしっかりしてるからもっと世慣れてるかと思っちゃうけど、そうだよ、ウン…そう…」

 一人で何かに合点している。

「いいんだ、ありがとう。

 ユンさんがそう言ってくれると嬉しいよ。

 でもそれ大人は乱発しちゃだめなやつ」

「え?」

「う~ん…」

 眉間を人差し指でグイグイ抑えつけたかと思うと、

「いや、いいんだ。十分うれしいからさ…僕はそろそろ部屋に戻るよ」

 自分の分のティーセットをかたずけようとするコーウィッヂを制止すると、本人はじゃあお願いとひとこと添えて、ダイニングの入り口へと向かう。

 ユンはランタンをもって立ち上がった。

「いいよ、大丈…」

 言いかけたコーウィッヂの視線がユンの全身をさっと見まわし、そして堪えるようないたたまれなそうな表情をすると、意を決したように視線をユンの顔だけにかちっと強引に固定させた。

「…あとさ、もう一個いい?」

「はい?」

「夜、降りてくるのはいいけどさ。

 その…ネグリジェは気を付けてね。

 上はストールでいいけど、下、スッケスケだからさ」

 言うや否やコーウィッヂは踵を返し、軽く肩を上下させながら立ち尽くしている。

 ユンは改めて自分の体を見下ろした。

 ランタンの光に照らされて服の上からでもそのシルエットが露わになっているのを見て取る。

─────これって、ほぼないのと同じじゃ…

 一瞬にして頭が真っ白。

 ユン自身、自分の顔が赤いだろうことがわかるくらいに体温が急上昇。

「…わかってくれた?

 ちょいちょい僕、夜ここに降りてきたりしてるし、一応…その、成人男性だからね?」

 コーウィッヂは後ろを向いたままそう言い残すと、ものすごい速さで足音も立てずに闇に消えていった。

 本当に夜目が聞くのだろうと普段なら感心するところだったかもしれない。

 でも、只今のユンには無理筋。

 この見てくれで真面目に雇い主と会話しようと必死になっていた羞恥心でいっぱい。

 その場にすっくと立ち尽くそうとするも、コーウィッヂの目に焼き付いた後ろ姿の残像と言葉に足元も心もふらつかせるばかりだった。

 



*****************************




「そっち、大丈夫?」

 リアさんが洗濯を干し終わったところのリアは、玄関付近をモップがけするユンに声掛けした。

「階段の手すりがまだで」

 来客が来るのがわかっているのだからここは外せない。

 理解できているが手が全く追い付いていなかった。

 スーパー清掃担当が抜けた屋敷勤務のハードさは、あんな夜の羞恥心や眠れなかった気持ちを日中だけ脇によけておける程度ではあった。

 ずいぶん道具入れにしまいっぱなしになっていた箒・モップ・バケツなどの清掃用具——もちろん普通のやつ——は、まる1日でかなり傷んでしまい、結局昨日新しいのを業者に持ってきてもらっていた。

 人が通らない奥の方の掃除は完全放置、それでも夜寝る時間の直前までかかってやっと。

 明日は御者を兼ねる男手が一人来ることになっており、料理はコーウィッヂの伝手だという出張料理人にお任せの予定。

 ありがたい限りではあるが、それまでに終わらせたいことはいっぱいある。

「ちわ~!」

「はい只今!」

 ポケットから取り出したハンカチで手を拭きながらバタバタと裏口に駆け足。

 今頃みどりちゃん・コビ・シロヒゲの3名は建築直後の別館の清掃にあたっていることだろう。

『からくり屋敷をばっちいまま放置して作業を終えてもらってるから、半永久的に掃除できるよ』

 なんでからくり屋敷にしたんだと思っていたが、理由は『おお、こんなところにも綺麗にしないといけないところが!』という状況をあの3名に作り出すことにあったらしい。

 壁の裏まで清掃できちゃうので、この屋敷の一部模型のくせに清掃面積的にはほぼ同じ。

 建築はハイピッチだったのは掃除しなくてよかったのもあったようだ。

 普段から夜を徹してなんでもないようにしている彼らのこと、腕——ないけど——が鳴っているのではないだろうか。

 そのおつりはすべて今のこの現状に跳ね返っているわけだが…。

 バタバタのうちに夕食になり、夕食後の作業になり、夜になり。

 泥のように眠れるばかりかと思いきや、むしろ神経が立って眠れない日があり。

 夜、階下に降りて——着替えはしていくようにしていた——いくと、コーウィッヂがほぼ100%いて。

 仕事の話やらをして眠る、そんなのが日常になっていた。

『もともと結構宵っ張りなんだ。人間らしくなりたいと思ってるんだけどさ』

 コーウィッヂはここしばらく早起きもしているようなので、結果何時間眠れているのだろう。

 そのくせ目の下に隈一つないので『コーウィッヂ魔物なんじゃないか説』がますます濃厚になってきたが、その件は今掘り下げる暇のない小さな余談だった。

「なんとか3日後の来訪には間に合いそうだね」

 おやつタイムに皆の顔を見ながら尋ねたコーウィッヂに黙って頷く。

 もうあと3日になっているのにびっくりだ。

「疲れてるのはわかってる。

 明日は一日休業日ってことで、明後日からは、再度フルスロットルお願いします」

 ジー・リア・ユンの3名を前に、当のコーウィッヂはすぐに席を立ってどこかへ行ってしまった。

「労ってくれてるコーウィッヂ様に疲れの色が見えないのちょっと怖いわ。

 ユンさん、普段大丈夫?」

「今はこなせてるっていうか、こなしてるっていうか。

 普段はあの3人がいるんで全然こんなじゃないんですよ」

「そっか…。にしてもコーウィッヂ様、体力化け物並みだったとは初めて知ったわ」

 ユンは黙って頷いた。

 ジーは微動だにせず、菓子に手を伸ばしながら沈黙を貫いている。

「本当に丈夫な方で」

 ここに来てから咳こんだり風邪っぽかったりということが一度もない。

 病弱な人がいる家の召使いは、その人の扱いを多少でも誤って症状が悪化しすると一発でクビになりかねないというリスクを常時抱えており、たいそう苦労すると聞く。

 あんな儚く幸薄げな美貌なのに、健康優良児そのもののコーウィッヂの元では全くいらない心配であった。

—————児童じゃなくて成人男性、だっけ。

 20歳よりはずっと年上であると最近のユンは確信していた。

 でも42歳はどうだろう。妥当なのはジーと同じ位の年齢か。

 あの後もたまに夜、階下に降りることがあり、そのたびに多少お茶を頂く——会話の主題はこの豊穣祭準備の話だけだが ——ことはあった。

 『一応…僕、成人男性だからね?』と言ったときの雰囲気がいつまでも忘れられないユンは、コーウィッヂの後ろ姿を見るたびに時々その時の空気感がダブり、どきりとする自分に気付いていた。

 今、この瞬間もそうだ。

 誰に話しかけられるでもなしに一人で首を横に振るユンの目の前に、ジーはすすっと菓子のトレーを差し出した。

 進められるままに菓子を手に取り口に運ぶと、疲れ切った体に甘さが染み込むようだった。

 同時に、夜コーウィッヂと向かい合って食べる菓子の味がそのまま今、口元から全身に染み込んでいくようでもあった。

「そろそろ行くわ」

 各々が持ち場に向かうのを見やりながらユンは、豊穣祭が終わったらこのバタバタもああいう夜のティータイムも消えて元に戻るのだ、そう言い聞かせて立ち上がった。

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