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「ようこそエトワへ!

 はじめまして!

 僕がエトワ領主のジョット・コーウィッヂ、42歳デェーッス☆」

 畑道のど真ん中で仁王立ちして目の脇にピースサインを作って決めているどう見ても十代半ばの少年を目の前に、ユンはこう思った。

─────出オチだ。

 そうかこれが出オチってやつか。

 造り込みっぽいハイテンションなポージング。

 15歳がふざけているにしては具体的な『42歳』発言。

 きっとこの後、

1. 魔法とか呪いとかで若返った。

2. 人間じゃなくて魔族。

3. どっかから転生してきた。

4. 本当は15歳だけどどろっとした親戚事情とか書類上の都合で42歳ってことにしている。

5. 実は本当にすっごい若作りで悩んでいる(これは可能性低いか?)。

 みたいなのがわらわら出てきて、あれこれして、という展開が想像に難くない。

 きっと賢明な読者諸君はその数ミリの行間を妄想力──漫画・アニメ・動画・小説・ゲームなどなどなどで培った──で補って、『とぉ~っても楽しいお話でした◎めでたしめでたしv』にしてくれちゃって。

 もうこの話、次の行辺りにこう書いてあったって別に問題ないんじゃなかろうか。

『領主館へようこそ   完』。

 ユンとしては、それでも全然問題なかった。

 というかこの話の中身とか行先とかどうでもいい。

 大事なのはそれじゃない。

 自分の就職先だ。

 ユンが生まれる間もなく隣国とこの国の間で勃発し、長く続いていた戦はもう10年も前にめでたく終戦となっている。

 小競り合いはあったもののその後はそんな大きな話もなく済んでんでいた。

 が、経済はまだまだ復興できていなかった。

 ユンのように、

「そもそも割と貧しい家柄・仕事が少ない地域在住」

→「両親が出稼ぎ、のち戦時中の混乱で行方不明(ずっと家にいなかったのでほぼ顔覚えてない)」

→「祖父母と暮らすも祖父母とも最近続けざまに他界(ほんとうに悲しかったけど寿命だ)」

→「年齢1桁代のころからの奉公先が夜逃げ(ナニがあったんだよおい!)&給料未払い(1か月分)」

→「悲しむ暇も貯金もなくなり絶賛ソロ活動中の20歳」

 なんて状況ではおいそれと仕事が見つからない。

 なにせ身元を保証する人間が誰もいない、推薦状書いてくれるはずの人は夜逃げしちゃったからいない。

 しかもユンは愛想が悪いからということでほぼ家の中の仕事しかしてこなかったのが災いし、他の奉公人達と違ってお店やらよその家やらとのコネが全くなかった。

 とにかく、大変な状況なのだ。

 家をカタに借金して資金を作ったものの、生活費を考えると本当に仕事の口があるという首都まで行けるような資金には到底できない金額で。

 そんな中、叔父の弟の妻の娘の婚約者の母親の隣の家に住んでる人の従妹のはとこのまたいとこの友達までたどってようやく見つけたこの仕事。

 『女の人とか興味ないタイプの領主さんだから、その点はほんと安心だよ~』の前置きがあった後、お給料は普通だけど身元保証不要・推薦状不要・制服支給・住み込み三食付き。

 ユンはその就労条件を話す当人と自分の間にあった机に前のめりに身を乗り出し、『いきます!!』と食い気味に飛びついた。

 机を挟んだ向こうに座っていたその人は、ずっと淡々とうなづいていたユンが急に全身で意思表示するのを、目を真ん丸にして観察していたのが思い出される。

 これが1週間前の出来事だ。

 そしてわずかな資金を交通に使い、何とかここまで自力でやってきた。

 だからユンの気持ちとしては。

─────出オチでこの話が終わった程度で、この職、手放してなるものか。

 仮採用の後に本採用試験があるのだと聞いている。

 何としても印象を良くし、通らないといけない。

 ユンは載せてもらった荷馬車で服に着いた藁くずを改めて丁寧に払い、居住まいをただした。

 瞬きもせずに領主と名乗った少年を見返す。

 ゆっくり息を吸って、

「コーウィッヂ様、お初にお目にかかります。

 私、ユンと申します。

 シッリヤ氏からご紹介いただいて参りました。

 どうぞ、よろしくお願いします」

 すかさずその場に膝をついて頭を垂れた。

 ユンは全身に勤労意欲が満ち溢れているが、伝わっていないのだろう──黙って思っているだけだから当然だ──返事がない。

 膝をついたせいで足元に落ちている馬糞の臭いが鼻につくものの、ユンは微動だにしなかった。

 でも、そんなに長い間悪臭に耐える必要はなかった。

 いや、耐える必要はあったのかもしれないけれど、全然別の理由でユンはすぐに本能的に上を向いたから。

 高らかな声が頭上で響く。

「ッ本採用ぅ!!!!」

「え?」 

 見上げると少年は紅潮し、でもはっとしたような、放心したような表情にも見える。

 ユンのほうがが放心するところだと思うが…。

 腑に落ちないにもかかわらず、色々あった経歴から無駄についた冷静さが発揮されていた。

 ユンは姿勢も崩さず、日の光を後光のように浴びる雇い主だというその人の姿を見つめるも、当然薄暗くて。

 そうしているうちに多分落ち着いたのだろう、少年は改めて言い直した。

「…うん。おめでとう。

 本採用だよ」

 『聞きたかったのとなんか違うけど』という言葉を、ユンは満ち溢れる勤労意欲で飲み下した。

「ありがとうございます」

 至極冷静な顔で再び跪いたまま頭を垂れると、

「いいよ、立って。

 詳しいことは乗ってからにしよう」

 そうなのだ。

 召使い風情が働かせていただきに来ているのに、わざわざ迎えが来てくれている。

 しかも、エトワが名前もあまり聞かないくらいの小規模領地だとはいえ、領主──と名乗る少年──自らが馬車で赴いているというのだ。

─────実は危ないところなんじゃないのか?

 あの紹介人のおっさんに騙されたんじゃないのかという疑念がユンの脳裏によぎるのは当然のこと。

 しかしユンの中では同じく至極当然に、疑念より飯のタネへの執念が勝った。

 大急ぎで再び衣服の汚れを払い、少年? コーウイッジさんに続いて馬車に。

 生まれて初めて見る人用の高級馬車。

 人気のない畑道の真ん中に停車している。

 遠~くのほうで、農夫が農夫を呼ぶ声がぼや~っと響くと、のどかに茶色っぽい鳥が飛び去って行った。

 こうして就職初日が幕開けしたが、『無事幕開け』したのか『波乱の幕開け』なのか、ユンには全く判断がつかなかった。

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