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ホワイトクリスマス

作者: ナカタカアキラ

 今日は、朝起きた時からやけに底冷えのする寒さだなあと思ったら、夜になってやはり雪が降ってきて、バイトがひける十時頃には、アスファルトをうっすらと白が覆っていた。

 それでも原付で帰ろうとしたミヤコは、去年まで雪の降らない実家に住んでいたため、凍った路面の怖さを知らなかったからだが、すんでのところで、危ないからよせと店長に止められた。それよか、僕が車で送っていってやろう。いえ、結構です。ミヤコは歩いて帰ることに決めた。

 徒歩で約三十分の道のりだが、その労力を費やしても構わないと思うほど、彼女は店長にむかついていたのである。

 というのも、今日はクリスマス・イブだからして、ケーキ屋でバイトしている彼女は、急遽、サンタクロースの赤い衣装を着させられたのだった。しかも、下がミニスカになっていて、もうパンツが見えそうなくらいのだ。てめえ、こりゃあ、ナイトワーキングの衣装だろう。だったら、サービス料として、時給をあげてくださいな。と、お願いしたのだが、ダメだって。

 ふざけんな! エロ親父! ど畜生! けちんぼ!

 とは言えないミヤコだった。

 すなわち彼女は、自他共に認める真面目かつおとなしい性格で、どうしてもむかついた時だけ、丑三つ時、神社の裏で藁人形に釘を打ち付ける女だからである。

 だいたいがだなあ、このくそ忙しいのが分かっているイブだというに、店長の馬鹿は、他のバイトの子の休日を認め、代わりになんか女子高生を雇い、しかしてんで馬鹿な子らで、レジ打ち間違えるわ、休憩させると三十分ほど帰ってこんわで、さんざ混乱させるだけ混乱させておいてからに、夜の六時にはさっさと帰りくさってボケが、以降、私一人でてんてこ舞っていたのだけれど、夜も更けると何を間違ったのか酔っ払ったおっちゃんがやってきて、なにお姉ちゃん、イブの夜だというのに勤労に励んで、彼氏いないの? だったら、これからおじさんとどう? なんて、まじぶっ殺すぞボケが。さらにこのおっちゃん、だけどもうオイラ、出来あがっちゃってるしねー、今夜はダメかもしんない、ごめんね、と、さも申し訳なさげに肩を落としながら苺のショートケーキを買って店を出たのだが、ちょっとウケて和んでしまった自分が許せない。

 ああ、心が冷えるのです。

 つーか、本当に、さみーよう。なに、雪ってこんなに冷たいの? 歩いて帰るんじゃなかったよう。凍死しちゃうよう。

 ミヤコは、縁にふさふさのついたジャケットのフードを頭にすっぽり冠り、がたがた震えながら、白い夜道を歩くのだった。

 とはいえ、アスファルトに雪が吸い込まれず、ちょっとずつ積もっていく様は、なんだかファンタジーだった。ミヤコの実家では、考えられないことで、今まさに奇跡の瞬間に私は立ち会っている。ミラコー、自然のミステリオ、神のマスマティック。

 と感動していたら、いつしかマンションの近くまで来ており、すると曲がり角の街灯の下に、ぽつねんと男が一人立っているのに気づいた。

 白いコートに蛍光のたすきをかけ、頭には予科錬さんのような毛皮の帽子を冠り、玉虫色のベルボトムにロンドンブーツを穿いている。

 嫌な人だなあとミヤコは警戒し、即110番できるように携帯を握り締めつつ、なるべく早足で通り過ぎてみれば、十メートルほど間隔を置いて、そいつは後をつけてくるのだった。しかも、/星が/ジェットな夜/ぎらぎら/ぎらぎらぎらぎら/と、ギターウルフの星空ジェットのその部分のリリックだけを壊れたレコードの如く、歌いながらだ。さらに、歌のリズムに合わせて元気一杯、高校球児のように行進している。

 ひいいいいいいいいいいい!

 だいいち、今、雪が降ってて、星なんて見えてないじゃないですか。

 ミヤコは、これはもう110番するしかないと、携帯のぼたんを押そうとした、まさにその瞬間。

「こっちだ!」

 脇から男の手が伸びてきて、ミヤコの腕を掴み、強引に路地裏へ誘うのだった。

 男は、大学のボランティアサークル仲間の、野原だった。年は一つ上だが、ミヤコと同じ一回生である。

「ちょっと、なんなのよ、野原くん!」

「わけは後で話す!」

 二人は、闇雲に路地を駆け抜け、行き止まりの金網を乗り越え、渋滞する大通りの車の脇を擦り抜け、幾千の夜を越え、幾万の時を越え、ようやく変な男の追跡を振り切ったのだった。

 はあはあ息せき切らしながら、屋根のついた自販機の下で、ようやく人心地つく。ついでに、ミヤコは暖かいお汁粉を、野原は珈琲を購入した。ぽかぽかが身に染み渡る。

「……で、いったい、なんなの?」

 あらためて事の仔細を尋ねるミヤコだ。

「ああ、本当にお前には済まないとまず最初に謝っておくが、実はかれこれこういう理由なんだ」

 かいつまむと、野原は、ミカさんというブーツカットのジーンズが似合うモデルの如き女の先輩に恋焦がれ、しかし俺には高嶺の花かと諦めていたところ、これも先輩で麻雀仲間のタカアキラーノという人が、ほほん、俺とミカは実はアングラ小説雑誌の同人で懇意ゆえに紹介してあげんでもないとのたまい、ええまじっすか? と野原は喜色満面、早速、紹介を願ったところ、交換条件を出され、それはミヤコの住所を教えてくれとのことだった。なんでも、彼女を学内で見かけ、一目惚れしてしまったらしい。

「ていうか、紹介してくれってんならまだしも、なんで住所を知りたがる?」

「それは、タカアキラーノさんが、変態ストーカーだからだ!」

「あんた、それを知ってて、教えたのか、私のアパートの住所を!」

「すまない、つい、ミカさんのことで頭が一杯で。この通りだ。堪忍してくりょ!」

 言いながら野原は、すわ、その場で土下座をした。

 男にそこまでされたら、まあ心配して助けにきてくれたわけだし、許さないわけにはいかない。

「まあ、男がそうそう跪くもんじゃねえ、野原くんとやら、頭をあげなされ」

「ありがとう、あなたの優しさに感謝する」

「ところで、これからどうしよう? 警察に電話する?」

「ああ、しかしこのままここで警察を待っていても、凍死してしまう。幸い、俺のアパートメントがすぐ傍なんで、とりあえず避難してはどうか」

「そうなの? ええ、ありがとう、そうするわ」

 かれこれそういうわけで、自分の部屋にミヤコを誘い込むことに成功した野原は、さらなる努力の結果、彼女の体に鉛筆の如き自らのモノを差し込むことに成功したのだった。

 翌朝、ミヤコは野原の横で目を覚まし、あ、もしかして、こいつとタカアキラーノって人はグルだったのかなと、ようやく勘付いたのだった。さては、私、はめられたか? しかも、二重の意味で、てへ。

「……つーか、まわりくどいことをする人たちだなあ」

 ミヤコは、あきれたように溜息をつくと、ベッドから離れ、とりあえずカーテンを開けてみれば、外は真っ白な銀世界。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 感動のあまり、さらに窓を開け、きらきらと輝いている白で覆われた世界に呆然、ただ嘆息するしかなかった。

 ややあって、そうだ! 雪だるまを作ろう、と急に思い立ち、服を着ると部屋から飛び出し、雪をこねくりまわして、しかしなかなか思うようにだるまにならない。

 そのうち、ミヤコが窓を開けっ放しにしたせいで、寒さに目を覚まさざるを得ず、野原も遅れて外に出てきた。

「……はは、そういやミヤコ、雪見るの、初めてか」

「うん、雪だるまを作りたいの」

「馬鹿だなあ、そんな、粘土じゃねえんだから、ぺたぺたひっつけても、時間の無駄だぜ。こう、転がすんだ」

「おお、本当、すげえ、面白い」

 二人は子供の如く雪だるまを作った。

 と、そこへやってきたのは青白き顔の男で、さては昨夜、雪の中で一晩明かしたかと思えるほどに服が雪の滓に塗れ、事実、雪の降る夜を一晩中、行進しながらさぶらっていたタカアキラーノ先輩だった。

 しかし、既にこの人は野原とぐるだったと勘付いているミヤコは、先輩さんもこっちへいらっしゃいなと手招きしてみれば、タカアキラーノ先輩はきいいいいと奇声を発し。

「貴様らー、出来ていたのかー、俺の純情を弄びやがってー、悔しー、頬をつねってやるー!」

 ずぼずぼ雪に足を取られながら、修羅の表情で、よちよち迫りくるのであった。

「え、なに?」

「まずい、逃げろ!」

 野原がミヤコの手を取り、昨晩の繰り返し、再び逃避行の始まりだった。

「え、なんで? あんたとあの先輩、ぐるだったんじゃ?」

「は? 何を言っている、あのタカアキラーノ先輩は、本当に変態ストーカーなのだ!」

「え、ってことは何かい、昨夜の話は本当だったの?」

「当たり前田のクラッカーだろう」

「え、じゃあじゃあ、君がミカ先輩って人を好きだって話も?」

「……お恥ずかしながら」

「って、地獄車」

 ミヤコは、高校の時までやっていた柔道の禁じ手によって、野原を道の端へ投げ飛ばした。

「ひでぶ」

 いや、だって世間はイブで盛りあがってるしさ、そんな夜に女とひとつ屋根の下にいりゃあ、つい欲情しちまうってもんじゃないですか、と野原が言い訳する前に、タカアキラーノ先輩に追いつかれ、頬をつねられた。

「みー、貴様、出来ているくせに、俺にあの女の住所を掴ませやがったな! からかいやがったのか」

「何を言う。貴様こそ、ミカ先輩に男がいることを俺に教えなかっただろう。耳をかじり返してやる」

「あ、ダメ、耳、耳だけはやめて! くそ、手の甲をつねって富士山を作ってやる」

「痛ーい、畜生め、眉毛をかじりとってやる」

「あ、ダメ、眉毛、眉毛だけはやめて……」

 二人の男は醜い争いを続ける。

「……最悪」

 ぽつりと呟くミヤコである。

 彼女を慰めるように、さっき作った雪だるまが、困ったような笑顔を向けていた。

 近くの公園では小学生くらいの男の子が遊んでいる。

 ああいう大人になってはいけないと、醜い争いを続ける男どもを指差しつつ、ミヤコは彼らに教え諭した。

 子供たちは真顔で、うんと大きく頷くのだった。

 メリークリスマス。

 ちなみに後日、タカアキラーノ先輩は通報され、ストーカー予防法により、警察に逮捕された。獄中でバナナの皮にすべり、死亡。

 一方、ミヤコと野原は、なんのかんの言いつつ、それから付き合いが始まり、といっても喧嘩ばかりしているが、意外に相性が良いよう。

 ついでに、ミヤコに教え諭された少年たちだが、大人になれば、やはり馬鹿な男に成り果ててしまった。

 合掌。

 雪だるまは困ったように笑い続ける。

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