9話 世界が僕を狙っている、かも?
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クラリス姫とふたりきりの応接室の中。
どれくらい時間が経っただろう。
僕はまだ抱きしめられたままーー。
彼女の泣き声が収まってきたタイミングを見計らって、声をかけてみた。
「……落ち着いた? お姫様」
「お、お恥ずかしいところを……」
慌てた感じで僕を解放すると、クラリス姫は頬についた涙の跡を指先で拭いながら、スンッと息を吸った。
まだ鼻の頭が赤いけれど、涙は止まったようなのでよかった。
「泣いてたことは誰にも言わないから、安心して」
「……ふふっ。ありがとうございます」
少し茶目っ気のある笑い方をして、姫が目を細める。
こういう表情をすると、結構幼く見えるな。
なんて6歳らしからぬことを思っているとーー。
「あなたは幼くしてすでに立派な紳士なのですね。それにあなたは予言に示された救世主。私もあなたに敬意を示します。エディ君。――いいえ、エディ様」
突然、敬称をつけた呼び方をされて驚いた。
姫の顔から、さっきまでのあどけなさが消えて、凜とした雰囲気が強くなる。
単なる6歳児に向ける表情じゃない。
対等、いやむしろ、尊敬する相手に対する羨望が含まれているような眼差しだ。
あれ、これまずいやつでは……。
僕が警戒心を強めたそのとき、両親が様子を見に戻ってきた。
よかった、ついている。
子供ぶって両親の後ろに隠れてしまおう。
そう思って、駆け出そうとしたのだけれどーー。
「エディ様」
「わっ」
クラリス姫は僕の右手をきゅっと握って、逃がしてはくれなかった。
「エディ様。大事な質問があります」
「……なあに? 姫」
「君は救世主としての名誉や、地位を望んではいらっしゃらない。そうですよね?」
僕はその問いかけに頷いた。
「うん。僕、いままで通りに暮らしたいな! 来月からは、学校もはじまるし」
僕の答えを聞いたクラリス姫は、決意を固めるかのように一度瞳を閉じた。
「君の気持ちはわかりました。ただ、エディ様、注意して下さい。この地に救世主がいることに気づいたのは、我が国だけとは限りません」
……まあ、そうだよね。
「今後、他の国が君の力を頼ってやってくることは想像に難くありません。エディ様のお力は、一国の運命どころか、世界の行く末さえ左右するほどのものですから」
「そんな……エディはまだ6歳なのに……」
両親が慌てて僕の傍に駆け寄ってくる。
「優れた予言者がいようとも、救世主がエディ様であることまでは分からないでしょう。ですが、いらっしゃる場所に目星をつけることは出来ます。我が国のように。エディ様が注目されることを望まないのであれば、我が国は全力でエディ様を保護いたします」
クラリス姫、父、母、の視線を一身に浴びた僕はーー。
「ありがとう、お姫さま。でも僕、大丈夫だよ」
「エディ様……」
国家の庇護なんて受けるつもりはない。
ステータスが低いとはいえ、たいていの敵には負ける気がしなかった。
国を相手に借りを作るような状況なんてごめんだ。
今度の人生は自由に、そして平穏に生きる。
これは僕が何よりも……自分の命よりも優先したいことなのだから。
「だって、お姫さまの国に行ったら学校に行けなくなっちゃうでしょ? それに、いきなり僕が行ったらお城の人たちもびっくりするよ。どうしてこんなところに子供がいるんだーって」
「……ええ。そうですよね。あなた様の仰るとおりです」
あっさり僕の言い分を受け入れてくれたクラリス姫を、意外に思った。
彼女は僕を保護するためにここまで来たはずだ。
その結果、自分の騎士まで失ったというのに。
「僕、行かなくて良いの?」
「大恩のあるエディ様が嫌がることを、どうしてできましょう」
「でも、そのためにお姫さまはここに来たんじゃ……」
「父上のことは私が説得します。……ただ、エディ様。それでは君の御身が……」
僕はにこっと笑った。
「大丈夫! だって僕は学校に行くんだからね!」
「……そうか! 学院の寮に入ってしまえば……」
父の言葉に、僕は頷く。
「場所しかわからないんだったら、違う場所に逃げちゃえばいいんだよ」
家族はそれぞれ顔を見合わせていた。
本当にそれで大丈夫かという表情だ。
けど、みんなはどこかで気楽にも考えている。
息子が「内緒にしていてほしい」と言うからしているのであって、僕が壮大な力を持っていることは、家族にとっては何が何でも隠したいことじゃない。
まあ、それくらいの軽い感覚でいてくれた方がいいんだ。
僕はうちの家族のおおらかなところが好きだからね。