7話 うちの子、天才!!
魔王を消滅させたあと。
僕たち一家は屋敷に戻り、談話室に集合した。
僕は相変わらずパジャマにガウンをまとったまま、参ったなあという気持ちで、足が届かない椅子にちょこんと座っている。
父と兄の怪我の治療は、目を覚ました母が魔法で行ってくれた。
クラリス姫たちのことも、正直に打ち明けて対処してもらった。
魔王の一件があったあとだ。
誤魔化そうとしたって、どうせすぐにばれてしまう。
クラリス姫の傷は母によって治癒された。
ただ、僕がかけた眠り魔法はまだ解除されていない。
「姫に起きてもらうのは、家族会議のあとでだ」と言った父は、珍しく険しい表情を浮かべていた。
僕のしでかしたことを、家族以外に知られても大丈夫なのか。
その答えを先に出す必要があると思ったのだろう。
ちなみに、当然、僕も怪我がないか確認された。
母に服をまくられ、ぺたぺたされて、念入りなチェックが行われた。
赤ちゃんじゃないんだから、そこまでしなくてもいいのに。
そう伝えたところで、聞き入れられないのはいつものことだ。
「エディ、本当にどこも怪我してないの……?」
「さっきからそう言ってるよ……。もう信じてってば」
「それならいいのだけれど……」
僕が無傷だとわかったら、家族はほっとしたあと、なんだか複雑そうな顔をした。
6歳の末っ子が、無傷で魔王を倒してしまった。
しかも弱魔法一発で。
その事実を改めて痛感したようだ。
家族を護るため、あの場では、僕が魔王を倒すしかなかった。
けど、困ったな……。
思い出すのは前世の記憶。
最強の力を操る僕に対して、人々の見せる反応はいつもだいたい一緒だった。
彼らの目に浮かぶのは、尊敬や羨望の感情じゃない。
畏怖と、嫌悪。
人間だって動物だから、自分より強い者を恐れる気持ちを抱くのは仕方ない。
それでも相手が家族となると話は別だ。
彼らは、転生してようやく手に入れた心の拠り所だ。
僕はそれを失いたくない。
……だったら。
僕は子供らしい表情を浮かべて、プラプラ足を動かし続けながら、頭を猛回転させた。
昨日まで魔法を使えなかった子供の僕が、突然、強力魔法を使えるようになった理由を作り上げるために。
「さて」
定位置の席についた父は、ゆっくりと僕たち家族の顔を見回した。
「まずは家長として、皆を守れなかったことを詫びよう。私が不甲斐ないばかりに、すまなかった」
深く頭を下げる父を見て、全員が慌てた。
「いいえ、あなた。あなたは私を逃がしてくださったじゃありませんか」
「父上は俺たちを守ったからこそ、あのような怪我を負われたのです」
「不甲斐ないとすれば、息子の俺たちのほうです……」
僕はとりあえず口を噤んでいた。
心の中では、みんなが死ななくて良かったと思いながら。
子供はこういうとき、大人の会話には参加しないものだからね。
「それで、エディ……」
父の視線に、僕は背筋を正した。
家族全員、僕の顔を見ている。
「どうして、あんな魔法が使えたんだ?」
僕はふうっと息をついてから、ぺこりと頭を下げた。
父と同じように。
でもできるだけたどたどしく。
「ごめんなさい。僕、魔法を使う夢を見て、どうしても魔法が使いたくなっちゃって。みんなに内緒で魔法を使えるようになろうと思って、こっそり家を抜け出したんだ」
強力な魔法を使えるようになったことは隠しようがない。
ただ、最強賢者から転生したことや、前世の記憶を持っていることだけは、僕だけの秘密にしておきたかった。
「まさか、禁断の森に行ったんじゃ……」
「うん。そこでモンスターを倒して、魔法を習得したんだよ」
大筋は間違っていない。
ただ、前世の記憶が蘇った点を話していないだけだ。
「そこであのお姫様に会って、助けるために魔法を使ったら、すごいことになっちゃったんだ。だから僕、魔王もさっきみたいにやっつけよう! って思って、夢中で……」
「エディ……」
父と母が信じられないというように顔を見合わせている。
父は席を立つと、僕の前までやってきて、屈み込んだ。
「魔王と何か話していただろう。あれは一体?」
「最近本で読んだ主人公があんな感じでお話してて、格好良いと思ったから真似しちゃった」
「……つまりエディ。お前は今日初めて魔法を獲得して、使い方も分かって、その上であんな威力の魔法を放ったというのか?」
「う、うん」
さすがに苦しいか……?
魔法を使ったこともなかった息子が突然あんなことをしたら、誰でも怖がる。
僕に前世の記憶があると知ったら、いよいよいままでの息子とは違うと思うだろう。
この人たちの家族でいられるのも、今日が最後になるのだろうか……。
演技ではなく、無意識の動きでガウンを握りしめていると、顔を見合わせた両親が、力強く頷き合った。
「間違いないな、母さん」
「ええ、あなた」
「エディ」
父が僕に向き直り、口を開く。
何を言われるのだろう。
僕が緊張したとき――。
「お前は……天才だーっ!!」
「……え?」
いまなんて?
「天才、いや神童だっ!! この世界始まって以来の逸材なんじゃないか!? ああなんということだ、うちの可愛い末っ子がこんなにもすごいなんてっ!!」
父は僕の腋に両手を入れて、ぐいっと持ち上げると、「ははははは! うちの子天才-!」と叫んで、くるくる回転しはじめた。
め、目が回るううう。
「エディ、私の天使!! お願いだから心配させないでちょうだい! ああでも誇らしいわっ!! あなたが魔王と戦ったことは恐ろしくて胸が張り裂けそうだけれど、それはそれとしてなんて優秀なのかしら!!」
父から僕を奪い取った母が、今度はぎゅむうううっと抱きしめてきた。
つ、潰れるううう。
「兄も誇らしいぞ!! いつかエディに抜かれるのを楽しみにしていたが、もう追い抜かれるなんてなあ!」
「今日に限って家を抜け出していたのも、魔王襲来を無意識に察知して回避したのかもしれんぞ! ああ、なんということだ! エディには幸運の神もついているらしい!」
「今日はお祝いだわ! お誕生日だけじゃなく、エディが魔王を倒したお祝いよ!」
「わ、ちょっと母さん、苦し……!! ぐええ」
ぎゅうぎゅうと家族全員に抱きしめられて、僕は慌てた。
末っ子が突然覚醒し、魔法により一撃で魔王を倒したことに、恐怖するかと思ったのに。 まさか「うちの子かわいい。最高」という感情のほうを爆発させるなんて。
僕が思っていた以上に、うちの家族は僕を溺愛してくれていたらしい。
……ほんと今回の僕は、つくづく恵まれた環境に生まれてきたんだな。
そんなふうにしみじみ実感した。
「さて、そろそろ姫を起こしに行くか」
「あ、僕、トイレ行ってくるね!」
家族にもみくちゃにされたぼさぼさの髪で、僕は慌てて食堂から駆けだした。
「この隙にステータスを確認しよう」
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名前:エディ
レベル:10<制限中>
職業:賢者
体力:100
魔力量:230
魔法:火魔法(弱)、風魔法(弱)、闇魔法(超)、眠り魔法、探知魔法、調査魔法、転移魔法(自)、転移魔法(他)
魔法能力値:204531<転生ボーナス>
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「魔王の持っていた魔法を習得できてるな。超級闇魔法なんていらないけどね」
だいたい魔力量も足りていないから、あってないようなものだ。
他には転移魔法と、調査魔法か。
調査魔法は、他人のステータスを調べる能力だ。
転移魔法は、言葉通り。
自他両方ついてるから、誰かを転移させたり、自分が転移したりもできる。
でも転移魔法のほうは、闇魔法と一緒で必要MP値が大幅にオーバーしている。
僕には当分使えそうにない。
「ん? レベル制限がかかってるな」
魔法神殿にいって制限解除の儀を受けないと、これ以上レベルが上がらないわけだけれど、それはまあ今はいい。
あの魔王の経験値が、ほぼ無駄になったこともどうでもいい。
最強を目指しているわけじゃないからね。
「それより、やっぱり、この妙な項目が気になるな……」
さっきは時間がないからと流してしまった項目だ。
『転生ボーナス』
文字通りに解釈すれば――転生した結果、僕のステータスにプラスが生じたってことだよな?
数値を見る限り、1.5倍のバフが掛かっているようだ。
転生するには、魂に紐付けされた要素、魔力も強制的に引き継いでしまうことはわかっていた。
でも、ボーナス効果がこんなふうに発動されるとは、さすがに予測できていなかった。
最強賢者である人生から抜け出したくて転生したのに、さらに強力な力を手に入れてしまうなんて……。
前世の魔力が1.5倍になるのか。
レベルが上がれば魔力も当然増える。
「これ……。レベルが上がってきたらとんでもないことになるよね……」
もっと本腰を入れて、自分の強さを隠さないとまずいな。
僕はトイレの中で、真剣に決意を固めた。
今日1日だけで、もう2回も人前で魔力を使ってしまったことは、とりあえず脇に置いておく。