6話 魔王VS僕
ステータスの部分少し修正しました。
転生ボーナスという項目が増えてます
そして辿り着いた場所には――。
「くはははっ、禁断の森の守り手もこの程度か?」
「く……っ!」
敵に首を掴まれた傷だらけの父と、負傷した兄ローガンとマックスの姿があった。
対峙するのは、漆黒のマントを身にまとった長髪の男だ。
この世界にいくつか存在するうちの1柱なのだろう。
男の額には、魔族を統べる刻印、魔王の証が刻まれていた。
「この期に及んでもまだ子供を出さぬつもりか? そっちの青二才2匹もなかなかのようだが――我を倒すには及ばぬ」
魔王の声に、場の空気が一層張りつめる。
「くそ……。ローガン、マックス……っ。ここは私が引き受ける……! おまえたちは……その隙に逃げるんだっ……」
「いいえ、父上……! 俺たちは父上の息子であり、エディの兄です! 弟を狙う敵相手に、背を向けるなどできません……!」
「そうです! 俺たちもともに戦います……!」
「戦うだと? ハッ、散々我に嬲られたぼろぼろの体でどう戦うというのだ?」
散々嬲った、ね。
体の奥がすーっと冷えていくのを感じた。
母が泣いていたのも、この男のせいだな。
僕の中に、燃え上がっていた冷たい怒りが、さらに激しくなる。
「我も鬼ではない。我の足元にも及ばぬ有象無象であれば、生かしてやってもいいのだぞ。禁断の森に飛ばしてやろうか。その体では戦えまい?」
魔王は父に向かって手を伸ばすと、その首を掴んで、体を宙に掲げ上げた。
息を詰めた父は、それでも魔王を睨みつけ続けている。
なるほど。
余計なことをべらべらとしゃべりたがる魔王のおかげで、だいたい理解できた。
今朝起きた僕の覚醒が、魔王に知られていたということか。
おそらく予見魔法のようなものが作用したのだろう。
不自然な形で禁断の森に現れた姫騎士も、似たような目的で――つまり『賢者』と接触するため、この地へやってきたのかもしれない。
まったく。
最強の力は相変わらず僕を煩わせてくれる。
だが、そうも言っていられない。
この人たちは僕の大切な家族だ。
落とし前をつけるために、この力、存分に使わせてもらおう。
「我に逆らったこと、死の淵で後悔するがいい。父子もろとも、まとめて死……」
「――ねえおじさん、何してるの?」
魔王に問いかけながら、対峙している彼らの前に歩み出る。
父と兄が絶望の表情を浮かべたのが、視界の端に映った。
「エディ!? なぜ、ここに! だめだ、逃げなさいッ!」
「……ほう? そのいけすかない魂の匂い。――小童、貴様が賢者だな?」
魔王が僕を見てにやりと笑う。
殺戮を好む者特有の濁った眼で。
僕は無邪気な顔で、小首をかしげてみせた。
「賢者ってなあに? 僕わかんない」
「エディ!! 兄上、エディを……ぐっ!」
ひどい怪我を負っていた兄が頽れる。
兄だけではない。
みんなボロボロで、意識があるのが不思議なくらいだ。
兄を庇ったのか、もっとも重傷な父は、精神力だけでもっている状態なのだろうとわかるほどだった。
随分と人の家族を痛めつけてくれたものだ。
「くはは! 待ちくたびれたぞ!! 我を倒し得る唯一の脅威。賢者、貴様がこの世に生まれ出た以上、力をつける前にここで潰してくれる!」
力をつける前に?
残念。
一日遅かったね。
「はあ……。昔は魔王って、自分が真っ先に前線へ出てくるなんてことはしなかったのに。時代は変わったんだね」
「……何?」
「それとも魔王のくせして、忠誠を誓い、命令に従ってくれる配下もいないとか?」
「なんだと!?」
「だって魔王自身が単騎で僕を殺しにくるなんて変だよ。賢者が覚醒したっていう重要な情報を共有できる部下がいなかったんじゃないの?」
「き、貴様ああッ! 誰にものを言っているッ!?」
動揺しすぎだよ。
図星なのがバレバレだ。
魔族の領土を収める魔王は、人間の国王たちと同じように、大半が世襲で決まる。
当然、力や能力、領土の広さ、部下の数、そして頭の出来も千差万別。
僕が今対峙しているこの魔王は、最下位クラスだな。
「まあ、いいや。それよりおじさん、僕の質問に答えてよ。僕のパパとお兄ちゃんたちに、何してたの?」
僕が見上げると、魔王は一瞬顔をしかめた。
「貴様、魔力がすでに……」
どうやら、僕の力に気づいたらしい。
何か魔法を使って、こちらのステータスを覗いたのだろう。
ところがその直後。
明らかに動揺していた魔王は、突然、目を見開いたあと、声をあげて笑いはじめた。
「……っ、はは!! すでに覚醒したかと思えば、なんだその魔力量は!? 習得魔法は!! たったそれしきの能力で、我の前に現れたというのか!?」
僕の残り魔力量は60。
使える魔法は、初期魔法のみ。
火魔法(弱)・風魔法(弱)を使うのに消費するMPは、ともに30。
「せいぜい2発が限度ではないか! そのような状態で何ができる? ふはは! 生意気な口をきこうが、所詮は童。お前が愚かなおかげで、探す手間が省けた」
笑いながら、魔王が両手を掲げる。
その手の中にどす黒い魔力が集まっていく。
火花を散らして膨張していく魔力の塊を見て、父がハッと息を呑んだ。
「あれは、闇魔法……っ!! エディ、ローガン、マックス、逃げるんだ!! お前たち、だけでも……!!」
「だめだよ、パパ。あの威力の魔法じゃ、逃げきることはできない。だから僕に任せて」
「エディ……!!」
父や兄の悲痛な叫びの中、僕は両手に魔力を込めた。
右手に火を。
左手に風を。
強い風が僕を中心に生まれて、パジャマやガウンの裾をぱたぱたと揺らす。
せいぜい2発?
いいや。それで十分だ。
「ふん……目障りな賢者め!! これで死ねええええ!!」
魔王の手の中に集った膨大な魔力が爆発しそうになる、その寸前。
僕は、風魔法と火魔法を融合させ、一気にぶっ放した。
「な……!?」
魔法同士が呼応する。
僕の放った炎の噴射に風が送り込まれていく。
酸素を得て急激に膨張した炎の勢いは、初級の火魔法の規模を軽々超えて……。
「ば……馬鹿なああああああああああああああああっ!! あああ………………………………………………」
闇魔法もろとも、魔王の体を散り散りに吹き飛ばした。
僕は爆発のような業火が収まったあと、魔王の消滅した空を見上げて肩をすくめた。
なんで魔王って消えるときに、みんな似たような反応をするんだろう。
「おじさんみたいな魔王はさ、いっぱい倒してきたんだよ。いまの僕よりも少ない魔力でね」
「……エ……エディ……?」
「あ」
しまった。
振り返れば、そこにはぽかんとした父や兄の顔が……。
一応、子供のふりをしてはいたけれど、ちょっとやりすぎてしまったかもしれない。
僕はしばらく瞬きをしたあと、頭に手を当ててヘラッと笑ってみせた。
「なんでだろ、魔王倒せちゃったみたい。てへ」
「……いや、エディ!! てへではないぞ!!」
……やっぱり、まあ、誤魔化せないよね。