5話 僕を怒らせたね?
風魔法で運んできたクラリス姫たちの体を、玄関の脇に並べ終えたときーー。
「エディ!」
切羽詰まった声に名前を呼ばれた。
顔を上げれば、血相を変えた母親が駆け寄ってくるのが見える。
まずい。
抜け出したのがバレていたようだ。
これ以上、傍に寄られると寝かせてあるクラリス姫たちの存在に気づかれてしまう。
僕は慌てて母のもとへ向かった。
今、クラリス姫たちが見つかったら、無関係を装えなくなるだろう。
上手く誤魔化さないと……。
「ママ、ごめんなさい……! 僕、言いつけを破ってお散歩に行っちゃって……」
子供ぶった演技で必死に取り繕う。
昨日までは自然な状態で、この態度だったのだけれど。
意識してやりはじめると、あざとすぎて自分でもなんだかなあという気持ちになる。
それでも母はまったく疑っていない。
膝をついて僕をぎゅうっと抱きしめると、泣きそうな声で言った。
「ああ、エディ……! 無事でよかった……! すぐにここを離れなくちゃ……!」
取り乱して僕を抱き上げようとする母を慌てて制する。
いったい母は何を言っているのだろう。
「え? ……待って。離れるって?」
「あなたは何も知らなくていいの! ママが護ってあげるから。大丈夫よ、大丈夫だからね……!」
「護るって何から?」
子供ぶった演技ではなく、素の調子で問いかける。
母から返ってきたのは沈黙だ。
僕の変貌に戸惑っているのではなく、投げかけられた質問に動揺しているようだ。
母の肩に手をついて、ぐいっと体を離した。
明らかにおかしい。
間近で目が合った母は、血の気の消えた顔で僕を見つめてきた。
子供を3人も産んでいるとは思えない、少女のような風貌をした母の美しい顔が、溢れさせた涙で濡れている。
「泣いてるのは僕が原因じゃないよね?」
「そ、それは……」
「ママ、話して。誰に泣かされたの?」
トーンを落として問いかけると、母がビクッと肩を揺らした。
違うよ。
ママに怒ってるわけじゃない。
ママを泣かせた何かに対して、苛ついているだけだ。
――前世の僕は、最強ゆえに孤独だった。
力を求められ、それを振るうたび、名が知れ渡る。
当然、命を狙われる機会もどんどん増えていった。
自分の身を守り、返り討ちにすることなど容易い。
でも正攻法で僕を倒せないとなると、今度はパーティーのメンバーや、親しい仲間が狙われるようになった。
余計な犠牲を出さないためには、群れないのが一番だ。
僕は一切パーティーを組まなくなり、孤高の最強賢者と呼ばれるようになった。
当然、恋人や家族を作ることも諦めた。
僕が前世で手に入れられなかったもの。
温もりと愛情。
それを与えてくれたのが、今生の家族たちだ。
父も母も、年の離れた二人の兄も、過剰なぐらい末っ子の僕を溺愛して可愛がってくれる。
毎日かまわれまくっていた僕は、ひとりでできるよおと文句を言いつつ、家族のことが大好きだった。
その気持ちは、前世の記憶が戻った今も変わらない。
だから――。
大切な家族を泣かせた原因を、絶対に許しはしない。
「ママ、何かあったんでしょ? 僕に話して」
「エディ、でも……」
オロオロして泣いている母に、もう一度、同じ質問を投げかけようとしたとき――。
――ドーンッッッ!!
突然、地面を振るわせるような爆音が響き、立っていられないほど強烈な風圧を感じた。
空気を通して伝わってくるのは、体がビリビリするほどの魔力だ。
「この魔力の気配……」
独り言のように小さな声で呟く。
……ああ。
随分と久しぶりだな。
「エディ、こっちに来て! 早……く……」
眠り魔法をかけた母の体から、くたっと力が抜ける。
さすがにもう学習しているので、自分の力で支えようとはせず、風魔法を使って倒れてきた母を受け止めた。
そのままクラリス姫の隣まで運んで横たえる。
「ごめんね、ママ。意識があると追いかけてくるだろうから。少しここで眠っていて」
眠る母にそんな言葉を残したあと、僕は屋敷の正門に向けて駆け出した。
探知魔法を使うまでもない。
奴の気配がぐんぐん近づいてくる。
だだ漏れの禍々しい魔力を、隠す気がないのだろう。
やれやれ。
今回の相手はずいぶんと下品な奴らしい。