4話 全員まとめて僕がなんとかする
「く、苦し……」
柔らかい胸にむぎゅむぎゅっと両側から顔を挟まれてる状態だから、息がちゃんとできない。
「あ! ご、ごめんなさい! ……痛っ」
慌てて体を起こした姫騎士が、顔をしかめる。
オークにつけられた傷が痛んだのだろう。
「大丈夫?」
「平気よ……。ありがとう」
姫騎士は、子供の僕に心配をかけまいと思ったのか、にこっと微笑んでみせた。
向かい合った結果、改めて姫騎士の姿を眺めることになった。
太ももの辺りを執拗に破られたドレス。
致命傷にならない程度につけられた無数の傷。
いたぶり、尊厳を汚すために、振るわれた暴力の痕跡。
人のために魔法を使わないという信念をさっそく曲げてしまったが、今回だけは下した判断が正しかったと思おう。
さて、次は……。
負傷した姫騎士と、騎士たちの亡骸を交互にみやる。
彼らをどうするか。
遺体を残していけば、モンスターの餌にされることなど目に見えていた。
それも数分としないうちに。
今だって、そう離れていない場所から、獣の吠え声がしている。
おそらく血の臭いを嗅ぎつけてきたのだろう。
だからといって、子供の僕と怪我をした姫騎士とで抱えて運ぶのは難しそうだ。
そもそも、もたついている余裕なんてない。
状況とリスクを天秤にかければ、見捨てるべきなのはわかりきっている。
だけど……。
ちらっと姫騎士を盗み見る。
姫騎士は目に涙を溜めて、悔しそうに遺体を見つめている。
握りしめられた小さな拳は、かすかに震えていた。
捨てていこうと言ったところで、簡単に聞き入れてくれるとは思えない。
仕方ない。
だったら、もうひとつの手段でいこう。
彼女の感情を慮ったのではない。
単純に、説得するより別の手段を選ぶ方が時間がかからないと考えたのだ。
さっき倒したオークから、確率で獲得できる魔法は、風魔法と眠り魔法の2種類だ。
ただしキングクラスのモンスターを倒した場合、確率は100%に、つまり確定獲得となる。
僕は手早くステータスを確認した。
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名前:エディ
レベル4
職業:賢者
体力:65
魔力量:80
魔法:火魔法(弱)、風魔法(弱)、眠り魔法、探知魔法
魔法能力値:197578(転生ボーナス)
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よし。ちゃんと風魔法と、眠り魔法を習得できている。
オークを倒したから、レベルが上がっている。その結果、とんでもなかった魔力が、さらに増えていることは今は触れないでおく。
これがあれば、風魔法で騎士を運ぶことができる。
問題は、姫騎士の存在だが……。
魔法を使うところをこれ以上、姫騎士に見られる事態は、なんとしても避けたい。
現世では自分のためだけに生きると決めたのだから。
6歳児だというのに、最強賢者だった頃以上の魔力を手にしてしまったことは、隠しておきたかったのだ。
まあ姫騎士のことは、眠り魔法のほうで対処できるし。
そう思ったとき、僕より先に姫騎士が口を開いた。
「ねえ、君……。さっきの魔法は、もしかして君が」
「待って」
質問を投げかけてきた姫騎士の唇に、小さな手のひらを押し当てる。
「んん……っ」
のんびりと話している時間はないのだ。
「ここから早く移動したいから、先にこっちの要望を説明するね。返事はしなくていいから、黙って聞いていて」
手荒い方法になることは致し方ない。
今の僕に使える魔法は限られているのだから。
「まず、いま見たことは内緒にしてほしい。僕にこの森で会ったことも、絶対、誰にも言わないで」
「……っ、君は、いったい……」
姫騎士は困惑した顔で、僕をじっと見つめてきた。
しまった。
いま僕は6歳の子供なんだ。
こんなことを子供にまくしたてられたら、びっくりするに決まっている。
子供のふりをしないと……!
「……ぼ、僕っ、お父さんとお母さんに内緒でこの森に来たんだ!」
僕は、記憶を取り戻すまでの僕の振る舞いを真似て、必死に子供ぶった。
「魔法の練習をして、ふたりをびっくりさせたくて……」
「そ、そうなのですか……?」
まだ戸惑われている。
もう一押しだ。
「でも、そんなことが知られたら僕すっごく怒られちゃう!! お願い、お姉さん!」
彼女の腕にしがみついて、上目遣いで見上げた。
……さすがにやりすぎか?
それにものすごく恥ずかしい。
でも演技だってバレたら、二重に恥をかくことになる。
そう思いながら目をうるうるさせていると……。
「わ、わかりました……」
姫騎士が急に優しい顔になって、僕の髪をあやすように撫でてきた。
女性によしよしと頭に撫でられるのは、複雑な気分だけど、とりあえずは信じてもらえたようだ。
これで話を次の段階に進められる。
「……そ、それでねお姉さん。内緒にしてくれるなら、僕、あの騎士さんたちを運ぶお手伝いをするよ!」
「彼らを……」
姫騎士はきゅっと唇を結んだあと、僕を見て頷く。
「約束します、勇気ある少年。私はあなたのことをこの名にかけて、誰にも話しません」
「わあ、ありがとうお姉さん!」
「私はクラリスと申します」
「僕はエディだよ。それじゃ、早速だけどお姉さん。ーー眠って」
「……え?」
僕は姫騎士に向かって、右手をぐっと伸ばした。
驚いて目を見開いた彼女に向かい、眠り魔法を発動させる。
「そ、んな……な……ぜ……」
とろんした瞳になった姫騎士の瞳が、完全に閉じる。
強制的に眠らされた彼女の体が、僕に向かって倒れてくる。
慌てて姫騎士を支えようとしたけれどーー。
「うわぁあ……っぷ……」
忘れていた。
僕は6歳。
相手が華奢な女性であっても支えられるわけなくて。
オークを倒した直後と同じように、また彼女の下敷きにされ、顔面を柔らかいぬくもりで押しつぶされてしまった。
わあああ……。
顔がぶわああっと熱くなるのを感じる。
いや、落ち着け。
それどころじゃないだろう。
自分に言い聞かせて、必死に彼女の下から這い出した。
「……ふう」
やれやれ、子供の体だと色々苦労が多い。
気絶したように眠ったクラリスを見下ろして、僕は息をついた。
まだ顔が熱いけど、気づかないふりをしておく。
さて、もう一仕事だ。
加減をして、加減をして……。
その場に空気の玉を作るようなイメージで、風魔法を発動させる。
慎重に威力を調整しながら、クラリスや騎士たちの体の下に風を潜り込ませ、ふわりと浮かべる。
これで移動はどうにかなる。
僕は宙に浮かせた彼らの体と共に、来た道を急いで引き返した。
クラリスと騎士たちは、一緒に森の外に運び、屋敷の前に置いていこう。
僕はそのまま部屋に戻り、着替えてベッドに潜り込む。
そうすれば、森に出かけたことを両親に気づかれないはずだ。