30話 クラスメイトを守る
入学二日目。
ガイダンスは初日ですべて終わったので、今日から本格的に魔法の授業がはじまる。
最初の授業ではどんなことを学ぶのかな。
今日の一限目は生活魔法講座だったから、空の飛び方とか?
うーん、でも失敗して落ちたら、大怪我になりかねないし、そういう魔法は後回しかもしれない。
などと思いながら教室に向かうと、Fクラスの前が何やら騒がしい。
なんだろう。人だかりができている。
何か揉めているみたいだ。
「おいおい、Fクラスは挨拶もできないのかよ! さすが魔法を使えないクズだな!」
騒いでいるのは昨日、集会場の前で絡んできたAクラスの生徒だった。
たしか名門貴族の子息だとかいう金髪が、腰に手を当ててふんぞり返っている。
左右にいるのは、彼の腰ぎんちゃくなのだろう。
媚びへつらった顔で、加勢している。
壁際に追い詰められ、暴言を吐かれているのはFクラスの生徒たち数人だ。
怯えきった彼らは言い返すこともできず、小さくなって俯いている。
最初から見ていたわけじゃなくても、どちらに非があるかぐらい一目瞭然だ。
可哀想に。
暴言を吐かれている子供たちのうち、ひとりは女の子で、目にいっぱい涙を溜めている。
あいつら、Fクラスの教室までわざわざやってきて絡んだのかな。
普通の六歳児ってこんなに幼稚なのだろうか。
僕は呆れつつ、どうしたものかと考えを巡らせた。
揉め事には巻き込まれたくない。
とはいえ、見て見ぬふりをして通り過ぎるというのもね。
今後の学校生活に悪い影響を及ぼしかねない。
あとになって「冷たいやつだ」と噂されたら最悪だ。
僕は八割方打算、残り二割は一応善意で、騒ぎの輪のほうへ近づいていった。
「いいか? 魔法もろくに使えないザコは、この国にいらないんだよ」
「そんな……」
「へえ、僕に口答えしようっての? 役立たずのくせに? おまえらみたいな才能のないゴミなんて、死ねばいいんだ」
「その通りだよ、ヒューイ!」
ヒューイと呼ばれた少年が嫌味っぽい笑い声をたてる、取り巻きがわざとらしく同調した。
「ひどいよ……。ひっく……ぐす……。もう、やだ……ママ……」
「あっはっは! 『ママ』だって! 『ママーこわいよーママーたすけてー』って? あははははは!」
震えていた女の子は、ついにぺたんと座り込んで泣き出してしまった。
そのとき、野次馬の輪の中から一人の少女が止めに入った。
隣の席のメイジーだ。
「や、やめなさいよ……!」
メイジーは苛められっこたちを庇うように、間に割って入った。
腰に手を当てて、必死に相手を睨みつけているが、その足が震えている。
なけなしの勇気を出して、クラスメイトたちを庇ったのだ。
僕の頭の中で、初めて会った日のクラリス姫と、今のメイジーが重なった。
「プッ。ガタガタ震えて、それで庇ってるつもりか? 怖いなら引っ込んでろよ」
「怖くなんかないわっ」
「涙目になってるのに、よくいうよ。ん? おまえよく見たらなかなか可愛い顔してんじゃん。僕の奴隷にしてやろうか」
「きゃ……!」
ヒューイが無遠慮な態度で、メイジーの手首を掴む。
乱暴をされたメイジーは、手首が痛んだらしく、とっさに顔を顰めた。
こらこらこら。
末恐ろしい子供だな。
どこで学んできたのか知らないけれど、発言も態度も最低だ。
「い、いや……。離して……!」
「痛っ!?」
メイジーに突き飛ばされたヒューイは、自尊心を傷つけられたらしく、顔をみるみる赤くさせた。
「この……Fクラスのくせに!」
怒りで顔を真っ赤にしたヒューイが、両手を翳して詠唱をはじめる。
唱えているのは、水魔法だ。
ヒューイの手に魔力が集まっていく。
ええ、ちょっと待って。
魔法でやり返すつもりなの?
さすがにそれはオイタが過ぎるよ。
もともと立ち止まったのはクラスメイトの目を気にしてのことだったけれど、自分の中で打算と善意の比率が逆転した。
厄介ごとに巻き込まれたくないはないんだけどね……。
とりあえずこの件に関してだけ。
僕は誰にも気づかれないよう口内で詠唱して、子供たちの後ろから風魔法を放った。
もちろん威力は最小限に弱めてある。
「うわ!?」
突然、目の前から吹きつけてきた突風に驚き、ヒューイが情けない声をあげた。
発動しかけていた魔法も消滅する。
やっぱり子供だね。
精神的に未熟だから、少しの動揺で魔法が解除されてしまうのだ。
「な、なんだいまの……? くそっ! 今度こそ!」
もう一度魔法を詠唱しようとするヒューイを見て、僕はいよいよ辟易した。
「もうやめておいたら?」
「は? 誰だ、今余計なことを言ったのは!」
最後尾から声をかけた僕を探して、ヒューイがキョロキョロする。
僕は周囲の子たちに謝りつつ、人だかりをかきわけて進んだ。
ようやくヒューイの前に出ると、彼はまず僕の帽子についているバッジをチラッと見た。
その顔に勝ち誇った笑みが浮かぶ。
「まあたカエルのお出ましか。ザコ同士でかばい合って、見苦しいんだよ」
「そう。僕も同じFクラスだから、文句があるなら僕に言うといい。相手になるよ」
魔法でやり返したりはしない。
あくまで口ゲンカで言い負かす。
そのぐらいなら、過剰に目立つこともないだろう。
「おまえみたいなチビが、何偉そうにしてんだよ」
「僕たちの身長ほとんど同じだよね。今の言葉、自分に向かってチビって言ったようなものだよ」
「なに!?」
「なんでそんなに動揺してるの? あれ、もしかして自分もチビだって気づいていかなかった?」
僕は薄く笑って首を傾げた。
様子を見守るFクラスの生徒たちの間に、緊張した空気が流れる。
どうやらみんな僕を心配してくれているみたいだ。
僕なら全然問題ないけど、周囲の子たちの想いはうれしかった。
僕の中に芽生えた仲間意識が、より強いものになる。
やっぱりここでちゃんといじめっ子たちを撃退しておいたほうがいいな。
「くそ……! いいぜ、やってやる……!」
このぐらいの挑発で釣られてくれるのだから、子供はかわいい。
さーてと。
君には少し反省してもらわないとね。




