3話 姫騎士を救い出す
探知で示された方角へ向かい駆け出す。
「手足が短いせいで、走りにくい……!」
昨日までは気にならなかったのに、つい前の自分と比べてしまう。
なんとか結界を越え、茂みを抜け出すと、そこにはオークの群れに襲われた一団の姿があった。
地面に転がっているのは、人間の男が5人。オークが8体。
どちらも完全に絶命している。
人間の男たちは、服装からして恐らく騎士だろう。
今、オークキングを含む8体のオークと対峙しているのは、ただ一人、剣と盾を手にした華奢な少女だけだ。
ドレスの上に鎧をつけ、ロングブーツを履いた少女は、白い肌や胸元を傷だらけにしながらもオークを睨みつけている。
ドレスの裾は破れ、長い金髪も乱れていた。
キングオークの率いる群れに襲われ、健闘はしたものの、数の差がありすぎて、徐々に追い詰められたというところか。
片膝をついた彼女は、気力だけで向き合っているという有様だった。
彼女の肩は恐れのあまり震えている。
それでも彼女の瞳は、負けん気を失っていなかった。
彼女もオークたちも、まだ僕の存在に気づいていない。
「もう逃げられないぜ、姫騎士さんよぉ。森の出口まであと少しだったってのに、残念だな」
「くっ……」
キングオークは喋るときに大量の唾を飛ばして、ぶひぶひと鼻を鳴らした。
興奮すると鼻の穴が開くらしい。
鎧はおそらく盗品なのだろう。
サイズがまったく合っておらず、でっぷりとした腹の肉がはみ出している。
それにしても――。
身にまとった鎧やドレスの感じからして、高貴な身分だと一目でわかったが、まさか姫とは……。
なんでそんな一団が、この森に入り込んだんだ?
姫自身が武装をしているから、旅の途中でただ迷い込んだというわけでもなさそうだ。
「ここで自分から脱いだら、可愛がってやってもいいんだぜえ? なぶり殺されたくなきゃ、跪いて許しを乞いな!」
「誰がおまえなどに屈するものですか……!」
「ふん、交渉決裂のようだな。おい、剥いちまえ!」
オークたちが舌なめずりをしながら、姫騎士ににじりよる。
圧倒的有利な状況にオークたちは、完全に油断しきっていた。
さて、どうする?
僕は頭の中で、瞬時に計画を練った。
先ほど見た異常なステータスは気になるものの、火魔法が使えるという点は信じてもいいだろう。
火魔法だったら、レベル1の僕でもオークの目くらいは焼けるはずだ。
どれほど小さな火であれ、眼球を焼かれれば致命的な傷を負う。
それでキングオークの視界を奪えば、必ずオークたちの統率は乱れる。
その隙をついて、あの姫騎士の手を取り、森の出口まで走ればいい。
結界の外に出れさえすれば、あいつらは追ってこられないのだから。
よし、予定通りこの作戦でいこう。
僕はオークキングに向かって右手を突き出した。
奴は腕を組んで、高みの見物を決め込んでいるから、照準を合わせるのは容易い。
手のひらに魔力を込め、意識を集中して、魔法を放つ。
その瞬間――。
「うっ!? ぎやああアアアッッ……!!」
――猛烈な熱波と共に放たれた業火が、オークキングを焼き尽くした。
「……は?」
魔法による反動を予測できていなかった僕は、突き飛ばされるように後ろに数歩よろめいたあと、ぺたりと尻餅をついた。
だってこんな強力な魔法を放てるなんて、まったく想像していなかったのだ。
信じられない光景を目の前にして、ぽかんと口を開ける。
「何、この威力……」
こんなものレベル1の6歳児が放った最弱の火魔法ではない。
これじゃあ、レベル99だった前世の僕が放った火魔法と、そう変わらない威力だ。
ステータスに表示されていた、あの数字。
異常でもなんでもなく、事実だったのだろうか。
「それじゃあ、いまの僕は前世よりも更に……?」
思わず自分の手のひらを見下ろす。
僕だけじゃなく、ボスを失ったオークたちや、姫騎士もたった今起きたことを信じられない様子で、呆然としている。
「ぼ……ボス……? どこに消えちまった……?」
「なんだいまのは……? 何が起きたんだ……?」
「ま、まさか……ボス、死んだのか……?」
まずい。
ぼんやりしている場合ではない。
この機に姫騎士を連れて逃げなければ。
そう思って顔を上げたときーー。
「うわっ!?」
突然、体が宙に浮いた。
おなかの辺りに当たる柔らかい感触。
自分が姫騎士に抱き上げられたと気づいた僕は、さらに混乱した。
「は、え!? なんで!?」
「ここは危険です。何が起きたか分からないけれど、いまのうちに逃げましょう……!!」
「ま、待って。僕はーー」
「大丈夫、君のことは命に代えても守りますから……!」
姫騎士は細い腕で僕を抱きかかえたまま走り出した。
ボスを失い動揺していたオークたちは、状況を理解するのがやや遅れたようだ。
「お、おい!! 女が逃げたぞ!! どうする!?」
「どうするって……と、とりあえず追え!」
「ボスを殺したのも、あの女の魔法か何かだろう! 絶対に逃がすな!!」
本当は姫騎士の腕を引いて逃げる予定だったのに。
抱っこされてしまうなんて不覚だ……。
こんなはなずじゃなかったんだけどな。
僕は姫騎士の肩にしがみつき、オークとの距離を測る。
強力な魔法が使えるというのなら話は早い。
「おいガキィ!! なんだてめえ、何見てやがる!?」
「女諸共ぶっ殺してやるぞ!! ははっ、こいつの騎士たちみてェになあ!!」
気丈に走り続けていた姫騎士が、ぐすっと泣きながら歯を食いしばるのが分かった。
僕は手のひらをかざし、魔力を調整する。
さっきのステータスが事実として、僕自身のレベルは1だ。
魔法攻撃力はレベル補正もかかるから……。
「追いつくぞ女ァ!! 待てぇ!!」
「大丈夫……大丈夫ですからね。君のことは、必ず外まで……!!」
――このくらいで、十分か。
「ほら待てよ!! 逃げても無、駄――――」
僕は再び、火魔法をぶっ放した。
今度は魔力値にあわせて、かなりの手加減をしたーーつもりだった。
「ひっ……ギヤアアアッッッ!!」
ところが制御したにも関わらず、ものすごい威力の魔法が手のひらから放たれた。
噴出した炎がオークたちを焼き払っていく。
結局、オークキング同様、オークたちも一瞬で消滅した。
そのうえ、放たれた魔法の反動で、僕を抱いている姫騎士もバランスを崩してしまった。
「あっ……!」
「わぷっ」
姫騎士と一緒に転倒した僕は、彼女の両胸にむにっと押しつぶされたのだった。