28話 AクラスとFクラス
3限目が終わったので、僕は手元にあるスケジュールを改めて確認した。
本日の一、二限目は入学式。
そのあと担任の先生から、説明を受けたり、クラスメイト同士の自己紹介が行ったりしたのが三限目。
これから今日、最後の授業がある。
今度は集会場に新入生全員が集められて、それぞれの教科を担う教師たちから、ガイダンスが行われる予定だ。
「さあみんな、移動しますよ」
「はーい」
ぞろぞろと移動するクラスメイトの流れに僕もついていく。
集会場は新校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を、途中で右へ折れた先にあるようだ。
先生は簡単に学校内の案内をしながら、僕たちを誘導してくれた。
「わあ! 学校、広いねえ」
「見て見て。あの子たち、他のクラスの子かなあ?」
集会場の前で、同じ一年生らしい集団と遭遇した。
身にまとっている制帽に赤いバッジがついている。
学級ごとに色わけされたバッジ。
赤色のバッジはAクラスの証だ。
魔法の実力が学年トップレベルの、選ばれし生徒たちが配属される学級だ。
僕の長兄はかつて、このAクラスに所属していた。
Aクラスの生徒たちは、自分たちの実力を誇りに思っているのか、どの子も得意げな顔でツンと上を向き歩いている。
僕が所属しているFクラスの生徒たちは、それに比べて子供子供している。
「なんだかAクラスって大人っぽいね」
クラスメイトたちがひそひそ話していると……。
「あっれー? おいおい、カエルたちがいるぜ!」
Aクラスの何人かがそう騒ぎはじめた。
ニヤニヤと笑いながらAクラスの生徒たちが指差しているのは、Fクラスの緑色のバッジだった。
「おいおい、カエルじゃないよ。あれは魔法が苦手なFクラスの生徒だ。両生類と間違えたら可哀想だって」
「魔法が苦手なんて、人間でいる価値ないだろ。そんなやつカエルで十分だ。おいおまえら、ゲコゲコ鳴いてみろよ!」
Aクラスの生徒五、六人が嘲るようにゲコゲコと鳴く。
教師は生徒を並ばせる確認のため、前の方に行っている。
この騒ぎには気づいていない様子だ。
それをいいことにAクラスの生徒たちは、ますます騒ぎはじめた。
中でも金髪頭の背の低い少年の態度は、目に余るものがある。
「ゲーコゲーコゲーコ! ほらおまえら、本物を見せろって! 人間サマを楽しませないカエルなんて、生きてる意味ないんだよ!」
「ひどい……。なんであんなこと言うの……」
「あいつ、知ってる。偉い貴族の息子で、幼稚舎の時から誰も逆らえなかったんだ」
なるほど、典型的ないじめっ子ってやつか。
吊り上がった瞳と、人をせせら笑うために用意されたような大きな口が印象的だ。
いじめっ子なんて、前世の僕の周りにも、いまの僕の周りにもいなかったから新鮮だ。
「おい、鳴かないとひどい目にあわせるぞ。そこのブスな女から順番に鳴いてけよ、ほら」
「う、うう……」
指を差されたそばかすの女の子が、ビクッと肩を震わせる。
真っ青な顔で彼女が泣きだすと、いじめっ子は満たされた顔に満面の笑みを浮かべた。
嫌になるな。
たった六歳で、あそこまで性根が腐ってるなんて。
子供はもっと純粋な存在であって欲しいものだ。
自分のことを棚にあげて、そんなふうに思った。
目立ちたくはないけれど、泣かされた女の子があまりに可哀想だ。
さすがに止めに入るべきか迷いはじめたとき――。
「みなさん、どうしました?」
生徒たちの歩みが止まっているのに気づいたエレナ先生が、様子を見に来た。
その途端、Aクラスの生徒たちは、無邪気な態度で快活な返事を返した。
「なんでもありません、先生!」
「じゃあね、Fクラスのみんな」
Aクラスの生徒たちは、明るく手を振って集会場の中に入っていった。
それを見送るFクラスの子たちは、当然しょんぼりしている。
「なんであんなこと言うんだろ……」
「仕方ないよ。魔法が得意だから、僕たちよりすごいのは本当だし……。Aクラスの子たちは、大人になったら社会の役に立つんだってパパが言ってた」
どうかな。あいつらの未来には不安を感じるよ。
自分より実力が低い者を見て、悦に浸っているようじゃ成長しない。
名門一家の出だって、才能を奢りによって潰しそうだ。
「ねえ。あなたは悔しくないの?」
不意に話しかけてきたのは、隣にいた女の子だった。
彼女は僕の隣の席になった少女だ。
おっとりした印象を与える大きな瞳が、問いかけるように僕を見つめてくる。
「悔しい?」
「だってあの子たち、私たちのことすごく馬鹿にしたんだよ?」
「はは。まあ、そうだね。でもあんなに子供っぽい言葉をかけられても、悔しい気持ちはわかないな。だってカエルだよ?」
そう言って僕が苦笑すると、少女は目を真ん丸くした。
それから口元に手を当てて、ふふっと小さな声で笑い出した。
「たしかにそうかも。ゲコゲコ言ってたし」
「でしょ? カエルってよく見るとかわいいしね」
「ふふふ! あなたのおかげで、悲しい気持ちがどっかいっちゃった」
女の子の目がキラキラと輝く。
じっと至近距離で見つめられて、初めて距離がすごく近いことに気づいた。
「そんなふうに考えられるなんてすごいね」
「そ、そうかな。普通だよ」
「ねえ。なんていう名前なの?」
「僕はエディ」
女の子は親愛の情を示すように、にこっと笑いかけてきた。
「私はメイジー。エディくん。よろしくね」
うれしそうにさし出された手を拒むわけにはいかない。
僕は紳士らしくメイジーの手を握ると、彼女に向かって微笑み返した。